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君の本音と向き合って
「きゃはははっギャモン君ギャモン君ギャモンくーん!」
ハイテンションなノノハの声が食堂に響く。何事かと天才テラスを見上げる一般生徒の視線がひしひしと伝わってくる。
だが、何事かと問いたいのは名前を連呼された俺のほうだ。
昨日、ミハルが近所の人からお裾分けで貰ったチョコレート。「多いからカイトさんやノノハさんにも分けてあげようよ」という妹の提案で、俺は今日、天才テラスへそのチョコを持って来たというわけだ。
するとそこへ丁度良くノノハが到着。思いがけない差し入れに大喜びのノノハは早速チョコを口に含み、余程気に入ったのかもう一個口に含み、続けてもう一個…
そして、その結果が現在のこれである。
原因は明らかにチョコレートだろう。試しに一つ、包みを開けてカリッと食べてみる、と。
「うわっ…これ、酒入りかよ」
食べかけのチョコの中から、ドロリとした液体。この独特の香りからしても間違いない、ノノハはこれをたくさん食べて酔ったのだ。
原因が判明してとりあえず一安心、のはずなのに。
「いいなぁギャモン君…ねぇ、私にもちょうだい?」
これも酒の効果なのか、普段より甘えた声でおねだりするノノハ。その視線はさっき俺が食べた残りのチョコへ、そして俺へと向けられる。身長差のせいもあり、上目遣いなのがまた可愛さを倍増させる。
これを差し出せば、何の抵抗もなく食ってくれるのだろうか。俗に言う、間接…
「…だっダメだダメだ!ノノハはさっき食っただろ!」
「えーっ、ギャモン君だけずるーい!」
「ずるいも何も、それ以上食ったら体に毒だ!」
…危ねぇ、もう少しで流されるところだったぜ。
だが高い身長を生かしてチョコレートをノノハの届かない位置まで持ち上げれば、彼女はぴょんぴょんと跳ねて取ろうと頑張る。まるでうさぎのように。いつぞやの「カイトのバカを励ます会」で付けていたうさ耳が似合うくらいに。
…って、今はそんなことを考えている場合じゃねぇだろ!
ノノハはこう見えても酔ってふらふら、しかしカイトもアナもキュービックも今日はまだ来ていない。だとしたら俺が介抱するしかねぇ。
「今、水もらってくるからな。とりあえず静かに待ってろ」
多少乱暴な言い方でノノハを椅子に座らせ、急いでテラスの下のカウンターへ向かおうとする、が。
突然左腕に感じた重み。
そして。
「ギャモン君、行かないで…」
今にも泣き出しそうなノノハの声。
普段は誰よりも強く明るい彼女の、涙ぐんだか細い声。
人は酔うと本音が出る、とはよく言うけれど、ノノハも本当は辛い感情を抱えていたのだろうか。
パズルができずに皆に置いていかれる不安を持ちながら、それでも表面上は明るく振る舞っていたのか。実際、知恵の輪を外そうと奮闘する姿は幾度となく見た。少なくとも天才テラスで一緒に過ごすのが当たり前になっている俺たちには、彼女のパズル能力の有無なんてもはや関係ないのに。
ならば、今の俺にできることはひとつ。
「…大丈夫だノノハ、俺はここにいる」
かつて幼いミハルが両親を思って泣いた時そうしたように、右手でそっと彼女の背中を撫でる。
なだめて落ち着かせるために。
独りじゃないと実感させるために。
「…落ち着いたか」
「…うん。ありがとう、ギャモン君」
やがて泣き止んだノノハに声をかければ、笑顔で礼を言われた。
嬉しいような気恥ずかしいような、妙な心地に襲われる。彼女はまったくの無自覚だと頭ではわかっているけれど、それでも。
「や、やっぱり水貰ってきてやる!」
「えー…じゃあ私も行く!」
「だから待ってろって言ってんだろ!階段とか危ねぇから!」
「平気平気ー♪」
口実を作って一旦気持ちを整理しようとするものの、今度は元気になったノノハに阻止された。泣かれるよりは明るいほうが彼女らしいが、だがちょっと待て!そんな強引について来られても心の準備が…!
「ノノハお待たせ、オカベ君の修理してたら時間がかかっちゃって…って、え?」
「あぁーっ、ノノハに何してんだよギャモン!」
「アナが思うに、ノノハに手を出すのはダメなんだな」
突然聞こえた声にふと横を見れば、驚いたままのキュービック、苛立ちを全面に出すカイト、そして口調は穏やかだが不満げな表情のアナ。今来たばかりで一連の経緯を知らない彼らの視線を浴び、嫌な予感が体内を一気に駆け巡る。
「いや、これは、その…」
「皆ぁ、ギャモン君が意地悪するー!」
「はぁ!?違うだろノノハ、誤解だ誤解!」
先ほどまで俺に向けられていたノノハの甘えたような声と眼差しも一瞬でカイトたちの物となってしまった今、必死に弁解しても通じるはずがなく。
とりあえず、酒入りチョコはもう二度と持って来ないと心の中で誓ったのだった。
…なお、ノノハの記憶力を持ってしてもこの日のことは覚えていない、と彼女は後日はっきりと言及した。
fin.
前サイト10000hit記念リクエスト。村崎様へ。
2012/03/07 公開
「きゃはははっギャモン君ギャモン君ギャモンくーん!」
ハイテンションなノノハの声が食堂に響く。何事かと天才テラスを見上げる一般生徒の視線がひしひしと伝わってくる。
だが、何事かと問いたいのは名前を連呼された俺のほうだ。
昨日、ミハルが近所の人からお裾分けで貰ったチョコレート。「多いからカイトさんやノノハさんにも分けてあげようよ」という妹の提案で、俺は今日、天才テラスへそのチョコを持って来たというわけだ。
するとそこへ丁度良くノノハが到着。思いがけない差し入れに大喜びのノノハは早速チョコを口に含み、余程気に入ったのかもう一個口に含み、続けてもう一個…
そして、その結果が現在のこれである。
原因は明らかにチョコレートだろう。試しに一つ、包みを開けてカリッと食べてみる、と。
「うわっ…これ、酒入りかよ」
食べかけのチョコの中から、ドロリとした液体。この独特の香りからしても間違いない、ノノハはこれをたくさん食べて酔ったのだ。
原因が判明してとりあえず一安心、のはずなのに。
「いいなぁギャモン君…ねぇ、私にもちょうだい?」
これも酒の効果なのか、普段より甘えた声でおねだりするノノハ。その視線はさっき俺が食べた残りのチョコへ、そして俺へと向けられる。身長差のせいもあり、上目遣いなのがまた可愛さを倍増させる。
これを差し出せば、何の抵抗もなく食ってくれるのだろうか。俗に言う、間接…
「…だっダメだダメだ!ノノハはさっき食っただろ!」
「えーっ、ギャモン君だけずるーい!」
「ずるいも何も、それ以上食ったら体に毒だ!」
…危ねぇ、もう少しで流されるところだったぜ。
だが高い身長を生かしてチョコレートをノノハの届かない位置まで持ち上げれば、彼女はぴょんぴょんと跳ねて取ろうと頑張る。まるでうさぎのように。いつぞやの「カイトのバカを励ます会」で付けていたうさ耳が似合うくらいに。
…って、今はそんなことを考えている場合じゃねぇだろ!
ノノハはこう見えても酔ってふらふら、しかしカイトもアナもキュービックも今日はまだ来ていない。だとしたら俺が介抱するしかねぇ。
「今、水もらってくるからな。とりあえず静かに待ってろ」
多少乱暴な言い方でノノハを椅子に座らせ、急いでテラスの下のカウンターへ向かおうとする、が。
突然左腕に感じた重み。
そして。
「ギャモン君、行かないで…」
今にも泣き出しそうなノノハの声。
普段は誰よりも強く明るい彼女の、涙ぐんだか細い声。
人は酔うと本音が出る、とはよく言うけれど、ノノハも本当は辛い感情を抱えていたのだろうか。
パズルができずに皆に置いていかれる不安を持ちながら、それでも表面上は明るく振る舞っていたのか。実際、知恵の輪を外そうと奮闘する姿は幾度となく見た。少なくとも天才テラスで一緒に過ごすのが当たり前になっている俺たちには、彼女のパズル能力の有無なんてもはや関係ないのに。
ならば、今の俺にできることはひとつ。
「…大丈夫だノノハ、俺はここにいる」
かつて幼いミハルが両親を思って泣いた時そうしたように、右手でそっと彼女の背中を撫でる。
なだめて落ち着かせるために。
独りじゃないと実感させるために。
「…落ち着いたか」
「…うん。ありがとう、ギャモン君」
やがて泣き止んだノノハに声をかければ、笑顔で礼を言われた。
嬉しいような気恥ずかしいような、妙な心地に襲われる。彼女はまったくの無自覚だと頭ではわかっているけれど、それでも。
「や、やっぱり水貰ってきてやる!」
「えー…じゃあ私も行く!」
「だから待ってろって言ってんだろ!階段とか危ねぇから!」
「平気平気ー♪」
口実を作って一旦気持ちを整理しようとするものの、今度は元気になったノノハに阻止された。泣かれるよりは明るいほうが彼女らしいが、だがちょっと待て!そんな強引について来られても心の準備が…!
「ノノハお待たせ、オカベ君の修理してたら時間がかかっちゃって…って、え?」
「あぁーっ、ノノハに何してんだよギャモン!」
「アナが思うに、ノノハに手を出すのはダメなんだな」
突然聞こえた声にふと横を見れば、驚いたままのキュービック、苛立ちを全面に出すカイト、そして口調は穏やかだが不満げな表情のアナ。今来たばかりで一連の経緯を知らない彼らの視線を浴び、嫌な予感が体内を一気に駆け巡る。
「いや、これは、その…」
「皆ぁ、ギャモン君が意地悪するー!」
「はぁ!?違うだろノノハ、誤解だ誤解!」
先ほどまで俺に向けられていたノノハの甘えたような声と眼差しも一瞬でカイトたちの物となってしまった今、必死に弁解しても通じるはずがなく。
とりあえず、酒入りチョコはもう二度と持って来ないと心の中で誓ったのだった。
…なお、ノノハの記憶力を持ってしてもこの日のことは覚えていない、と彼女は後日はっきりと言及した。
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2012/03/07 公開
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