BO-BOBO
ずっとそばに
その世界は「平和」で満ちていた。
戦闘とは無縁に暮らしている自分。日中、気だるさはあるけれど眠くならない自分。布団の子というコンプレックスを持たず、人間として生きる自分。いたって普通の美大生。
服のポケットから小さな端末を取り出して、深く考えることもなく操作していく。体が覚えているかのように慣れた手つき。なぜ使えるのか、どこで覚えたのか、そんな疑問を自覚するより早く画面上には文章が出来上がった。
『ハンペンに気分転換させるから来て。』
送る相手は決まっている。…こうしないと彼には会えないということも、私はどこかで分かっているようだった。
その相手は――
瞬間、目が覚めた。
じんわり滲んでいく視界の中に、いつもの背中を見つけて抱きつく。
「なっ、おいレム、仕事中だぞ」
パソコンを打つ手を止めて咎める彼は、驚きながらもいつも通りの彼で、私の上司で…
「こっちの世界」の私の、大切な人。
「…ランバダ様」
「何だ」
ぶっきらぼうな返事だけど、離れろとは言わない。無理矢理離そうともしない。それは周りに人がいないせいかもしれないし、私がまだ寝ぼけていると思われているだけなのかもしれないけれど、そんなランバダ様の優しさに甘えて思ったままのことを尋ねる。
「ランバダ様は…ずっとそばにいてくれますか」
見かけよりも広い背中。俯くようにして額をくっつけると、微かに体温が伝わってきて温かい。どんな時でも私が安心できる場所。
それが、「向こうの世界」では手が届かないほど遠い存在だとしたら?
…それなら、平和じゃなくても今のほうがずっといい。
「…嫌な夢でも見たのか」
頭上から聞こえた声にゆっくりと顔を上げると、相変わらず滲んでぼやけた視界の中、帽子の陰からこちらを伺う横顔と目が合った気がした。
夢、で片付けてしまえばいいのかもしれない。でも、普段からよく寝て夢を見て時には真拳で自由に夢を操る私にとって、今回のそれは今までとは何かが違っている。自分の意思で操れない、だけど記憶の整理とか過去の経験が元になっているのでもない。別人とシンクロしているような、だけど別人なんかいなくて紛れもない自分のような、不思議な感覚。
「夢なんかじゃないです。…いつも見る夢よりも、もっとリアルで、苦しくて…」
思わず言葉に詰まった。この先を言うべきかどうか少し迷って、しかし口を挟まず待つ彼に根負けして続きを話す。
「…理由がないと、会えないんです。『会いたいから』っていうのは理由にならなくて、もっとまともな口実が必要で…。記憶も関係もリセットされてるのに心は痛くて、でもそれを悟られちゃいけなくて、私…」
そこから先は、言葉にならなかった。しゃくりあげそうになるのを必死にしがみついて堪える。あっちの世界で冷静に振る舞っていた反動か、それともこっちの世界とのギャップか、気持ちがごちゃごちゃになる。
「…俺は、」
ぽつり、ランバダ様の声が降った。
「『その世界』には干渉できないから、俺自身の意志ではどうしようもないけど。
…お前が今いるこの世界では、一緒にいたいと思ってる。っつーか、何かあっても結局一緒にいそうな気がする」
涙を拭って見上げたクリアな視界の中には、口角を上げて目を細め、こちらを見つめるランバダ様の横顔。たったそれだけで、胸のざわめきが収まっていく。その代わりに…とくん、とくん。平時より少し大きな音で、少し速いリズムで、心が彼の存在の大きさを伝える。
「…ランバダ様」
「ん」
「私も、同じ気持ちです」
「…そうか」
『向こうの世界』でどうなるかは、まだ分からないけれど。
今はこのまま手放さないように、幸せを抱きしめていたい。
不敵だけどどこか優しげな笑みが、約束みたいに告げた。
「それなら、ずっとそばにいてやるよ」
fin.
(ふわり・ほんのりの様子をボーボボワールドから見たら、という妄想からできた話。冷静に見たらランレムがいちゃついてるだけだなんてまさかそんな。)
2016/11/01 公開
その世界は「平和」で満ちていた。
戦闘とは無縁に暮らしている自分。日中、気だるさはあるけれど眠くならない自分。布団の子というコンプレックスを持たず、人間として生きる自分。いたって普通の美大生。
服のポケットから小さな端末を取り出して、深く考えることもなく操作していく。体が覚えているかのように慣れた手つき。なぜ使えるのか、どこで覚えたのか、そんな疑問を自覚するより早く画面上には文章が出来上がった。
『ハンペンに気分転換させるから来て。』
送る相手は決まっている。…こうしないと彼には会えないということも、私はどこかで分かっているようだった。
その相手は――
瞬間、目が覚めた。
じんわり滲んでいく視界の中に、いつもの背中を見つけて抱きつく。
「なっ、おいレム、仕事中だぞ」
パソコンを打つ手を止めて咎める彼は、驚きながらもいつも通りの彼で、私の上司で…
「こっちの世界」の私の、大切な人。
「…ランバダ様」
「何だ」
ぶっきらぼうな返事だけど、離れろとは言わない。無理矢理離そうともしない。それは周りに人がいないせいかもしれないし、私がまだ寝ぼけていると思われているだけなのかもしれないけれど、そんなランバダ様の優しさに甘えて思ったままのことを尋ねる。
「ランバダ様は…ずっとそばにいてくれますか」
見かけよりも広い背中。俯くようにして額をくっつけると、微かに体温が伝わってきて温かい。どんな時でも私が安心できる場所。
それが、「向こうの世界」では手が届かないほど遠い存在だとしたら?
…それなら、平和じゃなくても今のほうがずっといい。
「…嫌な夢でも見たのか」
頭上から聞こえた声にゆっくりと顔を上げると、相変わらず滲んでぼやけた視界の中、帽子の陰からこちらを伺う横顔と目が合った気がした。
夢、で片付けてしまえばいいのかもしれない。でも、普段からよく寝て夢を見て時には真拳で自由に夢を操る私にとって、今回のそれは今までとは何かが違っている。自分の意思で操れない、だけど記憶の整理とか過去の経験が元になっているのでもない。別人とシンクロしているような、だけど別人なんかいなくて紛れもない自分のような、不思議な感覚。
「夢なんかじゃないです。…いつも見る夢よりも、もっとリアルで、苦しくて…」
思わず言葉に詰まった。この先を言うべきかどうか少し迷って、しかし口を挟まず待つ彼に根負けして続きを話す。
「…理由がないと、会えないんです。『会いたいから』っていうのは理由にならなくて、もっとまともな口実が必要で…。記憶も関係もリセットされてるのに心は痛くて、でもそれを悟られちゃいけなくて、私…」
そこから先は、言葉にならなかった。しゃくりあげそうになるのを必死にしがみついて堪える。あっちの世界で冷静に振る舞っていた反動か、それともこっちの世界とのギャップか、気持ちがごちゃごちゃになる。
「…俺は、」
ぽつり、ランバダ様の声が降った。
「『その世界』には干渉できないから、俺自身の意志ではどうしようもないけど。
…お前が今いるこの世界では、一緒にいたいと思ってる。っつーか、何かあっても結局一緒にいそうな気がする」
涙を拭って見上げたクリアな視界の中には、口角を上げて目を細め、こちらを見つめるランバダ様の横顔。たったそれだけで、胸のざわめきが収まっていく。その代わりに…とくん、とくん。平時より少し大きな音で、少し速いリズムで、心が彼の存在の大きさを伝える。
「…ランバダ様」
「ん」
「私も、同じ気持ちです」
「…そうか」
『向こうの世界』でどうなるかは、まだ分からないけれど。
今はこのまま手放さないように、幸せを抱きしめていたい。
不敵だけどどこか優しげな笑みが、約束みたいに告げた。
「それなら、ずっとそばにいてやるよ」
fin.
(ふわり・ほんのりの様子をボーボボワールドから見たら、という妄想からできた話。冷静に見たらランレムがいちゃついてるだけだなんてまさかそんな。)
2016/11/01 公開
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