Cells at Work

無自覚の笑顔ほど恥ずかしいものはない

抗原変異したインフルエンザウイルスを討伐した直後の街中。
俺たちは、後片付けに追われていた。

「いいか、自分の写真だけを拾え!他の奴の写真はすぐ戻せ!絶対見るんじゃねーぞ!」

キラーTさんが大声で呼びかける。だが、言われなくても絶対皆そのつもりだ。
樹状さんは「昔の自分を見て初心を思い出して」と言っていたけれど、実際にばらまいた写真は初々しいものだけでなく、仲間内でふざけて撮った写真や失敗をした時の写真など…とにかく恥ずかしい写真ばかりだった。他の人の写真を見たい欲求よりも、まずは自分の写真を一枚残らず回収したい欲求の方が断然強い。
…しかし、写真の裏には樹状さんのところで印刷されたことを示す「Dendritic cell」という字が薄くあるだけで、写っている人の名前までは書かれていない。とりあえず表が見えていた物は各々即座に拾い、あとは神経衰弱のように自分の写真を探していく作業の繰り返し。ウイルスと戦いながら回収してビリビリと破いたものも多いけれど、それ以上の写真が未だ街のあちこちに散らばっていた。

「あ、これキラーTのね」
「っ!?見るなーッ!!」

キラーTさんが叫びながらNKさんに向かっていく。今のキラーTさんなら、何も知らない一般細胞が写真をうっかり見てしまったらソイツを敵と認識して攻撃しそうだ。一方のNKさんはといえば、さっきからキラーTさんの写真ばかりを引き当てている。ただの偶然か強運か、もしくはわざとか。
抗原がいなくなってもまだ活性化しているかのような、騒がしい二人の声を背中で聞きながら溜め息をつく。ふと見れば、記憶さんは世界が破滅したかのような顔で一枚ずつ写真を拾っていた。彼がウイルスとの戦闘前に言ったことは、簡潔にと急かしてしまったもののあながち間違っていなかったのかもしれない。他にも内勤のはずのヘルパーT司令が外に出て写真を拾っていたり、多数の好中球さんが血眼になって外敵ではなく写真を探していたり、もはや一種のカオスだ。
初めて見たウイルスを討伐できて喜ぶべき場面なのに誰一人として喜ばないどころか、むしろ沈んだ顔をしている。それでも俺たちには、写真を拾わないままでいるという選択肢はなかった。このまま放置すれば噂になってあっという間に体中を駆け巡ってしまう。病気ではないけれど俺たちにとっては広まってほしくないものだ。

と、風に吹かれて一枚の写真が足元に飛んできた。一瞬また樹状さんの仕業かと疑うけれど、彼は写真を片付けもしないまま戻っていったはず。とりあえず拾って捲ってみる。

「これは…好中球さんのッスかね?」
「何っ!?」

呟いただけなのに大勢の好中球さんが鬼の形相で振り向いた。慌てて「えーと、1146番の!」と付け足すと、興味をなくした好中球さんたちの中から一人だけが全速力で走ってくる。

「貸せ!」
「あっ…でもそんなに恥ずかしい写真とかじゃなかったッスよ?」
「なんだ、そうか…って、見たのか!?」

好中球さんは俺の手から素早く写真を奪うと、ろくに見もしないで写真を自身の胴体に押し付けた。これ以上見られないように伏せたつもりなのだろう。好中球さんはそのまま外敵に向けるような顔で睨んでくるけれど、ハッキリ言わせてもらえば俺にだって俺の言い分がある。

「だって見ないと誰のか確認できないじゃないッスかー。それに、別に変な写真じゃなかったって…」
「だからその話はもうするな!」
「なんでですか!?俺はからかってないし、活性化されるようなものじゃないって言ってるんスよ!自分で見て確認してくださいよ!」

ダメだ、キラーTさんとNKさんじゃないけれど苛立ってしまう。その理由は一度で話が通じなかったからだけではなく、さっき見てしまった好中球さんの写真の内容も関係している、と思う。
俺たちは散々黒歴史を晒されたのに、好中球さんのはあんな程度だなんて。
正確には好中球さんだって活性化するくらい恥ずかしい写真も撒かれていたけれど、それでも今見たように衝撃の少ない写真が混じっていたなんて。俺たちは全部が全部恥ずかしい写真だったっていうのに!
だが思わず熱くなる俺を見て、好中球さんは逆に冷静さを取り戻したらしい。俺がさっき何度も「恥ずかしいものではない」と言ったからか、好中球さんは焦らず特に特に覚悟を決める様子もなく写真を見て――

内容を確認した途端、顔が赤くなった。

「えっ、え?なんで?俺が見たのはそういうんじゃなかったって…あれ、重なってたとかで違う写真見たんスかね?」

予想外の反応に、俺の方がしどろもどろになってしまう。まさか違うものを見たのではと思って好中球さんの手元を覗くと、また素早く伏せられた。が、俺が見たのと同じ写真だということくらいは一瞬の残像でもしっかり判別できる。
…え、じゃあなんで――?

「あの、好中球さん?」
「何も訊くな」
「さっきの写真、どうして」
「いいいいいから自分の写真を拾え」
「いや、『い』多いッスよ。それでさっきの写真なんスけど、」
「お前のだってまだ落ちているかもしれないだろう!」
「普段の光景じゃないですか、どうして赤くなるんですか!?」
「な…っ!?」

セリフをかぶせてくる好中球さんに負けじと主張する。好中球さんが止まったのは、俺が一番訊きたかったことを出した直後だ。それから更に少し経って、ついうっかり『普段の光景』だと周りにバラしてしまったことに気付く。…いやでも『普段の光景』だけじゃどんな写真か絞れないよな?だから俺はバラしていない、うん。
心の中で自分に言い聞かせていると、呆然と俺を眺める好中球さんの後ろに彼の仲間が来ていることに気が付いた。そのうちの4989番が人差し指を口に当てて「しー」と俺に示してから、例の写真をサッと奪う。

「へー、楽しそうな顔してるな」
「あぁ。いつもの赤血球か」

4989番の好中球さんが堂々と掲げた写真を見て2048番の好中球さんが理解したように呟き、2626番の好中球さんが無言で頷く。俺の位置からは写真を奪われた1146番の好中球さんの陰になって見えにくいけれど、その写真には笑いながら何事かを話している3803番の赤血球と、そんな彼女の方を幸せそうに口角を上げて見ている好中球さんが写っているはずだ。

「あっ!?お前らいつの間に!?いや返せ!」

好中球さんは仲間の襲来に気付き取り返そうとするが、三人は横より縦に移動した方が届かないと思ったのか肩車を始めている。
さっき投げた俺の疑問にはもう答えてくれないだろうと予想して、俺はイマイチ釈然としないまま次の写真を回収しに歩き出した。



fin.

(あれだけばらまいたし、戦闘中に回収できなかった写真もあるに違いない。木の上とか建物の屋上とか。そしてB細胞視点での皆の呼び方が分からない…!)

2018/08/09 公開
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