3期25話カイノノ
いつだって、優しかった
「…よし、これで任務完了ね!」
高等部の一角、特に授業で使う予定も無いらしく荷物を置くだけの倉庫と化している空き教室。運んできた段ボール箱を降ろし、ほっと一息つく私の隣でレイツェルが口を尖らせる。
「ねぇ。ノノハの話では、これはジンに向けた荷物なんでしょう?こんな部屋によせるなんて、あのオヤジ…!」
「まぁまぁ、元はと言えばカイトがジンさんの部屋に残したままにしちゃったわけだし…」
「それもそれで納得いかないわ」
私がそっとたしなめても、レイツェルは腕組みをしたまま変わらず不満を口にした。オルペウスとの戦いを通してカイトとレイツェルの確執はだいぶ和らいだはずだけど、それとこれとは別問題らしい。
ふと気になったのだろうか、レイツェルが段ボール箱のすぐそばに膝をついた。そして箱をじっと見つめながら尋ねる。
「ねぇ。この中、何が入ってるの?」
「さぁ…私もよく確認しないで来ちゃったから。確か学園長は、カイトがジンさんやソルヴァーたちに残した荷物って言ってたけど」
「ふーん。じゃあ、開けてみましょう?」
「えっ!?いや、それはさすがに悪いんじゃないかしら…」
「いいじゃない、ちょっと見るくらい。私にだってジンのことを知る権利くらいあるはずよ?それにカイトだって、見られるのが嫌ならそもそもジンの部屋に置かなければいいのよ」
さも当然といった口調と、悪だくみですら楽しんでいるかのような笑顔。それはマスターブレインだった彼女と初めて出会った頃を彷彿とさせる。私が慌ててレイツェルを止めるより早く、ガムテープで閉じられた箱の蓋はあっという間に開けられる。
そこに入っていたのは、
「…何これ、パズル?」
拍子抜けしたように呟いたレイツェルに続いて箱の中を覗けば、無造作に詰められたたくさんの種類の組み木パズル。幾何学的な形にかっちり組み上がったものもあれば、バラバラにほどけてしまったものもある。
散らばっているピースには球体の一部になりそうな曲面を持つもの、三角形に見える部分が特徴的なもの、鍵の先のような引っ掛かりがあるもの…。複数のパズルが混ざってしまったその箱の中で、私は見覚えのあるひとつを手に取った。
「この形…」
まさかと思い、もう一度箱の中を見る。探しているのはこれと同じ形のピース、そしてこれとよく似た形だけど一部分だけが異なっているピース。
「…見つけた!確かこれをこの向きで持って、これを組み合わせて…」
「ノノハ?どうしたのよ。…ていうかあなた、パズル苦手じゃなかった?」
レイツェルが訝しげな声と視線を向けてきたけれど今は気にならない、気にしていられない。
だって、私はこのパズルを知っている。バラバラのピースの形も、それらが集まって完成した時の形も、そこへ向かう過程もすべて覚えている。
「…できた!」
嬉しくなって思わず声を上げて、驚いた表情のレイツェルと目が合って…そこでようやく私の思考は現実に戻った。以前の私なら何も考えず得意気になれたけれど、今はレイツェルの視線に対して罪悪感が芽生える。その理由は自分でも嫌というほど分かっていた。
「あ、はは…ごめん、本当は私、パズル解けたわけじゃないんだ…」
「え?なんでよ、解けてるじゃない」
「このパズルは…カイトがね、ジンさんと約束したパズルの試作品だって言って教えてくれたの。その時もカイトがほとんど解いてくれたんだけど…私、それを全部覚えてて。今は覚えてたのを再現しただけなんだ」
そう、自力で解けたわけじゃない。これはカイトが解いた時を思い出して再現しただけ。箱に詰まっている他のピースも全部見覚えがあって、その解き方も知っているけれど、それは既に一度カイトと解いて覚えているから。
そしてカイトが残していったパズルは、解き方を教えてもらったことも見たこともないものだから、今みたいにすんなりとは解けない。整理しきれていない思いが、またじわじわと心を締め付ける。
「ノノハ…」
何と声をかけていいのか考えあぐねた様子でレイツェルが名前を呼んだ、その時。
扉の向こうから控えめなノックの音が鳴った。続いて、ふわふわと柔らかそうな髪がひょっこりと覗く。
「レイツェル?…あぁ、ようやく見つけた」
「フリーセル君!?」
「久しぶりだね、ノノハ」
√学園の生徒ならともかく、そうではないフリーセル君が、それもこんな空き教室に来るとは思わなくて、つい大きな声が出た。
しかしフリーセル君のほうは落ち着いていて、レイツェルも彼の来訪を予期していたみたいに平然と応答する。
「あら、早かったじゃない」
「日本で君の行きそうな場所といえばまずは√学園だからね。ノノハと君が荷物を運ぶのを見たって生徒がいて、ここまで来てみたら大正解、ってわけさ」
「ふふ、さすがね」
「すごい…」
率直な感想を漏らすとフリーセル君はもう一度こちらに視線を向けて、そこでふと気付いたらしく私の手の中のものに興味を示した。
「ノノハ、その手に持ってるのは…組み木パズルかい?」
「あ、うん…。カイトの試作品なんだけど」
「へぇ、綺麗なパズルだね」
持っていたパズルを両手に乗せたまま差し出すと、フリーセル君は見ただけでそう評した。その言葉に異論があるわけではないけれどすぐに同意もできなくて、私は首を傾げる。
「そうなの?」
「あぁ。シンプルな動きの繰り返しで成り立つパズルだ」
そう言われてみれば、何度か同じようにピースを動かした気もする。先程解き方を再現したはずのそれを見つめながら、記憶を探ってもう一度解き方を思い出す。
そんな事をしている間に、レイツェルは他の組み木パズルを箱から出してフリーセル君に見せていた。
「フリーセル、他にもあるわよ」
「さすがカイト。これ全部、試作品かい?」
「うん。そこにあるパズルはどれもカイトに一通り教えてもらったから、解き方は覚えてるよ。…でも、本番のパズルは難しくって…」
弱音にも似た言葉を苦笑混じりで漏らすと、フリーセル君はそれに軽く微笑み返してから試作品のパズルに視線を落とした。いくつかのパズルをじっくりと観察して、時々解く手順を確認するように動かして。
私がカイトから初めてそのパズルを渡された時は何時間も悩んで教えてもらったのに、フリーセル君は少し動かしただけで理解できたらしい。嵌め込む、引っ張る、回転させる。さっき私が見せた組み木パズルとは違うパズルでも、確かにピースの動きはどれも単純なものだった。
ふいに、フリーセル君の眼差しが柔らかくなる。
「…なるほど」
彼は小さく呟いて、パズルへ注いでいた視線をこちらへ向けた。その時には既に、彼の表情は真剣で鋭いものへと変わっていて。
「ノノハ。試作品のパズルの動きを、そのパズル無しでも再現することはできるかい?」
「えっ?」
思いがけない質問に、言葉が詰まる。
そんなの試したこともなかった。解き方を覚えているから、できないことはない…のだろうか。でも現物無しで動きだけ再現するのはただ思い出すのとは違って、考えながらでなければ難しそうだ。
答えに迷っていると、フリーセル君は以前二人で巨大組木タワーに挑んだ時のように真正面から私を見据える。
「カイトのことだ、解けないパズルなんて用意していない」
「うん、それは分かるけど…」
「だからといって、簡単だとは思えない。これはかつてファイ・ブレインに限りなく近付いた、ジンさんへのパズルでもあるからね」
「う…うん…」
「客観的に見ると簡単ではない、だけどノノハには解いてほしい。ならばヒントはノノハだけに分かる形で、散らばってるはずだ。例えば…この試作品の中にも、あるかもしれない」
彼の言葉が明瞭に耳に届く。一拍遅れて、その意味を理解しようと頭を働かせる。
まるで時間が止まったみたいな沈黙を、最初に破ったのはレイツェルだった。目を伏せながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「ジンの作るパズルも…厳しくて難しいけれど、挑戦した人に解いてもらうためのパズルだったわ」
ジンさんを思い出したのか、レイツェルが碧色の瞳を潤ませた。
事実としてカイトとレイツェルが戦ったキリング・コロシアムでも、ジンさんは鉄球の落ちてこないポイントを用意していた。そしてそのことを明かした彼に、カイトもレイツェルも幸せそうに応えていたのを私は覚えている。
「そんなジンに捧げるパズルですもの。試作品とまったく関係ないようなパズルをいきなり作るとは思えないわ」
「えーっと…つまり、この大量の試作品がヒントってこと?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。僕たちはカイトのパズルをすべて確認したわけじゃないからね。…だけど、その可能性は高い」
フリーセル君はそう言うと、また柔らかい笑みを浮かべる。
「カイトは、優しいからね」
そうだ。カイトは優しかった。
意地っ張りで天の邪鬼な態度は多々あったけれど、人殺しのパズルだろうと絶対に相手を助けてくれた。オルペウスの腕輪を着けている人を救おうと奮闘していた。それだけじゃない、私が危険な目に遭った時は守ってくれた。私がパズルを解けなくてもそばにいてくれた。代わりにパズルを解いて、いちばん近くでパズルの楽しさを教えてくれた。
カイトはいつだって、優しかったんだ。
だからカイトが作るパズルだって、きっと苦しいだけのはずがない。カイトのパズルに挑戦する時になんとなく感じていた、だけど私の願望も混じって確信が持てなかった『解けたら追いかけてきてもいい』という声は、今ではもうはっきりと届いていた。
目を閉じて、両手の中のパズルをぎゅっと抱き寄せる。解き方を教えてくれた時のカイトの笑顔が、声が、その時の周りの景色までもが、頭の中でリフレインする。
頷いて瞼を上げると、嬉しそうに微笑むフリーセル君と視線が合った。そして彼の隣に立つレイツェルが、私を誘うように手を伸ばす。
「パズルを解くのはあなただけど、私たちも手伝うことはできるから。まずはヒントを探すところから、始めてみましょうか」
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「…よし、これで任務完了ね!」
高等部の一角、特に授業で使う予定も無いらしく荷物を置くだけの倉庫と化している空き教室。運んできた段ボール箱を降ろし、ほっと一息つく私の隣でレイツェルが口を尖らせる。
「ねぇ。ノノハの話では、これはジンに向けた荷物なんでしょう?こんな部屋によせるなんて、あのオヤジ…!」
「まぁまぁ、元はと言えばカイトがジンさんの部屋に残したままにしちゃったわけだし…」
「それもそれで納得いかないわ」
私がそっとたしなめても、レイツェルは腕組みをしたまま変わらず不満を口にした。オルペウスとの戦いを通してカイトとレイツェルの確執はだいぶ和らいだはずだけど、それとこれとは別問題らしい。
ふと気になったのだろうか、レイツェルが段ボール箱のすぐそばに膝をついた。そして箱をじっと見つめながら尋ねる。
「ねぇ。この中、何が入ってるの?」
「さぁ…私もよく確認しないで来ちゃったから。確か学園長は、カイトがジンさんやソルヴァーたちに残した荷物って言ってたけど」
「ふーん。じゃあ、開けてみましょう?」
「えっ!?いや、それはさすがに悪いんじゃないかしら…」
「いいじゃない、ちょっと見るくらい。私にだってジンのことを知る権利くらいあるはずよ?それにカイトだって、見られるのが嫌ならそもそもジンの部屋に置かなければいいのよ」
さも当然といった口調と、悪だくみですら楽しんでいるかのような笑顔。それはマスターブレインだった彼女と初めて出会った頃を彷彿とさせる。私が慌ててレイツェルを止めるより早く、ガムテープで閉じられた箱の蓋はあっという間に開けられる。
そこに入っていたのは、
「…何これ、パズル?」
拍子抜けしたように呟いたレイツェルに続いて箱の中を覗けば、無造作に詰められたたくさんの種類の組み木パズル。幾何学的な形にかっちり組み上がったものもあれば、バラバラにほどけてしまったものもある。
散らばっているピースには球体の一部になりそうな曲面を持つもの、三角形に見える部分が特徴的なもの、鍵の先のような引っ掛かりがあるもの…。複数のパズルが混ざってしまったその箱の中で、私は見覚えのあるひとつを手に取った。
「この形…」
まさかと思い、もう一度箱の中を見る。探しているのはこれと同じ形のピース、そしてこれとよく似た形だけど一部分だけが異なっているピース。
「…見つけた!確かこれをこの向きで持って、これを組み合わせて…」
「ノノハ?どうしたのよ。…ていうかあなた、パズル苦手じゃなかった?」
レイツェルが訝しげな声と視線を向けてきたけれど今は気にならない、気にしていられない。
だって、私はこのパズルを知っている。バラバラのピースの形も、それらが集まって完成した時の形も、そこへ向かう過程もすべて覚えている。
「…できた!」
嬉しくなって思わず声を上げて、驚いた表情のレイツェルと目が合って…そこでようやく私の思考は現実に戻った。以前の私なら何も考えず得意気になれたけれど、今はレイツェルの視線に対して罪悪感が芽生える。その理由は自分でも嫌というほど分かっていた。
「あ、はは…ごめん、本当は私、パズル解けたわけじゃないんだ…」
「え?なんでよ、解けてるじゃない」
「このパズルは…カイトがね、ジンさんと約束したパズルの試作品だって言って教えてくれたの。その時もカイトがほとんど解いてくれたんだけど…私、それを全部覚えてて。今は覚えてたのを再現しただけなんだ」
そう、自力で解けたわけじゃない。これはカイトが解いた時を思い出して再現しただけ。箱に詰まっている他のピースも全部見覚えがあって、その解き方も知っているけれど、それは既に一度カイトと解いて覚えているから。
そしてカイトが残していったパズルは、解き方を教えてもらったことも見たこともないものだから、今みたいにすんなりとは解けない。整理しきれていない思いが、またじわじわと心を締め付ける。
「ノノハ…」
何と声をかけていいのか考えあぐねた様子でレイツェルが名前を呼んだ、その時。
扉の向こうから控えめなノックの音が鳴った。続いて、ふわふわと柔らかそうな髪がひょっこりと覗く。
「レイツェル?…あぁ、ようやく見つけた」
「フリーセル君!?」
「久しぶりだね、ノノハ」
√学園の生徒ならともかく、そうではないフリーセル君が、それもこんな空き教室に来るとは思わなくて、つい大きな声が出た。
しかしフリーセル君のほうは落ち着いていて、レイツェルも彼の来訪を予期していたみたいに平然と応答する。
「あら、早かったじゃない」
「日本で君の行きそうな場所といえばまずは√学園だからね。ノノハと君が荷物を運ぶのを見たって生徒がいて、ここまで来てみたら大正解、ってわけさ」
「ふふ、さすがね」
「すごい…」
率直な感想を漏らすとフリーセル君はもう一度こちらに視線を向けて、そこでふと気付いたらしく私の手の中のものに興味を示した。
「ノノハ、その手に持ってるのは…組み木パズルかい?」
「あ、うん…。カイトの試作品なんだけど」
「へぇ、綺麗なパズルだね」
持っていたパズルを両手に乗せたまま差し出すと、フリーセル君は見ただけでそう評した。その言葉に異論があるわけではないけれどすぐに同意もできなくて、私は首を傾げる。
「そうなの?」
「あぁ。シンプルな動きの繰り返しで成り立つパズルだ」
そう言われてみれば、何度か同じようにピースを動かした気もする。先程解き方を再現したはずのそれを見つめながら、記憶を探ってもう一度解き方を思い出す。
そんな事をしている間に、レイツェルは他の組み木パズルを箱から出してフリーセル君に見せていた。
「フリーセル、他にもあるわよ」
「さすがカイト。これ全部、試作品かい?」
「うん。そこにあるパズルはどれもカイトに一通り教えてもらったから、解き方は覚えてるよ。…でも、本番のパズルは難しくって…」
弱音にも似た言葉を苦笑混じりで漏らすと、フリーセル君はそれに軽く微笑み返してから試作品のパズルに視線を落とした。いくつかのパズルをじっくりと観察して、時々解く手順を確認するように動かして。
私がカイトから初めてそのパズルを渡された時は何時間も悩んで教えてもらったのに、フリーセル君は少し動かしただけで理解できたらしい。嵌め込む、引っ張る、回転させる。さっき私が見せた組み木パズルとは違うパズルでも、確かにピースの動きはどれも単純なものだった。
ふいに、フリーセル君の眼差しが柔らかくなる。
「…なるほど」
彼は小さく呟いて、パズルへ注いでいた視線をこちらへ向けた。その時には既に、彼の表情は真剣で鋭いものへと変わっていて。
「ノノハ。試作品のパズルの動きを、そのパズル無しでも再現することはできるかい?」
「えっ?」
思いがけない質問に、言葉が詰まる。
そんなの試したこともなかった。解き方を覚えているから、できないことはない…のだろうか。でも現物無しで動きだけ再現するのはただ思い出すのとは違って、考えながらでなければ難しそうだ。
答えに迷っていると、フリーセル君は以前二人で巨大組木タワーに挑んだ時のように真正面から私を見据える。
「カイトのことだ、解けないパズルなんて用意していない」
「うん、それは分かるけど…」
「だからといって、簡単だとは思えない。これはかつてファイ・ブレインに限りなく近付いた、ジンさんへのパズルでもあるからね」
「う…うん…」
「客観的に見ると簡単ではない、だけどノノハには解いてほしい。ならばヒントはノノハだけに分かる形で、散らばってるはずだ。例えば…この試作品の中にも、あるかもしれない」
彼の言葉が明瞭に耳に届く。一拍遅れて、その意味を理解しようと頭を働かせる。
まるで時間が止まったみたいな沈黙を、最初に破ったのはレイツェルだった。目を伏せながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「ジンの作るパズルも…厳しくて難しいけれど、挑戦した人に解いてもらうためのパズルだったわ」
ジンさんを思い出したのか、レイツェルが碧色の瞳を潤ませた。
事実としてカイトとレイツェルが戦ったキリング・コロシアムでも、ジンさんは鉄球の落ちてこないポイントを用意していた。そしてそのことを明かした彼に、カイトもレイツェルも幸せそうに応えていたのを私は覚えている。
「そんなジンに捧げるパズルですもの。試作品とまったく関係ないようなパズルをいきなり作るとは思えないわ」
「えーっと…つまり、この大量の試作品がヒントってこと?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。僕たちはカイトのパズルをすべて確認したわけじゃないからね。…だけど、その可能性は高い」
フリーセル君はそう言うと、また柔らかい笑みを浮かべる。
「カイトは、優しいからね」
そうだ。カイトは優しかった。
意地っ張りで天の邪鬼な態度は多々あったけれど、人殺しのパズルだろうと絶対に相手を助けてくれた。オルペウスの腕輪を着けている人を救おうと奮闘していた。それだけじゃない、私が危険な目に遭った時は守ってくれた。私がパズルを解けなくてもそばにいてくれた。代わりにパズルを解いて、いちばん近くでパズルの楽しさを教えてくれた。
カイトはいつだって、優しかったんだ。
だからカイトが作るパズルだって、きっと苦しいだけのはずがない。カイトのパズルに挑戦する時になんとなく感じていた、だけど私の願望も混じって確信が持てなかった『解けたら追いかけてきてもいい』という声は、今ではもうはっきりと届いていた。
目を閉じて、両手の中のパズルをぎゅっと抱き寄せる。解き方を教えてくれた時のカイトの笑顔が、声が、その時の周りの景色までもが、頭の中でリフレインする。
頷いて瞼を上げると、嬉しそうに微笑むフリーセル君と視線が合った。そして彼の隣に立つレイツェルが、私を誘うように手を伸ばす。
「パズルを解くのはあなただけど、私たちも手伝うことはできるから。まずはヒントを探すところから、始めてみましょうか」
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