Cells at Work

赤血球と白血球

「また…会えますか?」

肺炎球菌から助けた赤血球が訊いてきた。細菌は既に去ったが、離れることに不安そうな…しばらく共に行動したせいで情が移ったのか、どことなく寂しそうな顔をしている。
新人でまだ循環する道も覚えきれていない、くしゃみが発射される様子も今回初めて見たらしい赤血球。遊走が間に合ったおかげで彼女の溶血は防げたが、それでも右手の甲に怪我をさせてしまった。本人はおそらく無意識のまま、その手を胸の前で握っている。白い手袋に滲んだ赤い血に、俺自身の力不足を痛感する。事実、今回もくしゃみを利用して追い出しただけだ。
だが昔よりは確実に、外敵に対する策を増やせている。彼女の問いかけを聞いた瞬間、ふとそう思った。

なぜ問いの内容とは全く違うのにそんなことを思ったのか。理由はすぐに見つかった。
骨髄球の頃、初めて他の血球を守った時も…お礼と共に似たようなことを訊かれたからだ。
当時は満足に攻撃もできず防戦一方で、それでも背中の赤芽球を守らなければと必死だった。自分が倒れてしまえば守れない。だからどんなに痛くても耐えて、赤芽球には絶対に手を出させない。それだけを考えていたから振り向く余裕もなく、今となっては顔も覚えていないけれど。

そんな、この世界について何も知らなかった幼い頃ならば、投げかけられた問いにも希望を持って答えてやれただろう。少なくとも否定はしなかったはずだ。絶対に会えるとまでは言わなくても、いつか会えるかもしれない…と俺も当時は思っていた。

だが今はもう赤芽球と骨髄球ではないから。
目の前にいるのは赤血球で、俺は白血球の一種である好中球だから。
それぞれの血球には識別番号の違う仲間が数え切れないほどいて、同じ相手にまた会える可能性は限りなく低いことを知ってしまっているから。

少し躊躇いながらも白血球がいっぱいいることを伝えると、そこは新人ながらも赤血球だ、彼女もすぐに血球たちの数の多さに思い至った。そして分かりやすく沈んだ表情になる。
…その様子を見たら、つい昔の自分が思い出されて。あの時は、大人になって血管の中で働き始めたらどこかで会えるかもしれないと信じていた。やがてそれぞれの血球のおおよその数を知り、更にはすり傷や膿など予期せぬ離別もあると知って、現実的な再会の可能性が分かってしまっても…それでも、俺は心のどこかでは覚えていて、今でも少しは信じているのかもしれない。
だから、可能性はゼロではないんだと、目の前の存在に呼びかけたくなった。

「…同じ世界で働いてるんだ。いつかは会えるさ」

律儀にお礼を言ったり道に迷ったり、こんなにインパクトの強い赤血球をしっかり覚えていたいと思うから。
完全な離別にはしたくないから。
お互いに仕事をしていく中で、いつかどこかで会えたらいいと思うから。

「またな」

じゃあな、ではなくて。
穏やかに言うと赤血球の表情も明るくなった。



fin.

(ラストは公式コミックガイド掲載の「細胞の話」から微妙に繋がっているような、それとは別で単に白血球さんの思考パターンのような曖昧な感じに。好きなほうで捉えてください…!)

2018/08/12 公開
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