はたらくハロウィン

07 皆の個性が現れる日

その後も私は色々な場所へ酸素を配達しに行った。そしてその道中に、たくさんの知り合いにも会った。

たとえば、酸素の運搬中に駆け寄ってきたのは青い制服のB細胞さんだった。

「ハロウィンの日はお菓子をもらえるって聞いたんで、お菓子のバスケットを持ってる赤血球を探してたんスよー!」

B細胞さんがそこまで言ったところでようやく、後ろから記憶細胞さんが追い付いてくる。ゼーハーゼーハー、記憶細胞さんは息を荒くして今にも死にそうな顔。相当頑張って走ってきたんだろうな…と私が苦笑した時、目の前にB細胞さんの手のひらが伸びてきた。

「『トリック・オア・トリート』!お菓子をください!」

ここまで率直だと憎めない。思わずくすりと笑いながら、私はバスケットからチョコレートを二つ取り出す。

「ハッピーハロウィンです、B細胞さん、記憶細胞さん!」
「よっしゃあ!ありがとうございます!」
「お、俺にもくれるのか…ありがたい」

二人に渡せば、最初から欲しがっていたB細胞さんはもちろんだけど、ぐったり伸びていた記憶細胞さんも嬉しそうにしてくれる。
だけど二人の目的はそれだけではなかったらしい。B細胞さんがふふん、と得意げに笑う。

「実は、俺たちもお菓子を用意してきたんスよ!」
「えっ、そうなんですか!?じゃあ私も『トリック・オア・トリート』です!」
「そうこなくっちゃ!ハッピーハロウィン、特製の免疫グロブリンクッキーをどうぞ!」
「ちなみに免疫グロブリンというのは抗体の主成分なんだ」

そんな言葉と同時に差し出されたのは、透明な袋に包まれたY字型のクッキー。三つの先端のうち二つがギザギザした形をしていて、その上に甘そうなアイシングが施されている。

「これが抗体…!すごいですね!」
「へへっ、もっと褒めてくれてもいいんスよ!」
「まぁ俺がレシピを覚えていたから作れたんだけどな」

初めて見る抗体の拡大図に素直に感動すると、B細胞さんと記憶細胞さんは揃ってドヤ顔をしてみせた。もっと色々訊いてくれと言わんばかりの二人を見て、私は「それじゃあ…」と素朴な疑問をぶつける。

「あの、これはどんなウイルスに効く抗体なんですか?」
「えっ」

一瞬、なぜか重苦しい沈黙が流れる。
そして。

「…き、記憶さん!何の抗体でしたっけ!?」
「えっ!?俺に訊かれても…!」
「記憶さんは記憶細胞でしょう!?ほら!」
「そ、それを言うならそっちは抗体産生細胞だろう!?」
「うぇっ!?いや、俺は抗原に合わせて作ってるだけで!色々覚える担当は記憶さんでしょ!?」
「えーと、えーっと…!?」

突然ひそひそと話しながら慌てる二人。もしかして私、筋違いの質問をしちゃった!?なんか困らせてるよね!?

「あの、もし答えにくい質問なら別に無理して答えなくても…!」

そう言いながら間に割って入った、その時。
記憶細胞さんは頭を抱えて絶叫した。

「思い出せないーっ!」
「記憶さん!?」

B細胞さんがぎょっとするけれど、記憶細胞さんはその声も聞こえないのか叫んだまま歩き回ったり自分の頭を叩いたり、とにかく暴走していた。…もちろん私にも手がつけられない状態で。

「そ、それじゃあ、失礼しまーす…」

結局私はそそくさとその場を後にしたのだった。



それから、二酸化炭素を運んでいて出会ったのは好酸球さん。ピンク色の制服とツインテール、二又の槍が見えたから声をかけたんだけど…

「好酸球さーん!」
「あ…あぁ」

振り向いた好酸球さんの頭には、黒くて短いツノのカチューシャがあった。思わずそれに目を奪われる。

「どうしたんですかそれ!すっごく可愛い!」
「かっ、かわ…!?いや、これは私じゃなくて、マスト細胞さんに付けられたもので…!」
「あっ、外さないでくださいよー!ハロウィンらしくて良いと思います!」
「う…」

好酸球さんが頭に手をかけたのを私はなんとか阻止する。だってこんなに可愛いのに、取っちゃうなんてもったいない!
両手を掴んで前に持ってこさせてから、私はふと思い付いて話題を変える。とはいえその話題もハロウィンのことなんだけど。

「あの、好酸球さんは大変じゃないですか?今日、こんなに細胞さんたちが仮装してて…」

確か白血球さんはこの風習を邪魔したくないと言っていたけれど、それでも少し困っている様子だった。ヘルパーT細胞さんたちも同じように平和な証拠だと言っていたけれど、やっぱりどこかうんざりしていた。じゃあ、好酸球さんならどう答えるんだろう?そんなちょっとした興味からの質問だった。
けれど、好酸球さんは特に困った表情も見せず答える。

「まぁ…慎重に見極めて攻撃するようにしているよ」
「へー、すごいなぁ!」
「っ!…でもほら、私の貪食能力は弱いから。万が一間違えても大事にはならないさ」
「それでも間違えないんでしょう?やっぱりすごいなぁ好酸球さん、私すぐ間違えちゃって」

今日の私を思い出しながら照れ笑いを浮かべると、好酸球さんは顔を赤くしながら目を逸らした。そして小さく聞こえる、「いや、それほどでも…」という声。それがなんだかとても可愛くて、頑張ってる好酸球さんをもっと喜ばせてあげたくて…私は「そうだ!」と手を打った。

「好酸球さん、私に『トリック・オア・トリート』って言ってください!」
「え、私が…!?」
「はい!」
「そ、そんな期待した目で見られても…!」
「あ、もしかして目を閉じてた方がいいですか!?」
「…いや、そういうわけじゃなくて。じゃあ、その…『トリック・オア・トリート』」
「好酸球さん、ハッピーハロウィンです!」

待ってましたとばかりにハロウィンのお菓子を差し出す。苺のように透明な赤色が可愛い、ハートの棒付きキャンディ。持ってもらえばやっぱり、好酸球さんのピンク色の制服と金髪、今日限定のツノにとってもお似合いだ。にっこり笑うと好酸球さんは恥ずかしそうに俯き、そして。

「あ、ありがとう…」
「いえいえ!」
「……」
「…好酸球さん?」
「その、もしよければ、お前も…言ってほしい」

一言ずつゆっくりと、勇気を振り絞るようにそう告げた。「何を」が抜けていても、今日誰かに言う言葉は決まっている。

「えーと、それじゃあ…『トリック・オア・トリート』!…これで合ってますか?」
「あぁ。受け取ってくれ。…ハッピーハロウィン」

小さく付け足された言葉はもちろん嬉しかったけれど。それ以上に驚いたのは、好酸球さんがくれたものだった。
棒の先にホワイトチョコレート、そこに黒いチョコペンでスギ花粉の顔が書かれてある。しかもそのスギ花粉には小さな手足まで付いているこだわりよう!それが透明な袋で包まれていて、袋の口はピンクのリボンで留めてあって…どうしよう、食べるのがもったいない!

「すごい、このお菓子すごく可愛い!スギ花粉ですよね!?」
「ケーキポップだ。チョコレートの中にカステラがあって…手足はナッツで。好塩基球さんと作ったんだ」
「へぇ…って、手作り!?こんなの作れるんだ!」
「その…喜んでもらえただろうか?」
「もちろんです!ありがとうございます、好酸球さん!」
「いや、こちらこそ…」

言いながら好酸球さんはまた目を逸らしてしまったけれど、思いがけず可愛いお菓子をもらえた私の気持ちはそれどころではなかった。いや、大好きな甘いものに可愛いが合わさってテンションが上がらない方がおかしい!

「それでは失礼しますね!ありがとうございましたー!」

もう一度述べたお礼の言葉が大きな声になってしまったのは、もはや当然のことだった。



そして…今、酸素を運びながら出会ったのは。

「あっ、血小板ちゃん!こんにちはー」
「赤血球のおねーちゃんだ!こんにちは!」

仲間たちと大勢で歩いていた血小板ちゃんたち。皆いつもの水色の服ではなく、裾の長い黄色の服を着ている。そしてその服には丸いポンポンの飾りがたくさん付いていた。酸素を運ぶ時は急がなきゃいけないけれど、ちょっとだけならと思い、しゃがんで目線を合わせる。

「血小板ちゃんたちは何の仮装をしてるの?」
「あのねあのね、みんなで前に見た細菌のマネしてるの!」
「みんなでぎゅーってするのが得意技なんだよ!」
「そしたらね、合体するの!」
「見て見て、黄色いポンポンがいっぱい!」
「フィブリンを使うんだよー」

血小板ちゃんたちは口々にヒントを言ってくれる。ぎゅーって合体して、黄色いポンポンがいっぱいで、フィブリンの、細菌…?

「うーん…あっ!黄色ブドウ球菌?」
「せいかーい!」

血小板ちゃんたちは伝わったことが嬉しいのか、全員で祝福してくれる。その可愛さについ頬を緩めていると、血小板ちゃんたちの中でも普段よく私と話すロングヘアーの女の子が一歩前に出た。

「みごと正解した赤血球のおねーちゃんに、お菓子をプレゼントします!」
「ありがとう!」

渡されたのは、血小板ちゃんの両手ほどの大きさもあるカップケーキ。シンプルな生地の上にカラフルなチョコレートがかかっている。
私はそれを鞄に大切にしまってから、にっこりと笑って、ハロウィンのバスケットを血小板ちゃんたちに掲げてみせた。

「じゃあ、私からも。血小板ちゃんたちもお菓子欲しいよね?」
「うん!」
「それじゃあ、あの言葉を言ってほしいんだけど…分かるかな?」
「…『トリック・オア・トリート』!」
「正解ー!ハッピーハロウィン、お菓子をどうぞ!」
「わーい!」

喜ぶ血小板ちゃんたちにバスケットを向けて中を見せる。クッキー、キャンディ、チョコレート…いろんなお菓子に悩みながらも皆はそれぞれ食べたいお菓子を選んだ。見るからに平和なその様子に、私もほんわか幸せな気分。

「おねーちゃん、ありがとう!」
「どういたしましてー。それじゃあまたね、血小板ちゃん」
「うん、ばいばーい!」

立ち上がって手を振れば、血小板ちゃんたちは皆にこにこと振り返してくれる。その笑顔に元気をもらって、私はまた仕事に戻った。

でも。血小板ちゃんたちがこんなにたくさんいることがどういう意味を持つのか、この時の私は分かっていなかったんだ。



2018/10/31 公開
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