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どこにいても、どんな時でも

カイトが、遠くへ行ってしまう。

夜の闇で真っ暗な自室の中、突然そんな気がして思わず膝を抱えた。カイトとはさっきまで一緒に夕飯を食べたばかりで、それが終わったから部屋に帰っただけなのに。

「カイト…」

朝起こす時、パズルばかりの様子を咎める時、一緒に移動する時、話しかける時。一日に何度口にしたか分からない名前を、飽きもせずまた声に出す。パズルバカなのは昔から変わらないのに、特に最近、危険なパズルに挑戦するようになってからは呼ぶ回数が増えた。ギリギリの勝負ですがるように叫んだり、無事を祈るように呟いたり。
いつか、その声が聞こえないところに行ってしまいそうで、怖い。

「何やってんだろ、私…」

そんなことあるはずないのに。あったとしても、追いかけてついていけばいいだけの話なのに。
想像だけで落ち込む自分に呆れながら、でも本当に想像なのか疑いたくなるほどの寂しさと悲しさが時折押し寄せる。
初めてそれを感じるようになったのはいつだろう。記憶をさかのぼれば消毒の香りがするベッドと散らばる組み木パズルが頭の隅にちらつくけれど、いつもそれらがどういう記憶か手繰り寄せる前に脳内で霧散してしまう。そして、自己嫌悪するのだ。いつも記憶力だけは良いと言われているのに、記憶することでパズルを解くカイトのサポートができるのに、実際は不完全だから。
膝をぎゅっと手繰り寄せて顔をうずめた、その時。



「…ノノハ?どうした?」



聞こえるはずのない返事がして慌てて顔を上げると、扉のところで、外からのわずかな光を背負って立つ幼馴染み。帰ったはずだったのに戻ってきたことへの驚きと、それまで考えていたことを知られてはまずいという焦りと、カイトがさっきの一言以降何も言わずに近付いてくる動揺とが、体中を駆け巡る。

「カイト、どうして、」

訊くよりも早く、カイトの親指が目元をなぞる。反射的に目を閉じると瞼の辺りがじんわりと滲んで、涙を拭われたことを知った。

「…いや、なんとなく、忘れ物をした気がして戻ってきた。ノノハのほうこそ、どうしたんだよ」
「えっ!?いや、別に…ちょーっとお腹が痛くなっただけで、もう平気!あっ、さっきご飯食べ過ぎちゃったかなー、あはは…」

気恥ずかしさと後ろめたさを笑ってごまかす。我ながらうまくできたと思ったのに、カイトは少しだけ困ったような、悲しそうな笑顔を浮かべた。

「…そっか」
「うん。びっくりさせてごめんね、カイト」
「あぁ」
「そうだ、玄関先まで送るね。さっき私、鍵閉めてなかったでしょ?」
「そういえば無用心だったな、気を付けろよ」
「はーい。カイトもね」

立ち上がって玄関へ向かう頃にはいつのまにか、いつもの調子でとりとめのない会話。さっきまでの不安は嘘のように落ち着いた。だって、きっと明日もまたカイトと会える。きっとまた、数えきれないほど名前を呼ぶ。

「…ノノハ」
「うん?」

靴を履き、後は帰るだけになったカイトがふと思い出したように振り返った。

「俺はどこにいたって、どんな時だって、味方だから。…だから、大丈夫だ」



――大丈夫だよ。
ノノハのぶんまで、僕がぜーんぶ解くから――

玄関扉が閉まる音に混じって、どこか遠くで小さな子どもの声がこだましたような気がした。



fin.

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2017/01/31 公開
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