BO-BOBO

バースデーブルー

ここ数日、レムは眠っている時間が少し長くなった。仲間たちから見ればそんなのはいつものことで、何も変わりないだとか俺のほうが心配しすぎだとか言われるのが目に見えているから、誰かに言ったことはないけれど。
朝はいつもより遅い時間に起こして、その後もぼんやりと居眠りをして、あまりにも仕事が捗らないから潔く昼寝をして、夕方には起きて何かを考えているようだけれど、毎回結論から逃げるように夜も早い時間に眠る。向き合いたくない現実から目を逸らすように、幸せな夢を求めて寝直すように、レムは眠る。
最初こそ真拳の副作用か、あるいはそれほどまでに寝るのが好きなのかと呆れたが、戦闘や演習がない日でもそうなる上に、日頃の能天気な寝顔とは程遠い眠りの入り方をしていたので、気付いてからは少しだけ注意を払っていた。戦闘時に睡殺という手法を取る彼女にとって、眠りと死は遠い延長線上にあるけれど地続きだ。我ながら何を心配してるんだか、馬鹿馬鹿しいと思っても、今日の日付がらしくもない不安を煽る。



以前、理想の誕生日の過ごし方について彼女に聞いたことがある。別に、話の流れでそうなっただけで、聞いたからその通りに祝ってやれるものでもないが。パーティーやサプライズなんて柄じゃない。
けれど、彼女は困ったように目を伏せて言い澱んだ。

「誕生日が皆にとっていいものだってことは分かってるんですけど。…私は、毎年、人間を眠らせられなかったので」

それだけで、続きは容易に推察できた。家庭と学校だけの狭い世界で、親や友人から疎まれ蔑まれていた子どもが、誕生日をどんな思いで迎えるか。他の奴らは当たり前のように盛大に祝われるけれど、自分の時はどうか。
だからといって同じように祝ってほしい、なんて彼女には言えないのだろう。周囲の奴らは祝われるだけの日頃の行いがあって、そうなっている。いわば誕生日は、自分のこれまでを否応なしに評価される日。無理やり引き出した祝福の言葉は虚しいだけだ。
それならば気にせず普通の一日として過ごせばいい。そう割り切れたら楽だろうが、彼女の性格とそれまでの経験を思えば、きっと簡単にはいかない。せめて幼少期よりは今のほうが傷つけられないだけマシ、程度で止まってしまう。
それでも淡々と、周囲からは普段と何も変わらないように見える振る舞いをし続けた結果が今だ。誕生日が近付くたびに痛む傷を抱え込んで、眠ってやり過ごす。



「…今のお前なら、祝ってくれる奴もたくさんいるだろう」

俺だけじゃない。他の隊長も女性隊員も皆、誕生日を祝いたいと思っているはずだ。サプライズパーティーの飾り付けだの、ケーキとプレゼントだの、宇治金時の差し入れだの、誰かの誕生日が近付くたびに張り切る奴ばかりだから、レムに対してだって例外ではない。現に「レム様が起きたら連れて来てくださいね!」なんて、こちらの返事も聞かずに任されている。
こんなので、彼女の傷が癒されるかは分からない。根深い問題だから、たった一度の誕生日で全部を綺麗に清算できるとは思っていない。
それでも、せめて今年の分の憂鬱くらいは晴らしたいと思った。いわゆるバースデーブルー。奇しくも彼女の髪の毛先の色と同じ名のつく危機は、その柔らかに透き通った髪色とは違って全く似つかわしくない。
ふと思い立って、隣で居眠りをするレムの頭上に片手をかざす。そうしてできるだけ繊細な青をイメージしながら、今日の主役にふさわしい冠をポリゴンで形作っていく。

「ん…?ランバダ様…?」

何の前触れもなく、余計な身じろぎすらしないで、レムが目を覚ます。おかげで冠が頭から落ちることはなかったが、代わりに本人も気付いていなさそうだ。まだ眠そうな目をこすりながら、いつもの調子で「おはようございます」と微笑んでくる。

「…行くぞ。皆、お前を待ってる」

定番のセリフは気恥ずかしくて言えそうもなかった。彼女が祝われ慣れていないのと同様に、俺だって誰かを祝うことには慣れていない。
けれど、今日だけは精一杯の祝福を。レムに似合う青を、幸せを呼ぶ色を。



fin.

(ポリゴン真拳は既に存在するものの形を奪う技で、何もない空間に生み出すことってできるの?と一瞬思ったけれど、原作でもボーボボに真拳を封じられた直後に何もない空間に塊を生み出そうとしてたので、全然アリだな!と思い直しました。そう考えると結構何でもできるよね、ポリゴン真拳。)

2022/08/23 公開
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