BO-BOBO

些細な幸せ

目を開けると、視界の中心に見慣れた紫色が映った。何度か瞬きをしてようやく焦点が合う。あれは机に向かう上司の背中。
まだ微睡んでいたいと思う一方で、今の状況を理解しようと頭が働く。肌に触れる柔らかな感触。布団…というか、ここはベッドの上だ。だけどいつも使っている自室のそれとは違って、微かに残る彼の香りが鼻腔をくすぐる。優しくて温かくて、なんだかもっと包まれていたくなる。いっそのこと欲求に従ってもう一眠りしてしまおうか。
しかし私が夢の中へ戻るより先に、振り向いたランバダ様の視線が私をとらえた。私が目覚めたことを確認すると、彼は仕事の手を止めてこちらを向く。

「起きたか」
「ランバダ様…おはようございます」
「もう夕方だけどな」

そう指摘されて、横になったまま記憶をたどる。お昼ご飯は食べた。確かその後、自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いて…そこからの記憶がない。

「私、また途中で寝てました?」
「あぁ、廊下で行き倒れてた。通行の邪魔になるから保護した」
「あ、ありがとうございます…」

感謝よりは謝罪に近いお礼を述べると、ランバダ様はなんとも微妙な表情を見せた。嫌悪ではないけれど別に嬉しそうでもない、かと言って淡々と話を流すのとも違う、呆れたような顔。
よく見ればここはランバダ様の部屋だ。廊下で寝てしまった私を見つけてわざわざ運んでくれたらしい。私の部屋じゃないのは、たまたまランバダ様の部屋のほうが近かったのか、それとも保護はすれども私の部屋まで運ぶ義理はないと判断したのか、そこまではさすがに分からないけれど。
まだ少し名残惜しいベッドから上体を起こすと、ランバダ様は小言混じりの疑問を口にする。

「ったく、どうしてお前は時間も場所も気にせずに寝れるんだよ…」
「えへへ…それはたぶん、安心できるからです」

起きたての幸福感を思い出して照れ笑いを浮かべると、ランバダ様は不思議そうにこちらを見た。何も言わないけれど詳細を話すよう視線で促された気がして、私は自分の気持ちを表すのにぴったりな言葉を探す。

「えーっと、ほら。昔は色々あってなかなか気持ちが休まらなかったけど、今では真拳を使えば人を眠らせることができますし…。眠れないほど心配なことが無いんですよ」

思い返せば幼い頃はこんなにゆっくりと眠るなんてできなかった。当時は人を眠らせることができなくて、家族からも失望されて、そんな日々の中で悲しさも悔しさも焦りも積み重なっていたから。
だからこそ、それが解消された今はなんてことのない毎日でも幸せですごく安心できる。
それに、この基地の中には敵も来ない。奇襲があったとしてもまずは他の隊員たちが対処するだろう。いざとなったら真拳を使えば近付いた相手を私の世界へ引き込むこともできる。ランバダ様のように私よりも強い人はいるから無敵とまでは言わないけれど、少なくとも常に気を張る環境ではない。
…なんて、ここまでランバダ様に言ったら「緊張感が無い」って怒られるかしら。ちらりと盗み見る、と。
彼はひどく真剣な面持ちで、ぽつりと一言。

「…すまん」

独り言にも似た響きのそれは、紛れもない謝罪の言葉だった。あまりにも予想外で、私は驚きを隠せない。

「どうしてランバダ様が謝るんですか」
「……」

ランバダ様は無言のまま、罰が悪そうに視線を彷徨わせる。頑なに言わないと決めたわけではなく、むしろ言うべき言葉を探しているみたいに。
その行動の意味がすぐには分からなかったけれど、つい先程の会話を思い返して気付いた。

「…もしかして、私の話したくないことを話させた、って思ってます?」

指摘してそろりと見上げると、ランバダ様は驚いたように目を見開いた。図星だったらしい。多くは語らないのにどれもこれも表情に出ているランバダ様がなんだか可愛くて、愛おしくて、思わず笑みが溢れる。

「謝る必要なんてないです。むしろ、ランバダ様のおかげで私は安心できて、毎日ぐっすり眠れるんですから」
「…それは良いことなのか…?」
「良いことですよ、もちろん!」

日頃の居眠りを思い出したのか、ランバダ様は私の言葉を好意的に受け取るべきか迷っていたけれど、私は断言できる。
だって、ランバダ様に会えたから、つらい過去も向き合う気持ちの整理ができた。
今はランバダ様がすぐ近くにいるから、安心して眠れる。
そして…ランバダ様が待っているから、起きようと思える。ふわふわした眠りの世界ではなく、彼の隣で生きていきたい。
今この瞬間の些細な幸せを感じながら、私はまた夢心地で微笑んだ。



fin.

(レムはDブロック隊長なだけあって不用意に近付けばねむりん粉の餌食になる(=平隊員はレムを退かすことができない)けれど、レムより強いランバダはねむりん粉を防ぐことができる(=レムを移動させることができる)、という真面目な設定が実はありました。そんなのどうでもいいぐらいに空気が甘くなったけどね!最初から最後まで二人で会話するだけで特に何もしてないのに!)

2018/04/11 公開
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