BO-BOBO

いつもの自分に戻るまで

目を開けて一番に飛び込んできた光景は、ひどく不安そうな部下の姿だった。
顔をぐしゃぐしゃに歪めて、こちらを見つめる目には涙が溜まっていて。もしも俺が死んでしまった時は同じように打ちひしがれるのだろうか、なんて不謹慎な事柄が頭によぎる。
…一応確認するが、俺はまだ死んでない、よな?ここが天国だとか夢オチだとかいうのはさすがに勘弁してくれ。
全身だるくて動けそうにないけれど、それでも確かめるように声を、彼女の名前を絞り出す。

「レム…?」
「…っ、ランバダ様!」
「いっ…!?」

涙がこぼれ、枝垂しだれた髪が揺れたかと思えば、その直後にはレムが倒れたままの俺に覆い被さるようにして抱きついてくる。だがレムの触れたところから体中に激痛が走って、情けない声が漏れ出た。つまりそれだけ俺がボロボロになっていたということで。

「良かった、もう二度と目を覚まさなかったらと思うと、私…!」
「くっ…ぅ…!?分かった、分かったからその…触るな、まだ痛むから…!」
「え?あっ!?すみません!」
「いや、別に…お前のせいでは…ない、が…」

口ではそう言いながらも目を逸らす。今ので意識は完全に覚醒したけれど、同時に自身の惨状も理解してしまった。レムの体が離れていっても相変わらず全身には鈍い痛みが残っているし、おまけに喉まで痛くて途切れ途切れでしか話せない。あの闇の奴らは俺たちの力を吸うとか言っていたが、これはやり過ぎではないのか。…いや、それよりも。
不甲斐ない。アイツらに全く歯が立たなかった。せめて一人ぐらい相討ちに持っていければよかったのに、大したダメージも与えられなかった。
思わず歯噛みする。しかし先程の戦闘で口の中が切れていて傷口が開いてしまったのか、すぐに血の味がした。気分の良いものではない。

「ランバダ様…?」

俺が顔を顰めたことにレムも気付いたらしく、不安げな声で名前を呼ばれた。ちらりと見やれば、彼女は眉尻を下げしゅんとした様子でこちらを見つめていて、涙こそ拭い取ったようだがその瞳はまだ潤んでいる。どうやら相当心配させてしまったらしい。
とはいえ、この程度の怪我など戦闘には付き物だ。確かに百年前はここまで負傷することもなかったけれど、それを踏まえてもわざわざ気に留める必要なんかない。心配させて悪かった、無茶をし過ぎたと思う一方で、別にレムがそこまで過敏にならなくてもいいのに、とも思う。
何でもない、という意思表示のつもりで顔を背けてみせる。…が、素っ気ない態度にも関わらず彼女は嬉しそうに安堵の溜め息を零した。そして同時に投げられる言葉。

「良かった、いつものランバダ様ですね…!」
「は?」

いつもの、ってどういう意味だ。さっきまでは違っていたのかよ。そりゃあ、やられっぱなしなのが「いつもの俺」だとは思われたくないが。
再び首を動かしてレムを視界に捉えれば、目が合った彼女は言葉を選びながら補足説明を始める。

「あ、えと…力を吸われて、変になってたというか…」
「変…」
「なんかこう、テキトーな感じと言いますか…」
「……」

それは…想像しただけで屈辱的だ。生け贄にされただけでなく追加効果で恥の上塗り、面目丸潰れ。尊厳も何もあったものではない。
正直に報告したレムはともかく、それ以外の目撃者を今すぐポリゴンにしてやりたい。真拳を扱えるだけの力はまだ戻っていないし、ポリゴンにしたところで相手の記憶は消せないのだが。

「…その場に誰がいた」
「ひぃっ!?あっ、いえ、そんなあれこれ言うような人たちじゃないですよ!」

俺が静かな声で脅すと、レムは恐怖のあまり変な声を上げてから、慌てて両手を振って否定した。更にそれだけでは説得力に欠けると判断したのか、視線を上に向けてその時のことを思い出すような仕草をする。

「えっと、ボーボボさんとその仲間たちとか…ほら、ビュティちゃんはそういうの噂する人じゃないですし!」
「……」

むしろその女以外は皆あれこれ言いそうなんだが。特にオレンジのトゲチビと青いところてん。もっとも、無謀にもそんなことを言い出したら俺は遠慮なくポリゴンにしてやるが。
そんなことを考えていると、レムは突如「…あっ」と明らかに気まずそうな声を上げた。

「何だ」
「あの、大変申し上げにくいんですけど…」
「いいから言え」
「ボーボボさんたちの中に、その…。ハンペン様もいました…」
「はぁ!?…っ、痛、くぅ…!」
「あっ、起き上がっちゃ駄目ですよ!病み上がりなんですから!」

思わず上体を起こしてしまい痛みに悶えた俺を見て、レムが慌てて両肩を押さえてくる。すぐさま元の体勢へと戻されたわけだが、叫んだ瞬間全身に走った激痛はそう簡単には引かないし、それ以上に気持ちは釈然としない。
ハンペンがいたとはどういう事だ。ハンペンが参加するとは聞いていないし、俺たちはともかくハンペンが今回の戦いに来るメリットがそもそも思い浮かばない。
闇の奴らに乗っ取られたとはいえ元は新皇帝決定戦、つまり皇帝の座を奪う戦いだ。今の毛狩り隊における現皇帝は三世様ではなく「ツルリーナ四世」になっているため、新皇帝決定戦に参加したところで三世様に対する反逆には当たらないけれど、この戦いには次世代の毛狩り隊における幹部や隊長を決める指標としての意味合いもある。
三世様がボーボボに倒され療養中の今…言い換えれば「回復後の三世様の出方が分からない、毛狩り隊に戻る可能性もあるが毛狩り隊とは別の組織を立ち上げる可能性もある」状態で、よりにもよってハンペンが「今後も毛狩り隊に所属すること」をはたして三世様より先に決定するのか。これが宇治金TOKIOであれば何の躊躇いもなく強い方に付くだろうが、ハンペンは旧毛狩り隊の中でも特に三世様への信頼が強かったはず。もしも今後三世様が新勢力を選択したなら、毛狩り隊とは対立することになる。
もっとも、ハンペンが頂点に立つことで他の知らない奴から皇帝の座を守り、三世様の傷が癒えた頃にその席を譲り渡す、という手もできなくはないが…。百歩譲ってそんな理由から深く考えず強者を求めて来たとして、なぜボーボボ側についているんだ。それこそ三世様や現皇帝と明確に敵対する立場じゃないのか。

「…レム。一応聞くが」
「はい」
「ハンペンって、あのハンペンか」
「はい…」
「普通の食用のハンペンではなく?」
「あのハンペン様です。『食用』ではなく『食王』の方の」

レムはご丁寧にも口をはっきりと動かして告げる。もはや間違えようもなかった。というかレムが様付けしている時点でどう考えてもあのハンペンでしかないけれど。
それを理解してから、俺の中で徐々に湧き上がる苛立ち。皇帝の座がどうとかいう問題ではなくそれ以前にハンペンは駄目だ、アイツは絶対後で俺の失態を旧毛狩り隊の皆に言いふらす!そのくせ強いから実力行使で脅すこともできねぇ、クソッ!
できれば今すぐアイツを殺しに行きたいがこんな怪我ではまだ動けそうにないし、無理に動こうとすれば間違いなくレムに止められるだろう。そもそもアイツがどこにいるか分からない以上、今の俺にはどうすることもできないが。
募る苛立ちに任せて舌打ちをすれば、レムも俺の不機嫌を察したらしく急いで次の言葉を紡いだ。

「あっ、でもハンペン様がそこにいたのは悪いことじゃなくて!むしろハンペン様がいてくれたおかげでボーボボさんは私たちに味方してくれたというか!それにハンペン様も私の身代わりになろうとしてくれて!」
「…ふーん」

冷めた相槌が漏れる。はっきり言って噛み合っていない。
レムの主張としては、ハンペンは仲間だからあまり目の敵にするな、ということなのだろう。だがその様子が、俺には「レムがハンペンを庇っている」ように見えるのだ。当然、納得がいくはずもない。レム自身に悪気がないのは見ていれば分かるが、そもそも誰が最初に守ってやったと思ってんだ。

「…もう少し寝る」

コイツに苛立ちをぶつけても理解してくれるとは思えない。せいぜい困惑か、そうでなければハンペンについてもっと話されるのがオチだ。話が平行線になる予感を覚えて、唐突に話題を変える。
レムは理解が追い付いていないのか「はぁ…?」と疑問形で返事をした。その呑気な顔に、俺は平常心を装ってはっきりと要求する。

「だから、布団が欲しい」
「え?」
「布団」
「布団、って…。そもそもこんな場所に布団なんて…」
「……」

困った顔で周囲を見回すレムをじっと見つめる。ただし決して熱っぽいものではなく、むしろ半眼で呆れるように。
するとさすがに彼女も視線の意味に気が付いたのか、ぎょっとした様子で自身を指差した。

「わっ…私ですか!?」
「お前は布団なんだろう?」
「駄目です駄目ですっ、私は布団ですけど眠れない布団ですから!」

眠れない布団って何だそれ。
…いや、本当は知っている。ボーボボの奴がレムと戦った時、「人を眠らせられないと布団の子として価値がない」と思い込んでいたコイツにかけた言葉だ。存在を丸ごと認めるそれがレムの救いになったのは事実だ、そこは認める…が、こんな時にまでアイツに邪魔されるのは気に食わない。レム自身はおそらく優しさから、本気で「眠りたがっている俺に眠れない布団なんて」と思っているのだろうが、そんなのは俺に言わせれば過剰な謙遜、余計なお世話というものだ。

「俺が良いって言ってんだ。余計なことは気にするな」

言ってから、妙な気恥ずかしさが押し寄せる。顔に熱が集まる感覚。ここまでストレートに要求を押し通しているのに、それがなかなか得られないのはもどかしく、むず痒い。心なしか一瞬が長く感じる。
戦闘時とは違った緊張感が漂う中、レムにもそれが伝染したのか、彼女は神妙な面持ちで深呼吸を一つした。そして、まるで大役を任された時のように厳かに了承する。

「わ、分かりました。それじゃあ、ねむりん粉で…」
「お前は俺を睡殺する気か」
「えっ、全然そんなつもりじゃないですよ!?そこら辺はちゃんと手加減しますし!」
「どうだか」

俺が要求したのはそういう技のことではないんだが。今度こそ本気で呆れながら素っ気なく言葉を返す。
当たり前のように真拳という選択肢が出たレムに、お前は真拳を使える程度には回復したんだな、とは思ったけれど言わないでおく。今それを言っても、そんなつもりはなくとも皮肉に聞こえてしまうだろうから。

「えっと、じゃあ…寝撃にしますか?」
「だからなんで真拳なんだよ」
「え?だって寝撃を打ってしまえば、ランバダ様がまた無理して起き上がる可能性もなくなりますし…」
「…お前、時々頑固だよな。根に持つというか」

別にそこまで心配されなくても、しばらく安静にしているつもりだっての。
落ち着いて一眠りしたいだけなのに婉曲的な表現を使ったのが間違いだったか、レムの提案はどんどん見当違いの方へ向かっている。一瞬、遠回しに拒否されている可能性が頭の隅を掠めたけれど、コイツはそんな器用なことができる奴じゃないとすぐに思い直す。まったく、どこまでも手のかかる部下だ。
それでも、こんな状況だとしてもコンバットのようにプライドをかなぐり捨てる気には到底なれなくて、俺は一言だけ告げる。

「…なら、手だけ貸せ」
「手?あっ」

隙だらけの片手を強引に掴んで引き寄せ、握ったまま目を閉じる。レムが今どんな顔をしているか気にならないわけではないけれど、今はそれよりも動かした腕の痛みと眠りたい欲求の方が強かった。瞼が重い。我ながら本当に情けない。
…でも、それ以上に、コイツを守れて良かった。

「レム…」
「何ですか?ランバダ様」
「確か、今回の戦い…宇治金TOKIOも参加してたよな…」
「そうですね…。彼も生け贄盤に力を吸われて、今は休んでいるはずです」
「ん…。じゃあ、アイツが起きて動けるようになったら、起こしてくれ…」
「ふふっ、私が起こす方なんて珍しいですね」

穏やかな笑い声に心底安心する。レムは眠れない布団と自称していたけれど、きっと今の俺ならそれを心から否定できるだろう。コイツが隣で微笑んでいるだけで不思議と気持ちが安らぐ。
だから今は…俺が寝ている間だけでいいから、隣にいてほしい。
レムのことだ、こうして捕まえていなければ宇治金TOKIOの様子を見に行こうとするはずだ。それだけでなく新皇帝決定戦にはジェダの姿も見えたから、そっちにも顔を出すつもりかもしれない。あるいは、レムの力が戻っているのならば今からでもハンペンに加勢しに行く可能性すらある。彼女の向ける気持ちは誰に対しても平等だから。
だが今だけは、そんなのは後にしてほしい。今はただ、コイツを守ることができた、その実感が欲しい。
柄にもないことをねだっている自覚はある。それもこれも全部、酷い怪我のせいだ。俺が珍しく気弱なのは、力を吸い取られて変になっているから。今だけはそういうことにしておいてほしい。
きっと宇治金TOKIOが動けるようになった頃には、俺も回復して元通り「強く気高いランバダ様」になっているはずだから。

「ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい、ランバダ様」

微睡みの中で、優しい囁きが聞こえた。



fin.

(ランバダ様の「確実に何かを吸い取られた顔」について書きたくてできた話。)

2019/03/31 公開
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