3期25話カイノノ

挑む者、見守る者

※第9話後、ギャモンとノノハ。







昼休みももうすぐ終わる頃になって、ノノハはようやく教室に戻ってきた。

午前の授業が終わっていつも通り食堂の天才テラスへ行くかと俺が誘う前に、忽然と姿を消した彼女。クラスの奴に聞けば「猫を追いかけていった」とか何とかよく分からない答えが返ってきたが、もしそれが本当だとしたら、そんな猫を操るような芸当をできるのは俺の知る限りでは一人しかいない。
案の定、天才テラスに行ってみてもノノハとその人物だけは一向に来なかった。
まぁ、具合が本格的に悪くなって保健室に行ったなんてことよりはマシだがな。オルペウス・オーダーとの決闘の時にカイトを励ましたのと同じく、今回もノノハに絵でも描いてやってんだろう。彼女が一人ではなくアナのそばにいるのなら幾分か安心だ。
昼飯を食べつつそうやって自分を納得させていたからか、ノノハが戻ってきても割と変わらずに接することができた、と思う。

「よぉ、案外遅かったな」
「あはは…ごめんねギャモン君、心配かけて」

ノノハも教室に入ってきた時こそ神妙な顔つきだったが、俺が声をかければすぐに笑って昨日から今日にかけてのことを謝った。そこに照れや恥じらいはあるものの無理して強がっている感じはない。どうやらひとまずは復活できたようだ。
内心では安堵しながら、俺は冗談半分に言葉を返す。

「まったくだ。つーか、心配かけてるってようやく気付いたのかよ」
「へへ、面目ない…でももう大丈夫!さて、とっ」

軽く気合いを入れたような声を上げて、ノノハは自分の鞄を膝の上に乗せて中を探り始めた。彼女が昼食をとったかどうかは定かではないが、アナのところへ行っていたのならば会話しただけで十分に食べていない可能性もある。そして今から食堂へ食べに行く時間も無い。だとしたら、彼女の鞄からはきっと昼飯代わりの軽食でも出てくるはず…と俺は思っていた。

が。

「よーし、待ってなさいカイト!私だってできるんだから!」

そう宣言するノノハの手のひらの上にあるのは、食い物なんかではなく、木でできた幾何学模様付きの立方体…パズルだ。

「はぁ!?」

状況整理が追い付かず、俺は思わず大声を出した。
だってノノハがパズルだぞ!?真方ジンが学園長に向かってアカンベーした時並みに不自然じゃねーか!あの時は結局真方ジンの偽者だったが、まさかこのノノハも偽者…!?
と、そこまで一瞬で考えて反射的に彼女の手首を掴んだ。パズルに注がれていた視線は驚きと戸惑いを含んでこちらへと向けられる。

「どうしたの、ギャモン君」
「え。あ、あー…」

ノノハだ。本物のノノハだ。
思えばマスターブレインの件はもう済んだはずで、奴らが今更そっくりに化けて出てくる必要はない。つーかあの真逆ジンも『真方ジンに憧れるが故にああなった』だけで、マスターブレインと何の関係もないノノハにわざわざ化けるわけがない。テキサスで出会ったノノはノノハに似ていたが、背丈が低く雰囲気も年相応に幼かった。今更見間違えることはないし、そもそも√学園にいるはずがない。
背中を嫌な汗が伝う。何の脈絡もなく彼女の手首を握っているこの状況が急に恥ずかしくなってきた。まさか『偽者かと思った』なんてアホなことを言うわけにもいかず、俺は頭をフル回転させて必死に釈明の言葉を探す。

「えーっと…そうだ!ノノハ、ちゃんと昼飯食ったか?何か腹に入れとかねぇと午後の授業持たねぇぞ」
「そういえば忘れてた!ありがとうギャモン君!」
「いや、別に礼を言われるほどじゃ…」

よかった、なんとかごまかせたみたいだ。俺の行動を『パズルを始める前にまず腹ごしらえを』という忠告だと捉えたらしいノノハは、再び鞄を開けて今度はおにぎりを取り出す。
ノノハのことだから心配せずともスイーツのひとつくらいは持ってるだろうと思っていたが、おにぎりとは少し意外だ。しかもそれは女子が弁当で食べるにはやや大きくて、普通のおにぎり二個分くらいはありそうだ。ノノハはそれをまず一口だけ食べ、咀嚼しているうちに俺の視線にも気付いたようで、言い訳のように話す。

「ついいつもの癖でカイトに作っちゃったんだー。無駄にならなくてよかった」

今朝会った時から極力避けていた名前が、今はさらりと出てきた。
ノノハの机の上に置かれたパズルをちらりと見やる。ここ最近カイトがノノハにパズルを教えているらしいことは聞いていたが、今あるそれは見るからに複雑で、パズルに慣れた者でもすぐには解けなさそうな代物だ。

「そのパズル、カイトが置いてったのか」
「…うん。私に、解いてくれって」

さっきアナにも背中押されちゃった、と笑うノノハには、今朝のような繕った様子がまるで無い。むしろ、これから難題に向かうというのにどこか幸せそうで。
カイトのことだ、パズル初心者のノノハが相手だからといって簡単なパズルを用意してはいないだろう。きっと何十手も動かして、行ったり来たりを繰り返して、場合によっては常人では考えつかないようなひらめきまで要求されるかもしれない。
だが、そうと知っていても彼女は挑戦するのだろう。いつだって彼女はカイトのほうを見て、カイトの名を呼んで、何があってもカイトから離れなかったのだから。

「…ま、解けねぇ時には遠慮なく言え。カイトのパズルなんざ、このギャモン様が華麗に解いてやるからよ」
「ありがとう。でも、これはなるべく私自身の力で解きたいから…ギャモン君に頼るのは最終手段で、今はひとまず気持ちだけ受け取っておくね?」

ノノハはどこか困ったように笑う。もうとっくに見慣れているはずの顔なのに、その瞬間は大人びて見えた。
出会ったばかりの頃の彼女なら「本当に!?じゃあ早速ギャモン君教えて!」なんて言ってパズルを差し出してきそうなものなのに、今回はそれがなかったせいかもしれない。その変化が少し寂しくもあるが、それは紛れもなくノノハの成長の証だ。

「おうよ」

小さく返した了承の返事は、ぶっきらぼうに空気を震わせてすぐに消えた。
どれだけ時間がかかろうとも、きっと最終手段の出番なんて来ないだろうと分かっていた。



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