Precious


コールドスリープ装置の使用が決定した。

即決即行動の三世は全隊員に参加を言い渡し、使用を3日後とした。

それはあまりにも短すぎる時間だった。


明日の朝、眠りに就くという日の夕刻。

基地の外へ歩みを進めるランバダの姿があった。

その足取りはいつもより忙しない。

理由はひとつ。

いつも部屋で眠っているはずの彼女の姿が見当たらないのだ。

100年という長い眠り。

日常的に睡眠を満喫している彼女はこの決定を喜ぶのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

昨日から妙な表情を見せていることには気付いていたため気を配っていたつもりだったが、ついに見失ってしまった。


コールドスリープ。

毛狩り隊化学班が作り出した最高傑作。

数々の実験を繰り返し、安全であるという判は押されている。

しかし、100年と言う長い年月は実証例がない。

次にちゃんと目覚められる保証なんてどこにもなかった。

だが三世はやるといったのだ。

物好きな彼のことだ。その危うい部分にも興味をそそられたのだろう。


早足で基地の外へ出て、裏山へ足を進める。

ざわつく木の葉は、ランバダの心中を表しているようだった。


勘を頼りに足を運べば予想通り。

裏山の一番上。ちょうど海を見渡せる崖で、水色髪の後姿を見つけた。

踏みしめた地面が音を立て、こちらの気配に気付いたらしい彼女が肩を揺らす。

しかし、振り返らないところを見ると、相手がランバダであることは分かっているようだ。

無言で彼女の隣に並ぶ。

少し肌寒い風が頬を撫でた。


「…眠るのは好きなんです。」


横から、思わず零れたような声が聞こえた。

目線だけで彼女を追う。

隣で海を見つめる彼女はいつもより小さく見えた。


「でも…寝たくないなって思う瞬間もあるんです。」


少しつりあがった綺麗な目が、ゆっくり瞬きをする。

再び光を映した瞳は、ランバダのそれと交わった。



「例えば…今みたいに貴方と2人でいるときとか。」



思わず彼女の手をとった。

衝動的な行動。

本当はその華奢な体を抱きしめたかった。

しかし、彼らはまだ、それを気安く出来るような関係ではない。


ランバダは彼女を探していた。

ある事を伝えようとしていたからだ。


「レム。俺は…。」


言わないまま眠るなんてことはできない。

彼の口が続きを紡ごうとした時、包み込む手が強く握られた。

思わず喉の奥で言葉が止まる。


「ランバダ様。」


レムはランバダに向き直る。

その瞳は夕日を写し、悲しげに揺れていた。


「死亡フラグって知ってますか?」


思いがけない問いかけに眉を顰める。


「こういう物語があります。

 ある男女が戦いに巻き込まれて、男の人が兵士として戦場に行かなければいけなくなったとき。

 次会えるかどうかも分からない状況で、男の人は残される女の人に「戦いから戻ったら一緒になろう。」と言い残して去っていくのです。


 ――彼は帰ってきませんでした。」


その物語には覚えがあった。

そして彼女の言わんとしていることも。


「他にも似たようなお話がたくさんあるんです。」


彼女の瞳は今にも溢れそうなほど水を貯め込んでいた。



「長い別れの前の約束は、二度と会えないことを意味しているんですよ。」



ついに頬を涙が伝った。

ランバダは唇を噛みしめる。

彼女の言いたいことは分かる。


言わせまいとしているのだ。


彼が、彼女に伝えようとしていた言葉を。


「…言うな。ってことだな。」


分かっていながら言葉にする。

少し嫌味な言い方になったのは許してほしい。


「聞きたくないわけじゃないんです。」


レムは小さく首を振る。

その仕草はまるで駄々をこねる子供のようであったが、夕日を透かした表情は大人のそれだった。


「作り物の話だって分かってるんです。でも…。」


ガラス玉がランバダを見つめた。


「私は、生きて、貴方の隣にいたいんです。」


ランバダは手を伸ばす。

その指で彼女の頬を伝う雫を掬いあげた。


「お前、それもうほとんど答え言ってるようなもんだぞ。」


こっちは何も言っていないのに。

そのセリフにハッとしたような表情を浮かべるレム。

すぐに「す、すみません。」という謝罪と共に、その表情が髪に隠れる。


「わがままですよね。何だか明日のことを考えると不安になって。

 少しでも貴方の隣に居られるように目覚める可能性を上げようとか考えてしまって…。
 
 というかランバダ様はそんなつもりないかもしれないのに…。」


「自惚れてすみません。」なんて言葉がおまけで付けられる。

なるほど。そういう斜め上の解釈になるのか。

ひと通り慌てて落ち込んだ後、レムは握りしめた手に気付き、その結び目を解こうとする。

だが、もちろんそんなことさせるはずもなく。

ランバダはより一層、その手を強く結んだ。


「ラ、ランバダ様?」


戸惑った声と髪に隠れていた顔が向けられる。


「…お前の言いたいことは分かった。」


だが、何もしないまま眠るのは嫌なのだ。



「要するに、言葉にするなってことだよな。」



その言葉と同時に、空いた方の腕でレムの体を強く引き寄せる。

一気に近づいた距離に、彼女の顔が真っ赤に染まった。

その様子に唇の端を緩めながら顔を近づける。


「ら、ランバダ様!」

「言ってないだろ。」

「言ってないですけど!」

「嫌だったら逃げろ。」

「……。」


ぐるぐると回っていた彼女の目が落ち着きを取り戻していく。

そのガラスの奥をまっすぐ覗き込んだ。


「お前がそれで安心できるなら俺は言わない。
 
 でもな、このまま大人しく100年も待つなんてできない。

 だから…。」

「……。」

「…嫌なら逃げろ。」


「…嫌な訳、ないじゃないですか。」


唇が重なった。

僅かに触れる頬に冷たさが刺さる。

それが、彼女が新たに落とした涙だと気付いたのは、しばらく経ってからだった。


ゆっくりと影が離れる。

さっきまで燃えていた陽は、海に沈もうとしていた。


「約束なんかしない。」


一向に泣きやむ様子のない彼女を見つめ、語りかける。

体は離しても、結んだ手は離せなかった。


「だから、お前は安心して行け。」


言うはずだった想いは、さっきのに全部込めた。

言葉に出来るのは、きっと100年後だろう。

彼女の快適な眠りの為に、この誓いは自分だけが抱えて行こう。


レムはまたゆっくりと瞬きをして、大きく頷いた。







「好きだ。」







(柚季様のサイトのお話がどれも可愛くて好きでたびたび通っていて、そんな中でキリ番の表示が出たので「この際だから…!」と思いリクエストして書いてもらいました、百年前・コールドスリープ装置に入る前のランレム!
キュンときたかと思えば一気に切なくなったり、二人らしいすれ違いになったり、そして距離が近くなったり!一話の中でいろんな感情が流れ込んできてもう本当に最高です…!ありがとうございます…!
ここだけの話、感想を送るために好きなポイントをメモに下書きしていたのですが、途中から語彙力が溶けて「うわぁあ告らせないつもりか…!?あぁああ…!」とか「可愛い…この二人可愛い…!」とか「ちゅーした!!!夕日に照らされる二人が見える!すごく綺麗!」と叫ぶだけになりました(その後、感想は整理し直してから送りました)。だって本当に二人が可愛い…!レムの気持ちもすごく分かるし百年が重いし静かに泣くレムが綺麗だし、そしてレムのために全て自分が抱えようとするランバダが最高…!
柚季様、素敵な小説をありがとうございました!)
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