BO-BOBO
彼の帽子
ふわふわとした微睡みの中で、大好きな人の声が聞こえた。
「おい、レム。起きろ」
ぞんざいな口調とは対照的に、優しく肩を揺する感触。
薄く目を開けると、屈んだランバダ様がこちらをまっすぐ見ていた。何度かまばたきをして、ようやく焦点が合う。
「あ…おはようございます、ランバダさま…ふぁあ」
起きたらとりあえず挨拶を。まだよく回らない頭で出した答えは、呆れ顔と溜め息で返された。
「また行き倒れかよ。こんな所で寝るな、せめて部屋で寝ろ」
「んー…そうですよねぇ…」
確かにランバダ様の言うことも一理ある。床は固くて冷えるし、廊下だと人通りもそれなりに多い。私自身はどこでも眠れるからあまり気にしていないけれど、どうせ寝るなら柔らかくて温かい布団の方が良いのは明らかだ。
「ほら」
むにゃむにゃと考えを捏ね回す間に、いつの間にか私のまぶたは下がってきていたらしい。呼びかけられて再び目を開け、彼の方を見ると、片手を差し出してくれている。
…ぶっきらぼうだけど、やっぱり優しい人だ。彼に言わせれば「ここに置いていくほうが周りの迷惑だから」なんて理屈かもしれないけれど、結局のところはいつも放っておけなくて、こんな私を気にかけてくれる。
嬉しくなって素直に手をとれば、ランバダ様は力強く、それでいて変に肩を痛めないように、ごく自然に引っ張り上げた。自分で立って歩け、ということらしい。
彼に促されるまま、なんとか立ち上がる…けれど、なかなか眠気には抗えないもので。
「あっ、おい!?」
ふらりと後ろに倒れかけた瞬間、珍しく慌てたような彼の声と共に、また強く腕を引かれる。勢いよく前方に引き寄せられて、もたれかかった先はランバダ様の腕の中。ついさっきまで床に熱を奪われていたせいか、彼の体温は温かくてほっとする。
すると、私のものとは違う安堵の溜め息がすぐ上から降ってきた。まだ重いまぶたを何とか持ち上げて見上げれば、さっきまでよりも近い距離で目が合う。
「あ、すみませんランバダさま…」
「その口調で謝られても説得力が無いんだが」
「んん…そうですかぁ…?」
自分ではこれでもちゃんと言葉になっているつもりでいたけれど、言われてみれば口が回っていないかもしれない。そう思いながらも、やっぱり眠くて視界が曖昧になっていく。
「このままだと埒が明かない。背負って運ぶ」
そう言うとランバダ様は背を向け少し屈んで、そうして慣れた手つきで私を寄りかからせた。私が何もしなくても流れるような動作で背負った彼に、今まで何度こんなことがあったんだろう、と素朴な疑問が浮かぶ。
きっとこれまでも、私が眠っていて知らないうちに、何度もこうやって運んでくれたはずだから。
「ありがとうございます、ランバダ様…」
「…ん」
ランバダ様の短い返事にまた嬉しくなって、彼の帽子にそっと頬を寄せる。落ち着く匂いと肌触り。枕みたいに白くて柔らかくて、なんだか安心する。一定のリズムで歩く時の優しい揺れも相まって、また穏やかな眠気がやってくる。
「おい、人の帽子に涎垂らすなよ」
「はぁい…」
正直、眠っている間のことだから涎まみれにしない保証なんてどこにもないけれど。
それでも目が覚めたら、ランバダ様は呆れながらも最後には許してくれるんだろうな。根拠はないのになぜか確信に近い思いが湧き上がってきて、自然と口元が綻ぶ。
その優しさに甘えてばっかりで申し訳ないけれど、それ以上に彼から向けられる気持ちが嬉しい。…なんて、本人には絶対に言えないけれど。
あぁ、愛されてるなぁ。
fin.
(ランバダの帽子の有効活用。)
2020/04/30 公開
ふわふわとした微睡みの中で、大好きな人の声が聞こえた。
「おい、レム。起きろ」
ぞんざいな口調とは対照的に、優しく肩を揺する感触。
薄く目を開けると、屈んだランバダ様がこちらをまっすぐ見ていた。何度かまばたきをして、ようやく焦点が合う。
「あ…おはようございます、ランバダさま…ふぁあ」
起きたらとりあえず挨拶を。まだよく回らない頭で出した答えは、呆れ顔と溜め息で返された。
「また行き倒れかよ。こんな所で寝るな、せめて部屋で寝ろ」
「んー…そうですよねぇ…」
確かにランバダ様の言うことも一理ある。床は固くて冷えるし、廊下だと人通りもそれなりに多い。私自身はどこでも眠れるからあまり気にしていないけれど、どうせ寝るなら柔らかくて温かい布団の方が良いのは明らかだ。
「ほら」
むにゃむにゃと考えを捏ね回す間に、いつの間にか私のまぶたは下がってきていたらしい。呼びかけられて再び目を開け、彼の方を見ると、片手を差し出してくれている。
…ぶっきらぼうだけど、やっぱり優しい人だ。彼に言わせれば「ここに置いていくほうが周りの迷惑だから」なんて理屈かもしれないけれど、結局のところはいつも放っておけなくて、こんな私を気にかけてくれる。
嬉しくなって素直に手をとれば、ランバダ様は力強く、それでいて変に肩を痛めないように、ごく自然に引っ張り上げた。自分で立って歩け、ということらしい。
彼に促されるまま、なんとか立ち上がる…けれど、なかなか眠気には抗えないもので。
「あっ、おい!?」
ふらりと後ろに倒れかけた瞬間、珍しく慌てたような彼の声と共に、また強く腕を引かれる。勢いよく前方に引き寄せられて、もたれかかった先はランバダ様の腕の中。ついさっきまで床に熱を奪われていたせいか、彼の体温は温かくてほっとする。
すると、私のものとは違う安堵の溜め息がすぐ上から降ってきた。まだ重いまぶたを何とか持ち上げて見上げれば、さっきまでよりも近い距離で目が合う。
「あ、すみませんランバダさま…」
「その口調で謝られても説得力が無いんだが」
「んん…そうですかぁ…?」
自分ではこれでもちゃんと言葉になっているつもりでいたけれど、言われてみれば口が回っていないかもしれない。そう思いながらも、やっぱり眠くて視界が曖昧になっていく。
「このままだと埒が明かない。背負って運ぶ」
そう言うとランバダ様は背を向け少し屈んで、そうして慣れた手つきで私を寄りかからせた。私が何もしなくても流れるような動作で背負った彼に、今まで何度こんなことがあったんだろう、と素朴な疑問が浮かぶ。
きっとこれまでも、私が眠っていて知らないうちに、何度もこうやって運んでくれたはずだから。
「ありがとうございます、ランバダ様…」
「…ん」
ランバダ様の短い返事にまた嬉しくなって、彼の帽子にそっと頬を寄せる。落ち着く匂いと肌触り。枕みたいに白くて柔らかくて、なんだか安心する。一定のリズムで歩く時の優しい揺れも相まって、また穏やかな眠気がやってくる。
「おい、人の帽子に涎垂らすなよ」
「はぁい…」
正直、眠っている間のことだから涎まみれにしない保証なんてどこにもないけれど。
それでも目が覚めたら、ランバダ様は呆れながらも最後には許してくれるんだろうな。根拠はないのになぜか確信に近い思いが湧き上がってきて、自然と口元が綻ぶ。
その優しさに甘えてばっかりで申し訳ないけれど、それ以上に彼から向けられる気持ちが嬉しい。…なんて、本人には絶対に言えないけれど。
あぁ、愛されてるなぁ。
fin.
(ランバダの帽子の有効活用。)
2020/04/30 公開
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