BO-BOBO

眠りたがりの隣で

※診断メーカー(https://shindanmaker.com/687454)より、「くじ引きで当たった高級な枕をお互い自分が最初に使いたいと譲らないので、間をとって2人でひとつの枕を使って寝ることになるランレム(直前まで文句を言っていたがスヤスヤ眠れた)」。
枕ネタが出たのが嬉しくて書きました。




旧毛狩り隊の宴会がお開きになった、夜十一時過ぎ。
自室に戻った俺はポーカーフェイスを装いながら、内心ではこの状況をどうすべきか悩んでいた。ひとまずベッドに腰掛け、片腕に持っていた枕を隣に置く。先程、余興のくじ引きで引き当ててしまったものだ。普通の枕よりも一回り大きくて、聞くところによるとどうやら高級なものらしい。
顔を上げて机のほうに目を向ける。椅子に座ったレムが、こちらをじっと見ている。俺の反応を窺って、それから時折ちらちらと斜め下へ視線をずらす。彼女の興味が何に向けられているか容易く分かってしまって、そんな自分自身にもうんざりする。
何しろレムはこの枕に釣られるようにして、俺の後ろをついてきたのだから。

「…そんなに枕が欲しいなら、お前にあげてもいいが」

もう何度目か分からないセリフを投げる。この視線を向けられるたびに、宴会中からずっと言ってきた。俺は特に新しい枕が必要なわけでもないし、爆睡真拳を扱うレムのほうが似合うのは事実だ。ついでにその時冷やかした奴はポリゴンにした。…だが。

「いえいえ!まずはランバダ様が使ってください!」

レムは毎回こんな調子で、困ったように笑って断るのだ。自分は枕が無くても眠れるから、他の物を景品で貰っているから、俺のほうが立場が上だから…理由は様々だが、頑なに受け取ろうとしない。そのくせ少し時間が経てばまた枕をじっと見て、明らかに気にしていて…その繰り返しだ。なお、一連のやり取りを見て笑いながら「フラれたな」と言った奴には容赦なくオーラを浴びせてやった。
結局、レムの意思に反してまで枕を押し付けるわけにもいかず、俺が持ち帰ることになったのだが、そうしたらなぜかレムまで来た。本当に何なんだ。
勢いよく首を横に振ったレムは、またそれまでとは違った理由を口にする。

「そりゃあ、寝心地はすっごく気になりますけど…当たったのはランバダ様ですし、私は全然!それにランバダ様、昨日も夜更かしして寝不足気味なんですから!」
「一言余計だ」

確かにゲームだの何だので夜更かしはしたが、今に始まったことではない。日頃からやっていることで、俺はもう慣れている。そう言い訳したところでコイツはまた余計な心配をするから、わざわざ言うつもりもないが。
おそらく、訊くたびに変わる理由はそのどれもがレムの本心なのだろう。それでも、やっぱり枕は気になってしまう。普段は居眠りばかりなのに変なところで律儀で、嘘がつけなくて、眠りに関することは放っておけない。
とはいえ同じやり取りを延々と続けるのも不毛だ。こちらが折れるしかない。

「じゃあ、遠慮なく使わせてもらう」
「うう…。…はい」

レムの返事はどう聞いても名残惜しそうなものだったが、今更知ったことではない。枕元の電灯を点けて部屋のほうは消す。この時点で諦めて出ていってくれれば…とも思ったのだが、彼女は動く気配すら見せなかった。仕方がないので再びベッドに戻り、帽子を脱いで仰向けに寝転がる。確かに品質は良いのだろう、新品の枕は程よく沈んで後頭部が包み込まれた。そのまま静かに目を瞑る。
…しかし、どうにも落ち着かない。枕が合わないのではなく単純に、見られている気配を感じる。全く憚る気のない、まっすぐな視線。
さすがに耐えきれず、目を開けて体ごとそちらを向けば、寝る前と変わらずこちらを見つめているレムと目が合った。物欲しそうな、心底羨ましいと言わんばかりの表情。本当は自分がその高級枕を使ってみたい、と分かりやすく顔に書いてある。

「…見られていると寝づらいんだが」
「あっ、すみません!ランバダ様が寝付くまで私、目閉じてますね!」
「そういう問題じゃないだろう…」

その場でぎゅっと目を瞑ったレムに、今度こそ呆れる。仮にそれで俺が無事に寝たとして、コイツはその後どうするつもりなのか。頃合いを見計らって目を開き、熟睡する俺を観察して枕の効果を確認する気か、それとも俺が寝付くより先に椅子で寝落ちしてしまうのか。…どちらの可能性もコイツなら十分あり得るな、と思った。
結局のところ、レムの一番の興味は枕と睡眠に向いているのだから。
しかし、だからといって今更レムに順番を譲る気にもなれない。これまで散々譲ろうとしても受け取らなかったし、そもそもコイツが一度寝たら次に起きるのは何時間後か。ほんの少し使い心地を試すつもりで結局は爆睡するのがレムだ。
俺が最初に枕を使うのも落ち着かず、レムに最初に使わせるのも難しい。だとすれば、俺たちに残された手段は一つ。

「…一緒に寝るか?」
「えっ」

レムはぱちりと目を開くと、一瞬嬉しそうな表情を見せた。今すぐに枕を使えるのが本当に幸せだとでも言うような、無邪気すぎて危なっかしい笑顔。
が、その後すぐに状況を理解したのか、途端にその挙動がぎこちなくなった。言葉にならない声をいくつか発して、取るに足らない動きですら大袈裟で、そして笑みの形のまま固まった顔がみるみるうちに、薄暗がりでも分かるほどに赤く染まっていく。
提案する時はそうでもなかったのに、そんな反応をされては俺にまで伝染してしまう。顔に熱が集まるのが嫌でも分かって、振り払うように捲し立てる。

「いやそのっ、冗談だからな!?俺はただ、机で寝られても迷惑だと思っただけだ!」
「は、はいっ!」
「だから別に嫌なら断っても」
「いえっ、大丈夫です!」

間髪入れずに返されて、俺のほうが面食らう。大丈夫ってどっちの意味の大丈夫だ。「遠慮します」なのか「気にしてません」なのか、はたまた「嫌じゃないです」なのか。
そんな意味のないことを空回り気味に考え始めた時、レムは何を思ったのか勢いよく立ち上がった。先程まであんなに熱心に見つめていた目を逸らして、しかし何かを決意した顔で、たった数歩の距離を駆け寄ると素早く隣に潜り込んでくる。

「待てっ、本気か!?」
「違うんですか!?」
「いや…違わない、けど」

突然パーソナルスペースに侵入されて、咄嗟に身を引く。その空いた隙間にちょうどレムが収まって、向かい合った体勢で恥ずかしそうに微笑まれた。同じ枕に頭を預けたせいで、互いの目線の高さが揃う。
いくら高級枕とはいえ本来は一人用だ。後頭部が落ちるギリギリにまで下がっても、まだ彼女との距離は近い。下手に身じろぎでもすれば思いがけず触れてしまいそうで、妙な緊張感が全身を駆け巡る。これまでもコイツが傍迷惑な場所で居眠りしたら運んでやることはあったが、その時と今とでは状況が全く違う。こんなんで眠れるのか。
だが俺の思いなど露知らず、レムは頬の赤みを未だ残してへにゃりと笑う。

「えへへ。さすが高級枕ですね、ふかふかです」
「あ、あぁ…。そうだな」

あまりにも純粋に、幸せそうに枕の感想を告げられて、何故だかふっと力が抜けた。そうだ、コイツはこういう奴だ。眠ることが何よりも好きで、自分の気持ちに素直で、そして信頼した相手にはとことん甘い。その警戒心の薄さは気になるけれど、ある意味いつも通りで安心する。
一方のレムにとっては他人の視線など特に気にならないらしく、こちらを向いたまま目を閉じた。この枕が余程気に入ったのか、すっかり緩んだ寝顔が目の前に晒される。それ自体は日頃の居眠りで見慣れているのだが、普段よりもずっと夢心地な彼女を今は俺だけが見ることができる、その優越感が心地よい。

「これならよく眠れそうです。ね、ランバダさま…」
「お前はどんな枕だろうとよく寝るだろうが。むしろ枕が無くても寝る」
「それはそうです、けど…」

言いながら、その言葉が途切れ途切れになっていく。反論しようとして諦めた…というよりは、眠気に負けたのだろう。俺はともかく、レムにとってはもう遅い時間だ。
視界の中心で、後から入ってきたはずの彼女が先に眠りに落ちる。近すぎて、焦点を合わせ続けるのにも無駄に労力を使う。それこそ目を閉じたほうが楽なのではないかと思えるほどに。…これでは眠れたとしても本当に枕の効果なのか、それとも近すぎるコイツのおかげなのか判断がつかないけれど。

「おやすみ、レム」

枕元の灯りを消して、再び瞼を下ろす。隣から伝わってくる温もりと微かな呼吸音を確かに感じながら、俺は快適な眠りの予感に身を委ねた。



fin.

(ランバダはレムの幸せの原因が全て枕によるものだと思い込んでいますが、レムの本音は多分それだけではないです。そんなわずかなサインを描写の端々に散りばめてみました。)

2020/01/09 公開
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