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INVITATION FROM…

テーブルを挟んで向かいの席、視界を遮るように立てられた一冊のパズル雑誌の向こうには、さっきから特徴的なポニーテールが見えている。雑誌の表紙はこちらに向けられていて、彼女が今どのページを見ているかは分からない。が、パズルが苦手なはずの彼女がパズル雑誌を真剣に見ているということ自体珍しい。

「…おかしい」

そう言ったのは俺ではなく、パズル雑誌を見ていたノノハのほうだった。

「何だよ突然」
「おかしいよ、このパズル!」
「あぁ、全然解けないってか。ノノハなら仕方ないだろ」
「うっ、それは確かに解けないんだけど…そうじゃなくて!ギャモン君ちゃんと見て!」

ノノハは身を乗り出し、雑誌のあるページを突きつける。上級者向けのナンプレのページ。パズル作家のところに書かれている名前は「地堂刹」。
もしも目の前にいるのがカイトだったら、先程の「おかしい」はパズルの不具合を見つけたか、もしくはこれが上級だなんておかしいという意味になっただろう。
しかし今、俺の目の前にいるのはノノハだ。上級者向けどころか初心者向けのナンプレでさえ、つきっきりで解説しなければ解けないほどのノノハだ。「皆これが解けるだなんておかしい」という意味以外に何があるのか。

「ギャモン君、よーく見て」

よーく見ました。

「何か、気付かない?」
「いや、何も…って、新手の間違い探しかよ!」

まずい、ノノハの意図が全然分からない。これだったら髪を少し切っただとか、ヘアゴムを変えただとか、そういった間違い探しのほうがまだ分かりやすいだろう。
諦めて正解を待っていると、ノノハの口からは予想外の答えが飛び出した。



「あれ、じゃあ私の勘違いかな…?ギャモン君が前に作ってたナンプレと同じだと思ったんだけど…数字の並びも、空欄の場所も」



「えっ…!?」

思わず声が漏れた。それが動揺だと気付いたのか否か、ノノハはその時のことを話し始める。

「ほら、ギャモン君この間の昼休みに作ってたでしょ?カイトたちが来たらすぐに片付けたけれど」

確かに、学校で仕事用のパズルを作ったことはある。カイトやアナやキュービックがいると解きたがるだろうから、彼らのいない時に少しだけだ。
確かその日はたまたま俺のクラスの授業が早く終わって、テラスに来てもまだ誰もいなかったから、メモ用紙にナンプレを書いていた。その後いちばんに来たのがノノハで、俺は彼女に「よぉ」と手を挙げて挨拶した、その手に例のメモ用紙を持っていた…気がする。
おそらくノノハはそれを一瞬で記憶してしまったのだろう。ノノハには仕事の詳細も地堂刹の正体も話していないから、戸惑うのも当然のことだった。



…しかし。
ノノハだろうと、覆面パズル作家のことは話すわけにはいかない、から。

「ところでノノハ、そのパズル雑誌どこから持ってきたんだよ」
「わ、私だってパズル雑誌くらい見るんだから…!」
「嘘だな。カイトのところから持ってきたんだろ」
「…当たり…。もう、どうして皆は雑誌を買うくらいパズルが好きなんだろう。私にはさっぱりなのに」

ノノハに秘密を話すことができない代わりに、せめてもの気持ちとして。

「ほらよ」

少しだけ落ち込んだ様子のノノハに、俺は一枚の紙を差し出した。
それは上半分にクロスワード、下半分に点繋ぎのパズルを書いたメモ用紙。

「ギャモン君、これ…」

俺と紙とを交互に見て驚いた表情のノノハに、簡単に説明する。

「昔ミハルに作ってやった物のおさがりだけどな。これならノノハも解けるだろ」

ずっと過ごしてきて気付いた。ノノハはパズルが苦手だが、パズルが嫌いなわけではない。
むしろノノハはパズルが好きだ。知恵の輪を壊してもまた挑戦するし、何より愚者のパズルだろうと俺たちについてくる。先程間違い探しの要領で同一のナンプレに気付きかけたように、ノノハに相性の良いパズルだってあるはずだ。
そんな彼女が失敗続きでパズルへの興味を失うのは、仲間の逆之上ギャモンとしても、パズル作家の地堂刹としても、あってほしくない。

「ギャモン君、解いてみていい?」

俺の考えなど露知らず、ノノハはいつものように明るく尋ねる。
答えは当然YESだ。

「もちろん。ちゃんと楽しんでくれよ」
「よーし、パズルタイムの始まりよ!」

目の前で意気込むパズルの苦手なソルヴァーの掛け声は、他の誰よりも耳障りの良いものだった。



fin.

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2014/04/05 公開
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