Phi-Brain

些細な幸せのお返しを

手に提げた小さな紙袋を揺らしつつ、一分とかからない距離を歩く。パズル部屋もあるほど広い家に住んでいた昔は会話をどう切り出すか考えながら歩くこともできたけれど、彼女と同じマンションの同じ階に住む今はそんなことを考える暇も無いまま目的地に着いてしまった。今さら緊張する間柄でもないだろうと自らを叱咤激励して、彼女の部屋のインターホンを押す。ピンポーン、俺の部屋のとまったく同じ音。

「はーい。カイトー?」

ドアを開けるより先に俺の名前を呼ぶ彼女。おいおい、もしギャモンやアナたちが来ていたらどうするんだ、と表面上は苦笑して、だけど俺が来るのが当たり前に浸透している事実に嬉しくもなって。
やがてドアが開けられると、いつもの制服姿の彼女が出てきた。学校から帰ってまだ数分しか経っていないから、私服に着替えていないのも当然といえば当然か。俺の用事をまったく予想していないような、だけどどこか期待して待っているような、どちらともつかない表情の彼女を見る。

「…これ、ノノハチョコのお返しな」

結局上手な切り出し方も考えつかないまま、ぶっきらぼうに言って紙袋を渡す。
彼女は一瞬驚いた後、すぐに柔らかな笑みを浮かべて言った。

「ありがとう。…カイト、忘れてると思った」
「一言余計だ」
「だってイギリスにはホワイトデー無いし、学校でアナやキューちゃんやギャモン君がくれた時にも無反応だったし…」

アイツらの前で渡せるかよ、と言いかけてぐっと飲み込む。
そんなことをうっかり口にしようものなら、それはすなわち『アイツらの贈り物と一緒にしないでほしい、特別視してほしい』と伝えてしまうことと同義だからだ。

「あ、う…悪かった」

しどろもどろに謝ると、ふふ、と嬉しそうな彼女の声。

「ありがとう、カイト。これからもよろしくね」
「プロレス技だけは勘弁してほしいけどな」
「そっちこそ一言余計よ」

俺の一言で笑って、俺の一言で怒って。
焦って特別になろうとしなくても、今はこうしてくるくる変わるノノハの表情を近くで見ていられることが、俺には心地よくて幸せだと感じられた。



fin.

2013/03/14 公開
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