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星空パズル
外はすっかり暗くなって、街の灯りが目下にぽつりぽつりと点在している。それは大都会のものほどきらびやかではないけれど、ここの人々が生活していることを確かに示す温かい光。まさかこんな平和な日常のすぐ近くに危険なパズルが潜んでいるとは誰も思わないだろう。ファイ・ブレインの育成を求めるあまり世界各地に愚者のパズルを生み出してしまったPOGの責任は重い。
しかしそのうちの一つを今日、カイト君たちが無事に解放してくれた。今はこうして一旦ホテルに戻ったけれど、明日挑戦する愚者のパズルもこのメンバーなら難なく解放してくれるだろう。パズルが大好きなカイト君たち天才四人とお目付け役のノノハ君。一応僕も保護者兼POGとの連絡役、パズル解放を見届ける監督役として同行しているけれど僕が助言することはほとんど無いくらいだ。
お気に入りのリンゴジュースを飲みながら一息ついていると、僕の背後の扉が開く音がした。視線を向ければ五人がガラス張りの戸の向こうからこのベランダへぞろぞろとやってくるところだった。
「よぉ軸川先輩、邪魔すんぜ」
「おぉー。このホテル、食堂のご飯もおいしかったけどベランダも素敵なんだな!」
「先に食堂を出ていったから、てっきり部屋に戻ってんだと思ってたぜ」
「水くさいよ先輩!学園長との連絡かと思って追いかけなかったけど、それが終わってからも一人でいるなんてさ」
「もしかして連絡の途中でしたか?そこの通路から姿を見かけたのでつい皆で来ちゃいましたけど…」
「あぁ、大丈夫だよ。連絡は済んだし、ちょっとぼんやりしてただけだから。キュービック君もごめんね?」
僕を気遣うノノハ君に軽く説明しながら、膨れっ面のキュービック君にもリンゴジュースをお裾分けする。しょうがないなぁ、なんて言いながら機嫌を直したキュービック君の横でアナ君がふと空を見上げて歓声を上げた。
「わぁ、綺麗ー!」
皆もつられて顔を上げれば、雲ひとつない夜空に煌めくたくさんの星。小さく細かいものから大きく輝くものまで、都市部ではなかなか見られない光景だ。圧倒された皆の気持ちを代弁するようにカイト君がぽつりと呟く。
「すげぇな…」
「本当にねー。…だけど、いつもの空となんだか違うような?」
カイト君の言葉に概ね同意しつつも、珍しくノノハ君が不思議そうな表情を浮かべた。それを見てギャモン君もノノハ君の言いたいことを理解しようと首を傾ける…が、星を睨んでみたところで状況が変わるわけもなく。
「そうか?」
「あっ、ごめんねギャモン君、私の勘違いかもしれないし…」
「いや、ノノハの勘違いじゃないよ。地球の北半球と南半球では、見える星座が異なるんだ。今は日本じゃ見ない星の並びになっているから、違和感はそのせいじゃないかな」
自信が無かったのか慌てて取り消そうとしたノノハ君の疑問は、キュービック君がその答えに気付いたらしい。まだピンとこない一同に向かって、キュービック君はまるで数学でも解説するみたいに説明を始める。
「例えば北半球から見ると地平線の上に上がってこない星は、南半球からだったら見えるよね。当然、南半球では見れなくて北半球では見れる星もある。両方で観測できる星もあるけれど、それは星の並び…分かりやすく言うと星座が北半球と南半球で逆さまに見えるんだよ」
キュービック君の手元のノートパソコンも駆使しながら説明してもらうと、細かい数式はともかく感覚的にはそういうものかと納得できる。暗い背景に星座の浮かぶ画面をカイト君たちが揃って覗いていると、ギャモン君が新たな疑問を口にした。
「けどよぉ、俺らの見る位置で見え方が変わってくるってんじゃ、同じ星なのにうっかり複数の星座に組み込まれちまいそうだぜ」
「あぁ、それは大丈夫。ずっと大昔はそういうこともあったみたいだけど、今は八十八星座に統一されてるからね。北半球だろうと南半球だろうと関係ない、世界共通さ」
「へー、いろんな場所から見える星座を全部まとめたのかよ!」
「あれ?カイト、星に興味あったっけ?『銀河パズル警察ポリキューブ』は小さい頃よく見てたけど」
素直に驚き興味津々といった様子のカイト君を見て、ノノハ君は少し意外そうな声を上げた。どうやら幼馴染みで記憶力の良いノノハ君でも、カイト君と星の関係性はいまいち見出だせないらしい。
しかしそんなノノハ君の疑問は、次のカイト君の一声で吹き飛ばされた。
「だってほら、壮大な『点繋ぎ』みたいじゃねぇか!」
「…えっ?」
突然出てきたキーワードにノノハ君が思考を停止したその一方で、ギャモン君がにやりと口角を上げる。
「なるほどな。『地球上から見える特に明るい星を使って八十八個の星座を作れ。ただし星はそれぞれ一つの星座のみに属し、異なる星座にまたがって重複してはいけない』ってところか」
「えっ、えっ!?」
今度はカイト君とギャモン君を交互に見ながら戸惑うノノハ君。星の話が突然パズルの話になって混乱しているのが見てとれる。いつもならそんな彼女にパズルのルールを説明してあげるんだけど、今回のパズルは今まさにアイデアが出されたばかり。それならPOGの一員として僕がするべきことはひとつ。
「そうだね。目の前の星空で解いてもいいけれど、それだと南半球の今の季節のものしか答えられないから…簡単にでも準備できるかい、キュービック君?」
「もちろんだよ。はい、これがヒントになる星座の形の一覧で、こっちが星座線を書き込む画面。よくある星座早見盤と使い方はほぼ同じで、季節や時間の設定をずらせば今見えない星座も入力できる。ちなみに反対側の半球の入力はこっち。間違えた時の書き直しも反転も自由自在さ」
やっぱり、ソルヴァーへのお膳立てが僕の仕事だからね。キュービック君にパソコンの画面を設定してもらうと、目を輝かせて早速パズルに駆け寄るカイト君たち。
「よっしゃあ、全部解いてやるぜ!」
「わーい!アナも夜空にお絵描きするー!みなみじゅうじ座はここー!」
「うわっ、早ぇな!?待ってろ、俺様だってこのくらい…!」
「もー…明日も愚者のパズルが待ってるんでしょうが、このパズルバカー!」
あっという間に始まってしまったパズルタイムに、一人取り残されたノノハ君は怒り半分、呆れ半分で叫ぶ。しかし当然そんなことで止まる天才たちではないわけで。
「おい、ノノハも何ぼーっとしてんだよ!南半球にいる今、北半球はお前の記憶力にかかってるんだからな!」
「うみへび座はここがいちばんなんだな!」
「ちょっとストップ、両方から見える星座もあるからそこは連動させないと。カイトはアナと一緒にそのまま南半球を解いて。ギャモンは北半球を担当してノノハのサポートをしてくれる?」
「おうよ。正しく並べるのはノノハに任せるとして、俺様は季節や回り方を考えりゃいいんだろ?」
「ふふっ、皆こう言ってるけどノノハ君もどうだい?協力したほうが早く終わって睡眠時間も取れると思うんだけどな」
リンゴジュースのパックを軽く振りながらにこやかに告げると、ノノハ君もやや不服そうではあるけれど諦めて天才たちの輪に加わっていく。
なんだかんだ言ってもカイト君たちを放っておけないノノハ君と、ノノハ君の記憶力を口実にしつつも本心ではきっとそれ以上に彼女を引き留めたいカイト君たち。互いに魅かれあいパズルのピースのようにぴったりとはまる彼らの様子が微笑ましくて、僕は再びリンゴジュースを口に運んだ。お馴染みの香りと味、空と地上には優しい光、そして目の前には頼もしい後輩。夜はまだこれから、楽しいパズルタイムもまだまだ続きそうだ。
fin.
前サイト10000hit記念リクエスト。苑多様へ。
2017/11/20 公開
外はすっかり暗くなって、街の灯りが目下にぽつりぽつりと点在している。それは大都会のものほどきらびやかではないけれど、ここの人々が生活していることを確かに示す温かい光。まさかこんな平和な日常のすぐ近くに危険なパズルが潜んでいるとは誰も思わないだろう。ファイ・ブレインの育成を求めるあまり世界各地に愚者のパズルを生み出してしまったPOGの責任は重い。
しかしそのうちの一つを今日、カイト君たちが無事に解放してくれた。今はこうして一旦ホテルに戻ったけれど、明日挑戦する愚者のパズルもこのメンバーなら難なく解放してくれるだろう。パズルが大好きなカイト君たち天才四人とお目付け役のノノハ君。一応僕も保護者兼POGとの連絡役、パズル解放を見届ける監督役として同行しているけれど僕が助言することはほとんど無いくらいだ。
お気に入りのリンゴジュースを飲みながら一息ついていると、僕の背後の扉が開く音がした。視線を向ければ五人がガラス張りの戸の向こうからこのベランダへぞろぞろとやってくるところだった。
「よぉ軸川先輩、邪魔すんぜ」
「おぉー。このホテル、食堂のご飯もおいしかったけどベランダも素敵なんだな!」
「先に食堂を出ていったから、てっきり部屋に戻ってんだと思ってたぜ」
「水くさいよ先輩!学園長との連絡かと思って追いかけなかったけど、それが終わってからも一人でいるなんてさ」
「もしかして連絡の途中でしたか?そこの通路から姿を見かけたのでつい皆で来ちゃいましたけど…」
「あぁ、大丈夫だよ。連絡は済んだし、ちょっとぼんやりしてただけだから。キュービック君もごめんね?」
僕を気遣うノノハ君に軽く説明しながら、膨れっ面のキュービック君にもリンゴジュースをお裾分けする。しょうがないなぁ、なんて言いながら機嫌を直したキュービック君の横でアナ君がふと空を見上げて歓声を上げた。
「わぁ、綺麗ー!」
皆もつられて顔を上げれば、雲ひとつない夜空に煌めくたくさんの星。小さく細かいものから大きく輝くものまで、都市部ではなかなか見られない光景だ。圧倒された皆の気持ちを代弁するようにカイト君がぽつりと呟く。
「すげぇな…」
「本当にねー。…だけど、いつもの空となんだか違うような?」
カイト君の言葉に概ね同意しつつも、珍しくノノハ君が不思議そうな表情を浮かべた。それを見てギャモン君もノノハ君の言いたいことを理解しようと首を傾ける…が、星を睨んでみたところで状況が変わるわけもなく。
「そうか?」
「あっ、ごめんねギャモン君、私の勘違いかもしれないし…」
「いや、ノノハの勘違いじゃないよ。地球の北半球と南半球では、見える星座が異なるんだ。今は日本じゃ見ない星の並びになっているから、違和感はそのせいじゃないかな」
自信が無かったのか慌てて取り消そうとしたノノハ君の疑問は、キュービック君がその答えに気付いたらしい。まだピンとこない一同に向かって、キュービック君はまるで数学でも解説するみたいに説明を始める。
「例えば北半球から見ると地平線の上に上がってこない星は、南半球からだったら見えるよね。当然、南半球では見れなくて北半球では見れる星もある。両方で観測できる星もあるけれど、それは星の並び…分かりやすく言うと星座が北半球と南半球で逆さまに見えるんだよ」
キュービック君の手元のノートパソコンも駆使しながら説明してもらうと、細かい数式はともかく感覚的にはそういうものかと納得できる。暗い背景に星座の浮かぶ画面をカイト君たちが揃って覗いていると、ギャモン君が新たな疑問を口にした。
「けどよぉ、俺らの見る位置で見え方が変わってくるってんじゃ、同じ星なのにうっかり複数の星座に組み込まれちまいそうだぜ」
「あぁ、それは大丈夫。ずっと大昔はそういうこともあったみたいだけど、今は八十八星座に統一されてるからね。北半球だろうと南半球だろうと関係ない、世界共通さ」
「へー、いろんな場所から見える星座を全部まとめたのかよ!」
「あれ?カイト、星に興味あったっけ?『銀河パズル警察ポリキューブ』は小さい頃よく見てたけど」
素直に驚き興味津々といった様子のカイト君を見て、ノノハ君は少し意外そうな声を上げた。どうやら幼馴染みで記憶力の良いノノハ君でも、カイト君と星の関係性はいまいち見出だせないらしい。
しかしそんなノノハ君の疑問は、次のカイト君の一声で吹き飛ばされた。
「だってほら、壮大な『点繋ぎ』みたいじゃねぇか!」
「…えっ?」
突然出てきたキーワードにノノハ君が思考を停止したその一方で、ギャモン君がにやりと口角を上げる。
「なるほどな。『地球上から見える特に明るい星を使って八十八個の星座を作れ。ただし星はそれぞれ一つの星座のみに属し、異なる星座にまたがって重複してはいけない』ってところか」
「えっ、えっ!?」
今度はカイト君とギャモン君を交互に見ながら戸惑うノノハ君。星の話が突然パズルの話になって混乱しているのが見てとれる。いつもならそんな彼女にパズルのルールを説明してあげるんだけど、今回のパズルは今まさにアイデアが出されたばかり。それならPOGの一員として僕がするべきことはひとつ。
「そうだね。目の前の星空で解いてもいいけれど、それだと南半球の今の季節のものしか答えられないから…簡単にでも準備できるかい、キュービック君?」
「もちろんだよ。はい、これがヒントになる星座の形の一覧で、こっちが星座線を書き込む画面。よくある星座早見盤と使い方はほぼ同じで、季節や時間の設定をずらせば今見えない星座も入力できる。ちなみに反対側の半球の入力はこっち。間違えた時の書き直しも反転も自由自在さ」
やっぱり、ソルヴァーへのお膳立てが僕の仕事だからね。キュービック君にパソコンの画面を設定してもらうと、目を輝かせて早速パズルに駆け寄るカイト君たち。
「よっしゃあ、全部解いてやるぜ!」
「わーい!アナも夜空にお絵描きするー!みなみじゅうじ座はここー!」
「うわっ、早ぇな!?待ってろ、俺様だってこのくらい…!」
「もー…明日も愚者のパズルが待ってるんでしょうが、このパズルバカー!」
あっという間に始まってしまったパズルタイムに、一人取り残されたノノハ君は怒り半分、呆れ半分で叫ぶ。しかし当然そんなことで止まる天才たちではないわけで。
「おい、ノノハも何ぼーっとしてんだよ!南半球にいる今、北半球はお前の記憶力にかかってるんだからな!」
「うみへび座はここがいちばんなんだな!」
「ちょっとストップ、両方から見える星座もあるからそこは連動させないと。カイトはアナと一緒にそのまま南半球を解いて。ギャモンは北半球を担当してノノハのサポートをしてくれる?」
「おうよ。正しく並べるのはノノハに任せるとして、俺様は季節や回り方を考えりゃいいんだろ?」
「ふふっ、皆こう言ってるけどノノハ君もどうだい?協力したほうが早く終わって睡眠時間も取れると思うんだけどな」
リンゴジュースのパックを軽く振りながらにこやかに告げると、ノノハ君もやや不服そうではあるけれど諦めて天才たちの輪に加わっていく。
なんだかんだ言ってもカイト君たちを放っておけないノノハ君と、ノノハ君の記憶力を口実にしつつも本心ではきっとそれ以上に彼女を引き留めたいカイト君たち。互いに魅かれあいパズルのピースのようにぴったりとはまる彼らの様子が微笑ましくて、僕は再びリンゴジュースを口に運んだ。お馴染みの香りと味、空と地上には優しい光、そして目の前には頼もしい後輩。夜はまだこれから、楽しいパズルタイムもまだまだ続きそうだ。
fin.
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2017/11/20 公開
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