はたらくハロウィン
05 平和を実感する日
台車を押したまま歩いていくと、大きな樹木を取り巻く通路に出た。木でできたそれは樹木の枝を迂回するように曲がったり階段があったり、短いけれどとても面白い道だ。
同時に、私にとって安心できる道でもある。ここは初めて白血球さんに案内してもらった時に「道、覚えてけよ」と言われた場所。だから特に気を付けて覚えたし、最近は肺へ行く時「ここまで来れたらひとまずは正解」と思えるようになった。うんうん、私もだいぶ道が分かってきたかも！
…なんて思いながら、上機嫌で歩いていたのだけど。
「はぁあ～…」
私の進む先の角から、溜め息が聞こえる。思い悩むような雰囲気で、だけどちょっと大げさなくらいには長い。声はどこかで聞いたことがある気もするけれど、溜め息だけでは誰だか分からない。
誰だろう。前を通るのに放っておくこともできないよね、話を聞くくらいならできるかもしれないし…。
角からそーっと顔を出して覗いてみる。
「はぁ～あ…」
悩ましげな溜め息と一緒に眉が下がり、眼鏡が光を反射する。やれやれ、といった様子の手にはティーカップとティースプーン。そして彼の前にはお菓子の並んだ丸テーブル。私も何度か見かけたことがあるその人は、ヘルパーT細胞さんだった。
「ハロウィンで浮かれるのは良いとしても、細菌の仮装をする風潮はどうなんだろうね？制御性T細胞さん」
ヘルパーT細胞さんはティーカップの中身を混ぜながら、すぐ近くにいる綺麗な女の人へ話しかけた。しかし制御性T細胞さんと呼ばれたその人はノートパソコンに向き合ったまま、ヘルパーT細胞さんの方を見ないで淡々と返す。
「…どう、とは？」
「だってさー、この状態で外敵に来られたらまさに『正の選択』テストじゃないか」
ヘルパーT細胞さんはまた溜め息をついて、ティーカップの中身を啜る。愚痴を言うような口ぶりなのにその動作のせいで深刻さはあまり感じられない。
すると、彼の前に樹状細胞さんが来て、一切れのパンプキンパイを差し出した。綺麗に切り分けた残りをケーキスタンドに乗せながら、樹状細胞さんは言う。
「でも君たちはそのテストを勝ち抜いてきたんだろう？」
「えぇ。だからまぁ、たとえ再実施されても僕たちは生き残りますけどね。あの時ギリギリだったアイツもずっと鍛えてるようだし…」
「…まぁ、細胞たちの仮装は平和な証拠ですから」
ヘルパーT細胞さんは言いながら顔を背け、制御性T細胞さんは表情を変えず淡々と答えた。そんな二人を見て樹状細胞さんが満足げに微笑む。
…結局私には話の内容すらよく分からないままだけど、ヘルパーT細胞さんの雰囲気を見る限り解決したってことでいいのかな？これまでいろんな場所へ酸素を届けてきたけれど、この世界にはまだまだ分からないことも多いなぁ。
そんなことを思っていると、視界の中にマクロファージさんが入ってきた。トレーに紅茶のポットを乗せて三人に合流したマクロファージさんは、ふとこちらを見て気付く。
「あら？赤血球ちゃん」
「あっ、こんにちは、マクロファージさん！樹状細胞さんたちも！」
「うん。こんにちは」
思わず背筋を伸ばして挨拶をすると、樹状細胞さんはまるで初めから知っていたみたいに穏やかに私を見て、挨拶を返してくれた。一方でハッと顔を向けたのはヘルパーT細胞さん。制御性T細胞さんは一瞬顔を上げただけで後は変わらず仕事に戻ってしまう。
その様子を見て、私はようやく自分のことに思い至った。てっきり肺へ行く時の正解ルートだと思っていたけれど、リンパ球の二人がここにいるってことはもしかして不正解のルート!?こういった木の通路は心臓や胃と違ってこの世界に何個もあるらしいし、まさか似た道と勘違い!?考えれば考えるほど分からなくなって、おそるおそる尋ねる。
「あのー、ここって…!?」
ついヘルパーT細胞さんたちの方をちらりと見る。すると樹状細胞さんは私の視線を読み取ったのか、的確に答えてくれた。
「ん？あぁ、大丈夫。その線からそっち側はちゃんと血管だよ」
「あっ、ありがとうございます！」
良かった、間違ってなかったみたい。ほっとして勢いよくお礼を述べると、樹状細胞さんとマクロファージさんは嬉しそうに笑った。
…けれど。
「あら…？」
ふいにマクロファージさんの声が疑問形に変わる。制御性T細胞さんのクールな綺麗さとは違う、優雅な綺麗さにじっと見つめられて…一呼吸置いてから、見透かしたように告げられる。
「…もしかして、赤血球ちゃんも何か落ち込んでいるのかしら？」
「へっ？」
「えっ、そうなのかい？」
「あっいえ、そんな大層なものじゃないですよ！」
マクロファージさんだけでなく樹状細胞さんにまで心配されてしまって、私は慌てて両手を振ってみせた。咄嗟に思い出したのは、変な細胞を見つけてマクロファージさんに報告したらそれががん細胞だった時のことだ。心がすっきり晴れていると言えば嘘になるけれど、あの時に比べれば本当に些細で個人的なことが引っかかっているだけで、そんなので二人の手を煩わせるわけにはいかないくらい。
だけど…
「本当に？無理しちゃダメよ、赤血球ちゃん」
「僕たちで良ければ相談に乗るよ？」
気遣わしげな二人を前にして意地を張り続けることなんて、私にはできなかった。視界の隅でヘルパーT細胞さんが必死な顔で首を横に振ったり人差し指を立てて「しー」と言ったりしているけれど、実際そこまで厳重に秘密にしたいほどの悩みでもない。客観的に見れば笑われそうなほどの、本当に些細なことなのだから。
「…実はさっき、ハロウィンでも皆のためにはたらいてる人に会って…その人は皆の邪魔をしないようにって考えてて、それが優しいな、かっこいいなって思ったんですけど言えないまま別れちゃって…えへへ、本当くだらない悩みですよね！すみません聞いてもらっちゃって…」
話すうちにだんだん照れくさくなって、最後の方は笑ってごまかす。なんとなく、それが白血球さんだとは言えなかった。自然と俯いてしまって…少しだけ沈黙が流れた直後。
私の上に降ってきたのは、樹状細胞さんの明るい声。
「…そうだ！ねぇ君、今日限定のあのセリフを言ってごらん」
「え…？」
「疲れた時には甘いものだよ。ほら！」
唐突な申し出に顔を上げると樹状細胞さんは笑顔でまた促す。彼の隣に立つマクロファージさんも私が言い出すのを待ってくれているみたいで…私はやっぱりよく分からないまま、素直に応じる。
「あ…じゃあ、『トリック・オア・トリート』…？」
「うん。ハッピーハロウィン」
差し出されたのは細長い包みだった。思わず両手で受け取るけれど、何が入っているのか全く予想がつかない。オレンジ色のラッピングの袋は透けないし、形も細長い箱としか言いようがない。大きさはギリギリ私の鞄に入るくらい。それ以外のヒントは見当たらない。戸惑うあまり、手の上の包みとマクロファージさんたちとを見比べて視線を行ったり来たりさせてしまう。
「あの、これは一体…!?」
「赤血球ちゃん。これはとっておきの魔法がかけられた、秘密のお菓子なの」
「ま、魔法…!?」
「そう、幸せなハロウィンになる魔法よ。だからもし願いが叶って『その人』にまた会えたら、その時にはこれを一緒に食べるといいわよ。うふふっ」
マクロファージさんは厳かに、でもどこか楽しそうに説明する。…魔法って本当にあるのかな？でも一つ確かなのは、樹状細胞さんもマクロファージさんも私を励まそうとしてこれをくれたということ。その気持ちだけで十分私の心はすっきりした気がする。
「…分かりました！マクロファージさん、樹状細胞さん、ありがとうございます！」
「いやいや、僕たちは君が『トリック・オア・トリート』って言ったから渡しただけだよ」
「幸せなハロウィンになるといいわね～」
お礼を述べると二人は揃って柔らかく笑った。
だけど、してもらってばかりでは私も気が済まない。急いで魔法のお菓子を鞄にしまってから、代わりに腕のバスケットを向ける。
「あの、お礼と言っては何ですが、私のお菓子もどうぞ！」
「あらあら～」
「わぁ、ありがとう！」
嬉しそうに屈んでバスケットの中を覗き込む樹状細胞さんと、その後ろでやっぱり嬉しそうに微笑むマクロファージさん。私も赤血球だもの、甘いものは好きだけどお届け先で喜んでもらえるのが一番良い。そう思いながらふと顔を上げた時、境界線の向こうのヘルパーT細胞さんと目が合った。あっ、そういえば…。
「…もしよければ、ヘルパーT細胞さんたちも！」
「えっ!?いや、僕たちは何もしてないし、そもそもリンパ球だし…」
「うーん、それはそうなんですけど…でもヘルパーT細胞さん、クッキー好きなんですよね？」
「なっ、どこでそれを…!?」
私が指摘すると、ヘルパーT細胞さんは分かりやすくギクッとした。そして制御性T細胞さんはそれを半目で見ている。こんな状態でまさか「初めてモニターでヘルパーT細胞さんを見た時、クッキーの粉を口元に付けていたので」と言えるわけもない。困った瞬間、樹状細胞さんが助け舟を出してくれた。
「ふふっ、じゃあ僕から二人に渡しておくね」
にっこりと微笑む彼の手には、バスケットと同じ顔のデザインの小袋が三つ。そしてマクロファージさんの手にも一つ。よかった、これならヘルパーT細胞さんたちも受け取ってくれるはず。
「それでは私行きますね！ありがとうございました！」
「どういたしまして～」
「気を付けてねー」
四人に別れを告げて今度こそ肺へ。台車を押す音に紛れて、微かにヘルパーT細胞さんたちの声が聞こえた。
「平和だな…」
「そーですか」
2018/10/30 公開
台車を押したまま歩いていくと、大きな樹木を取り巻く通路に出た。木でできたそれは樹木の枝を迂回するように曲がったり階段があったり、短いけれどとても面白い道だ。
同時に、私にとって安心できる道でもある。ここは初めて白血球さんに案内してもらった時に「道、覚えてけよ」と言われた場所。だから特に気を付けて覚えたし、最近は肺へ行く時「ここまで来れたらひとまずは正解」と思えるようになった。うんうん、私もだいぶ道が分かってきたかも！
…なんて思いながら、上機嫌で歩いていたのだけど。
「はぁあ～…」
私の進む先の角から、溜め息が聞こえる。思い悩むような雰囲気で、だけどちょっと大げさなくらいには長い。声はどこかで聞いたことがある気もするけれど、溜め息だけでは誰だか分からない。
誰だろう。前を通るのに放っておくこともできないよね、話を聞くくらいならできるかもしれないし…。
角からそーっと顔を出して覗いてみる。
「はぁ～あ…」
悩ましげな溜め息と一緒に眉が下がり、眼鏡が光を反射する。やれやれ、といった様子の手にはティーカップとティースプーン。そして彼の前にはお菓子の並んだ丸テーブル。私も何度か見かけたことがあるその人は、ヘルパーT細胞さんだった。
「ハロウィンで浮かれるのは良いとしても、細菌の仮装をする風潮はどうなんだろうね？制御性T細胞さん」
ヘルパーT細胞さんはティーカップの中身を混ぜながら、すぐ近くにいる綺麗な女の人へ話しかけた。しかし制御性T細胞さんと呼ばれたその人はノートパソコンに向き合ったまま、ヘルパーT細胞さんの方を見ないで淡々と返す。
「…どう、とは？」
「だってさー、この状態で外敵に来られたらまさに『正の選択』テストじゃないか」
ヘルパーT細胞さんはまた溜め息をついて、ティーカップの中身を啜る。愚痴を言うような口ぶりなのにその動作のせいで深刻さはあまり感じられない。
すると、彼の前に樹状細胞さんが来て、一切れのパンプキンパイを差し出した。綺麗に切り分けた残りをケーキスタンドに乗せながら、樹状細胞さんは言う。
「でも君たちはそのテストを勝ち抜いてきたんだろう？」
「えぇ。だからまぁ、たとえ再実施されても僕たちは生き残りますけどね。あの時ギリギリだったアイツもずっと鍛えてるようだし…」
「…まぁ、細胞たちの仮装は平和な証拠ですから」
ヘルパーT細胞さんは言いながら顔を背け、制御性T細胞さんは表情を変えず淡々と答えた。そんな二人を見て樹状細胞さんが満足げに微笑む。
…結局私には話の内容すらよく分からないままだけど、ヘルパーT細胞さんの雰囲気を見る限り解決したってことでいいのかな？これまでいろんな場所へ酸素を届けてきたけれど、この世界にはまだまだ分からないことも多いなぁ。
そんなことを思っていると、視界の中にマクロファージさんが入ってきた。トレーに紅茶のポットを乗せて三人に合流したマクロファージさんは、ふとこちらを見て気付く。
「あら？赤血球ちゃん」
「あっ、こんにちは、マクロファージさん！樹状細胞さんたちも！」
「うん。こんにちは」
思わず背筋を伸ばして挨拶をすると、樹状細胞さんはまるで初めから知っていたみたいに穏やかに私を見て、挨拶を返してくれた。一方でハッと顔を向けたのはヘルパーT細胞さん。制御性T細胞さんは一瞬顔を上げただけで後は変わらず仕事に戻ってしまう。
その様子を見て、私はようやく自分のことに思い至った。てっきり肺へ行く時の正解ルートだと思っていたけれど、リンパ球の二人がここにいるってことはもしかして不正解のルート!?こういった木の通路は心臓や胃と違ってこの世界に何個もあるらしいし、まさか似た道と勘違い!?考えれば考えるほど分からなくなって、おそるおそる尋ねる。
「あのー、ここって…!?」
ついヘルパーT細胞さんたちの方をちらりと見る。すると樹状細胞さんは私の視線を読み取ったのか、的確に答えてくれた。
「ん？あぁ、大丈夫。その線からそっち側はちゃんと血管だよ」
「あっ、ありがとうございます！」
良かった、間違ってなかったみたい。ほっとして勢いよくお礼を述べると、樹状細胞さんとマクロファージさんは嬉しそうに笑った。
…けれど。
「あら…？」
ふいにマクロファージさんの声が疑問形に変わる。制御性T細胞さんのクールな綺麗さとは違う、優雅な綺麗さにじっと見つめられて…一呼吸置いてから、見透かしたように告げられる。
「…もしかして、赤血球ちゃんも何か落ち込んでいるのかしら？」
「へっ？」
「えっ、そうなのかい？」
「あっいえ、そんな大層なものじゃないですよ！」
マクロファージさんだけでなく樹状細胞さんにまで心配されてしまって、私は慌てて両手を振ってみせた。咄嗟に思い出したのは、変な細胞を見つけてマクロファージさんに報告したらそれががん細胞だった時のことだ。心がすっきり晴れていると言えば嘘になるけれど、あの時に比べれば本当に些細で個人的なことが引っかかっているだけで、そんなので二人の手を煩わせるわけにはいかないくらい。
だけど…
「本当に？無理しちゃダメよ、赤血球ちゃん」
「僕たちで良ければ相談に乗るよ？」
気遣わしげな二人を前にして意地を張り続けることなんて、私にはできなかった。視界の隅でヘルパーT細胞さんが必死な顔で首を横に振ったり人差し指を立てて「しー」と言ったりしているけれど、実際そこまで厳重に秘密にしたいほどの悩みでもない。客観的に見れば笑われそうなほどの、本当に些細なことなのだから。
「…実はさっき、ハロウィンでも皆のためにはたらいてる人に会って…その人は皆の邪魔をしないようにって考えてて、それが優しいな、かっこいいなって思ったんですけど言えないまま別れちゃって…えへへ、本当くだらない悩みですよね！すみません聞いてもらっちゃって…」
話すうちにだんだん照れくさくなって、最後の方は笑ってごまかす。なんとなく、それが白血球さんだとは言えなかった。自然と俯いてしまって…少しだけ沈黙が流れた直後。
私の上に降ってきたのは、樹状細胞さんの明るい声。
「…そうだ！ねぇ君、今日限定のあのセリフを言ってごらん」
「え…？」
「疲れた時には甘いものだよ。ほら！」
唐突な申し出に顔を上げると樹状細胞さんは笑顔でまた促す。彼の隣に立つマクロファージさんも私が言い出すのを待ってくれているみたいで…私はやっぱりよく分からないまま、素直に応じる。
「あ…じゃあ、『トリック・オア・トリート』…？」
「うん。ハッピーハロウィン」
差し出されたのは細長い包みだった。思わず両手で受け取るけれど、何が入っているのか全く予想がつかない。オレンジ色のラッピングの袋は透けないし、形も細長い箱としか言いようがない。大きさはギリギリ私の鞄に入るくらい。それ以外のヒントは見当たらない。戸惑うあまり、手の上の包みとマクロファージさんたちとを見比べて視線を行ったり来たりさせてしまう。
「あの、これは一体…!?」
「赤血球ちゃん。これはとっておきの魔法がかけられた、秘密のお菓子なの」
「ま、魔法…!?」
「そう、幸せなハロウィンになる魔法よ。だからもし願いが叶って『その人』にまた会えたら、その時にはこれを一緒に食べるといいわよ。うふふっ」
マクロファージさんは厳かに、でもどこか楽しそうに説明する。…魔法って本当にあるのかな？でも一つ確かなのは、樹状細胞さんもマクロファージさんも私を励まそうとしてこれをくれたということ。その気持ちだけで十分私の心はすっきりした気がする。
「…分かりました！マクロファージさん、樹状細胞さん、ありがとうございます！」
「いやいや、僕たちは君が『トリック・オア・トリート』って言ったから渡しただけだよ」
「幸せなハロウィンになるといいわね～」
お礼を述べると二人は揃って柔らかく笑った。
だけど、してもらってばかりでは私も気が済まない。急いで魔法のお菓子を鞄にしまってから、代わりに腕のバスケットを向ける。
「あの、お礼と言っては何ですが、私のお菓子もどうぞ！」
「あらあら～」
「わぁ、ありがとう！」
嬉しそうに屈んでバスケットの中を覗き込む樹状細胞さんと、その後ろでやっぱり嬉しそうに微笑むマクロファージさん。私も赤血球だもの、甘いものは好きだけどお届け先で喜んでもらえるのが一番良い。そう思いながらふと顔を上げた時、境界線の向こうのヘルパーT細胞さんと目が合った。あっ、そういえば…。
「…もしよければ、ヘルパーT細胞さんたちも！」
「えっ!?いや、僕たちは何もしてないし、そもそもリンパ球だし…」
「うーん、それはそうなんですけど…でもヘルパーT細胞さん、クッキー好きなんですよね？」
「なっ、どこでそれを…!?」
私が指摘すると、ヘルパーT細胞さんは分かりやすくギクッとした。そして制御性T細胞さんはそれを半目で見ている。こんな状態でまさか「初めてモニターでヘルパーT細胞さんを見た時、クッキーの粉を口元に付けていたので」と言えるわけもない。困った瞬間、樹状細胞さんが助け舟を出してくれた。
「ふふっ、じゃあ僕から二人に渡しておくね」
にっこりと微笑む彼の手には、バスケットと同じ顔のデザインの小袋が三つ。そしてマクロファージさんの手にも一つ。よかった、これならヘルパーT細胞さんたちも受け取ってくれるはず。
「それでは私行きますね！ありがとうございました！」
「どういたしまして～」
「気を付けてねー」
四人に別れを告げて今度こそ肺へ。台車を押す音に紛れて、微かにヘルパーT細胞さんたちの声が聞こえた。
「平和だな…」
「そーですか」
2018/10/30 公開
