BO-BOBO
この曖昧な関係に名前を
「俺のこと、どう思ってる?」
開いたままのスケッチブック、転がったままの鉛筆。課題のイメージが湧かないのかそれらをテーブルの上に広げたまま、ハンペンをつついて遊ぶレム。提出締切が近いとか言いながらまったく集中できていない彼女にふと思いついた質問を投げかけると、そんなことを聞かれるとは思っていなかったらしく、動揺を隠しきれていない上ずった声が返ってきた。
「なっ、何言ってるの突然」
ほんのりと紅く染まった頬につい何かを期待しそうになるが、俺が今聞きたいのはそういうことじゃない。いや、恋だの愛だのという対象かどうかは一応気になるけれど、俺が今話したいのはそんな単純なことではなくて…
だけどそれを彼女に分かりやすく伝えるための最適な言葉を、俺は持ち合わせてはいなかった。テーブルに背を向けてもたれ掛かるようにしながら、補足説明のような疑問を口にする。
「俺たちの関係って何なんだろうな」
「…知り合い?」
「そんな他人行儀なもんかよ」
「じゃあ、気のおけない関係?」
「それは…確かにそうだが」
何かあると呼ばれる程度には近いが、手放しに友達と言えるほど常にべったりでもない。仲間と言うのも共通の目的がないから変だし、そもそも友達や仲間ならレムが今通っている美大の同級生のほうが適任だ。
それなのに、俺たちは適当な理由をつけてはよく集まる。だいたいはハンペンのことにかこつけてだが、レムはハンペンのことを他の人に話していないらしく俺を頼り、俺は放っておけないふりをしてレムの真意を、記憶を、探っている。
「恋人…じゃないよね、ごめん、気にしないで」
おそらく勇気を持って言ったであろう一言を、彼女は即座に撤回した。笑ってごまかすレムと聞かなかったふりをする俺を、ハンペンが無言で見つめてくる。
…じれったい。
ハンペンのそんな気持ちが視線からひしひしと伝わってきて、なんだか苛ついた。話せたら話せたでお節介な奴だが、今はどうしてこんなことになっているのか。無言を貫いているだけなのか、それとも胴体と共に言葉も失ってしまったのか。そもそもハンペンは「昔のこと」を覚えているのか。それすらも確認できないくせに、今もこうして俺とレムを見守っている気になっているのがまた腹立たしい。
「…レム」
彼女の名を呼ぶと、今度はびくりと反応する。さっきの失言(レムが勝手に失言だと思ってるだけだが)に罪悪感を感じているのか、それとも俺の呼び方がぶっきらぼうになってしまったか…いや、その両方か。
「お、怒ってますか…?」
「…いや、別に」
今となっては懐かしい彼女の敬語。一瞬でもそれが聞けたことで、刺々しかった心が落ち着いていくのが分かる。
別に敬語に縛られる必要はないけれど、ふとした瞬間にそれが聞けると安心するのだ。「こちらの世界」に来ても、「前の世界」のことを覚えている素振りが見られなくても、レムはレムだと証明されているようで。
「あっ、今ランバダ笑った」
「笑ってない」
「えー。笑ってたよね、ハンペン」
「……」
「笑ってないってよ」
「ずるい、ハンペンが喋らないのをいいことに勝手に訳して」
「じゃあお前もそいつに聞くなよ」
「うっ…。じゃあランバダはこの関係をどう思ってるの?」
「分からないから聞いたんだろ」
「…またまたずるい」
「いいから課題やれよ、さっきから進んでねぇぞ」
そう言って机に向かうよう促すと、渋々といった様子で彼女は課題に取りかかる。敬語をほとんど使わず俺のことも呼び捨てで、今取り組んでいるのも毛狩り隊の書類ではなく美大の課題で、以前はこういう話題になると明確な正解であり一種の逃げ場だった「上司と部下」という関係もなくなって。
それでもこうして一緒にいる、この関係を俺たちは何と名付けようか。
「…ま、俺はお前がさっき言った関係でも、悪くはないけどな」
熱の集まる顔をできるだけ見られないように、そっぽを向いて言う。
…が、いくら待っても反応が無い。耐えきれずレムのほうを見ると、
「Zzz…」
「…おい、寝てんなよ」
せっかく言ってやったのに。レムに代わって聞いていたハンペンがにやりと口角を上げたので、近くにあった本を容赦なく叩きつけた。バチンと大きな音。本と机の間に挟まれたハンペンは、気絶と同時に少し薄くなった気もするが仕方ない。テーブルに突っ伏したレムを起こすべく近寄ると、俺が触れるよりも先にハッと意識を戻した。相変わらず人より眠くなりやすい体質のようだが「こちらの世界」ではそれも薄まっているらしい。
「…あれ?どうしたのランバダ、こっちに来て」
「起きたか」
「あ…もしかして起こしてくれた?」
「いや、そういうわけじゃないが」
「なーんだ…じゃあもう少し寝ててもいいよね」
「どうしてそういう理屈になる」
再び眠ろうとしたレムの肩に今度は躊躇なく触れると、レムもいたずらっ子のように笑みを零した。
fin.
(ふわり・ほんのり設定では、ヘポビュみたいに両方忘れてるのに何の因果かまた出会うのも好きだし、首領パッチや今回の話のように片方が覚えてて何も言わず近くにいるのも好き。)
2017/02/22 公開
「俺のこと、どう思ってる?」
開いたままのスケッチブック、転がったままの鉛筆。課題のイメージが湧かないのかそれらをテーブルの上に広げたまま、ハンペンをつついて遊ぶレム。提出締切が近いとか言いながらまったく集中できていない彼女にふと思いついた質問を投げかけると、そんなことを聞かれるとは思っていなかったらしく、動揺を隠しきれていない上ずった声が返ってきた。
「なっ、何言ってるの突然」
ほんのりと紅く染まった頬につい何かを期待しそうになるが、俺が今聞きたいのはそういうことじゃない。いや、恋だの愛だのという対象かどうかは一応気になるけれど、俺が今話したいのはそんな単純なことではなくて…
だけどそれを彼女に分かりやすく伝えるための最適な言葉を、俺は持ち合わせてはいなかった。テーブルに背を向けてもたれ掛かるようにしながら、補足説明のような疑問を口にする。
「俺たちの関係って何なんだろうな」
「…知り合い?」
「そんな他人行儀なもんかよ」
「じゃあ、気のおけない関係?」
「それは…確かにそうだが」
何かあると呼ばれる程度には近いが、手放しに友達と言えるほど常にべったりでもない。仲間と言うのも共通の目的がないから変だし、そもそも友達や仲間ならレムが今通っている美大の同級生のほうが適任だ。
それなのに、俺たちは適当な理由をつけてはよく集まる。だいたいはハンペンのことにかこつけてだが、レムはハンペンのことを他の人に話していないらしく俺を頼り、俺は放っておけないふりをしてレムの真意を、記憶を、探っている。
「恋人…じゃないよね、ごめん、気にしないで」
おそらく勇気を持って言ったであろう一言を、彼女は即座に撤回した。笑ってごまかすレムと聞かなかったふりをする俺を、ハンペンが無言で見つめてくる。
…じれったい。
ハンペンのそんな気持ちが視線からひしひしと伝わってきて、なんだか苛ついた。話せたら話せたでお節介な奴だが、今はどうしてこんなことになっているのか。無言を貫いているだけなのか、それとも胴体と共に言葉も失ってしまったのか。そもそもハンペンは「昔のこと」を覚えているのか。それすらも確認できないくせに、今もこうして俺とレムを見守っている気になっているのがまた腹立たしい。
「…レム」
彼女の名を呼ぶと、今度はびくりと反応する。さっきの失言(レムが勝手に失言だと思ってるだけだが)に罪悪感を感じているのか、それとも俺の呼び方がぶっきらぼうになってしまったか…いや、その両方か。
「お、怒ってますか…?」
「…いや、別に」
今となっては懐かしい彼女の敬語。一瞬でもそれが聞けたことで、刺々しかった心が落ち着いていくのが分かる。
別に敬語に縛られる必要はないけれど、ふとした瞬間にそれが聞けると安心するのだ。「こちらの世界」に来ても、「前の世界」のことを覚えている素振りが見られなくても、レムはレムだと証明されているようで。
「あっ、今ランバダ笑った」
「笑ってない」
「えー。笑ってたよね、ハンペン」
「……」
「笑ってないってよ」
「ずるい、ハンペンが喋らないのをいいことに勝手に訳して」
「じゃあお前もそいつに聞くなよ」
「うっ…。じゃあランバダはこの関係をどう思ってるの?」
「分からないから聞いたんだろ」
「…またまたずるい」
「いいから課題やれよ、さっきから進んでねぇぞ」
そう言って机に向かうよう促すと、渋々といった様子で彼女は課題に取りかかる。敬語をほとんど使わず俺のことも呼び捨てで、今取り組んでいるのも毛狩り隊の書類ではなく美大の課題で、以前はこういう話題になると明確な正解であり一種の逃げ場だった「上司と部下」という関係もなくなって。
それでもこうして一緒にいる、この関係を俺たちは何と名付けようか。
「…ま、俺はお前がさっき言った関係でも、悪くはないけどな」
熱の集まる顔をできるだけ見られないように、そっぽを向いて言う。
…が、いくら待っても反応が無い。耐えきれずレムのほうを見ると、
「Zzz…」
「…おい、寝てんなよ」
せっかく言ってやったのに。レムに代わって聞いていたハンペンがにやりと口角を上げたので、近くにあった本を容赦なく叩きつけた。バチンと大きな音。本と机の間に挟まれたハンペンは、気絶と同時に少し薄くなった気もするが仕方ない。テーブルに突っ伏したレムを起こすべく近寄ると、俺が触れるよりも先にハッと意識を戻した。相変わらず人より眠くなりやすい体質のようだが「こちらの世界」ではそれも薄まっているらしい。
「…あれ?どうしたのランバダ、こっちに来て」
「起きたか」
「あ…もしかして起こしてくれた?」
「いや、そういうわけじゃないが」
「なーんだ…じゃあもう少し寝ててもいいよね」
「どうしてそういう理屈になる」
再び眠ろうとしたレムの肩に今度は躊躇なく触れると、レムもいたずらっ子のように笑みを零した。
fin.
(ふわり・ほんのり設定では、ヘポビュみたいに両方忘れてるのに何の因果かまた出会うのも好きだし、首領パッチや今回の話のように片方が覚えてて何も言わず近くにいるのも好き。)
2017/02/22 公開
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