3期25話カイノノ
パズルに込めた思い
ピンクと白を基調とした壁紙に、アクセントのように点在するポップな装飾。辺りに漂う、焼き菓子とクリームとチョコレートの甘い香り。
「えへへ、山盛りー♪」
「アナ・グラムさん、その辺にしておきなさいよ」
「うわぁ、これすっごくおいしいですー!」
「うんうん、こっちも甘くて最高!」
ロールケーキとフルーツタルト、その上に生クリームを敷いてジェリービーンズとマシュマロ、チョコレートフォンデュに潜らせた苺が絶妙なバランスを保ちながら乗っている。いろんなスイーツを欲望のままに盛り付けてきたアナに、タマキがぎょっと目を見開き注意を促した。彼女の皿には一口大に切り分けられた数種類のケーキとアップルパイが几帳面に整列している。
その隣では、アイリが幸せそうに自分の頬を押さえて感動していた。アナほどではないけれどやや雑に、おそらく後の盛り付け位置を考慮せず乗せられたザッハトルテにモンブラン、それとパイナップルのケーキ。アイリの向かいの席で相づちを打ったミハルはさらに豪快な盛り付けで、倒したシフォンケーキに重なるように生クリームとジャムとプリン、そこに突き刺さるように飾られたクッキー。
パズルには作った人の性格が現れるというけれど、料理の盛り付けにも性格が現れるのだろうか。ふとそんなことを思った私が盛り付けてきたのは切り分けたガトーショコラとクグロフ、そしていくつかのマカロン。
そして、私の隣には…
「せっかくの女子会よ、パズルは禁止ーっ」
「あっ。あと少しで解けそうだったのに…」
「どこがよ。むしろ力任せに壊しそうだったじゃない」
皿には野菜を使ったケーキ、ミルフィーユ、そして生クリームと蜂蜜をトッピングしたワッフル。いつもならおいしそうなスイーツだらけで目を輝かせそうなのに今は目もくれず、それどころか手元のパズルを私に没収されて残念そうな表情を浮かべる、ノノハがいる。
「エレエレの言う通り。じゃないとパズルが解けるより先にクリームが溶けるんだな」
「何うまいこと言ったみたいな顔してるのよ」
「ほぇ?おいしいものを食べたから『おいしい顔』だよ?」
ノノハの反対隣に座ったアナにすかさずツッコミを入れても、アナには通じていないらしくあっさりかわされた。やっぱりアナは、ギャモンや他の仲間たちとは違って掴み所がない。そもそも女子会という名のスイーツバイキングに違和感なく参加できる時点でおかしいのだけれど。
それはともかく。
「どうしたのよ、らしくないじゃない」
マカロンを口に運びながら今のノノハの状況を端的に告げると、タマキはソウジから既に聞いているのか、私の取り上げたパズルを指差して尋ねる。
「もしかして、そのパズル…」
「あー…。カイトが置いていっちゃったから、解いてみようかなーって」
ノノハは自嘲気味に答えながら、だけど気丈にへらりと笑う。
笑わなくていいのに。大切な人が姿を消したこの状況は、笑える心情ではないはずなのに。
学園からカイトが消えた。
いや、学園だけじゃなくプライベートも含めた、私たち全員の目の前から。
彼にとっていちばん身近だったはずのノノハの前からも。ジンと約束して作ったというオリジナルのパズルを、彼女に託して。
私はその情報をPOGの一員としてルーク様から聞いたのだけれど、称号持ちの一人が欠けるとそれなりに噂にはなるらしい。芸能活動の合間を縫って久しぶりに登校してみれば、アイリは自ら得た同じ情報を私に話してくれるわ、ノノハは件のパズルと格闘してるわ、天才たちは既にその光景を見飽きたようで逆に気持ち悪いほどいつも通りだわで、その温度差にいてもたってもいられず女子会を開催した。せっかくだから大学生のタマキと別の高校のミハルも呼んで。
少し前まではパズルを没収する側だったノノハが、まさかここまでカイトのパズルに没頭するとは思っていなかったけれど。裏を返せば、そこまでして解きたいのだろうか。口調こそ軽くて「ちょっと気が向いたから試しに」程度だけど、その奥にある思いは、重い。
「ノノハ先輩…!」
彼女の健気さに感動したのか、アイリはフォークを握りしめたままノノハを見入っている。タマキとミハルも口には出さないけれど、ノノハの笑顔に安堵の色を浮かべた。
だけど、私には引っかかることがある。ノノハは、表面上は取り繕えているけれど…
「あなた、まさか『これが解けないと追いかける資格が無い』とか言い出さないわよね?」
明るい雰囲気の女子会には不釣り合いな、やや強めの口調。それでも訊かずにいられなかったのは、私だけが南の島での一件を知っていたからだ。
あの時はパズル禁止旅行がパズル強化合宿に変わったことで、ノノハ自身も「パズルが解けないと自分の居場所が無い」と思い詰めてしまっていた。結局「自分で自分の居場所を作る」と再確認したことで元に戻ったし、作ろうと思わなくても天才たちの中にノノハの居場所はできていたのだけれど。
あの波打ち際の場面と、今のパズルを解こうとするノノハが私にはどうしても重なって見えてしまう。
…すると。
「ううん、それは大丈夫」
横にいた私を凛とした目で見つめてから、しっかりとした否定の返事。私があの時のを踏まえて気にかけたことまで、理解した上での返答。まずはそれを私に伝えてから、ノノハは言葉を続けた。
「なんだかね…パズルに『解けたら追いかけてきていいよ』って言われてる気がするの」
パズルに言われてる、なんて変かな。そう付け加えて微笑む表情は、同じ笑みでも先程のそれとは違っていて。
「解けないと一緒にいられない」でも「解けなくても自分は自分で居場所を作る」でもなく、「もし解けたら追いかけることができる」という希望が、僅かだけどそこにはある。
「…似てるわね」
「え?」
「ううん、なんでもない」
私がパズルを利用していただけの時は「パズルがかわいそう」と言い、私がパズルを楽しんでいた頃のパズルブックを「温かい」と表現したカイト。今のノノハもパズルに込めた思いを感じ取っているのだとしたら、カイトとよく似ている。それをご丁寧に教えてあげるつもりはないけどね。
そんな感慨に浸っていると、突然アイリが身を乗り出してノノハに話を持ちかけた。
「そうだノノハ先輩、パズル部に入りませんか!?」
「え、でも私パズル苦手だし…」
「それでも解こうとしてるじゃないですか!パズル部は初心者も大歓迎です!」
高校生になっても変わらない熱心さで勧誘に励むアイリは、良くも悪くもそのままだ。その見かねたタマキがやんわりと指摘する。
「水谷さん。三年生の井藤さんが今から入ってもほとんど活動できないんじゃないかしら…?」
「あ、そっか…!」
アイリは言われて初めて気付いたらしく、呆然と固まった。頑張ろうとして空回りするところも変わらなくて、それが不思議と安心する。あなたも相変わらずね、と声をかけるとアイリは気を取り直しノノハのほうを向いて宣言する。
「でもでも、私はノノハ先輩もカイト先輩も大好きですから!パズルが解けるように、ずっと応援しています!」
「わ、私も。お兄ちゃんのことで色々あった時、お二人に助けてもらったので、恩返しには程遠いけど応援させてください!」
アイリに続いて、ミハルも。
後輩たちだけじゃない。タマキも私も見守っている。何も言葉にしなくても視線で伝えれば、ノノハは力強く頷いた。
最後にアナが、穏やかな調子で女子会もといスイーツバイキングの再開を告げた。
「ね、流れに身を任せてみても大丈夫。ノノハも食べよう?」
…とはいえ。
ノノハからパズルを没収した時に少し見た程度だけど、あれは一般的に見ても難易度の高いパズルだった。整った立方体でピースが複雑に噛み合っている。動かせる部分はあるけれど、どこかを動かせばどこかが元に戻ってしまって堂々巡りになりそうだ。組み木パズルというよりも仕掛けは知恵の輪に近い。木で作られたキャストパズル。
「カイトもノノハに解かせたいならそれに合った難易度にすればいいのに…。あのパズル、ノノハ一人で解くには相当時間がかかりそうでしたよ」
「…そうか」
女子会の後POGへ戻り、カイトの残したパズルについて苦言混じりに報告すると、ルーク様は短い返事をして少しの間考えた。
そして、何かを決心したように呟く。
「あれの解き方は僕も聞いていないんだ。僕たちがじっくり見れば解けるかもしれないけれど、だからといって代わりに解くことはできない。ギヴァーであるカイトから指名されたソルヴァーはノノハだからね。
…でも、もう少しだけ手助けが必要かもしれないな」
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ピンクと白を基調とした壁紙に、アクセントのように点在するポップな装飾。辺りに漂う、焼き菓子とクリームとチョコレートの甘い香り。
「えへへ、山盛りー♪」
「アナ・グラムさん、その辺にしておきなさいよ」
「うわぁ、これすっごくおいしいですー!」
「うんうん、こっちも甘くて最高!」
ロールケーキとフルーツタルト、その上に生クリームを敷いてジェリービーンズとマシュマロ、チョコレートフォンデュに潜らせた苺が絶妙なバランスを保ちながら乗っている。いろんなスイーツを欲望のままに盛り付けてきたアナに、タマキがぎょっと目を見開き注意を促した。彼女の皿には一口大に切り分けられた数種類のケーキとアップルパイが几帳面に整列している。
その隣では、アイリが幸せそうに自分の頬を押さえて感動していた。アナほどではないけれどやや雑に、おそらく後の盛り付け位置を考慮せず乗せられたザッハトルテにモンブラン、それとパイナップルのケーキ。アイリの向かいの席で相づちを打ったミハルはさらに豪快な盛り付けで、倒したシフォンケーキに重なるように生クリームとジャムとプリン、そこに突き刺さるように飾られたクッキー。
パズルには作った人の性格が現れるというけれど、料理の盛り付けにも性格が現れるのだろうか。ふとそんなことを思った私が盛り付けてきたのは切り分けたガトーショコラとクグロフ、そしていくつかのマカロン。
そして、私の隣には…
「せっかくの女子会よ、パズルは禁止ーっ」
「あっ。あと少しで解けそうだったのに…」
「どこがよ。むしろ力任せに壊しそうだったじゃない」
皿には野菜を使ったケーキ、ミルフィーユ、そして生クリームと蜂蜜をトッピングしたワッフル。いつもならおいしそうなスイーツだらけで目を輝かせそうなのに今は目もくれず、それどころか手元のパズルを私に没収されて残念そうな表情を浮かべる、ノノハがいる。
「エレエレの言う通り。じゃないとパズルが解けるより先にクリームが溶けるんだな」
「何うまいこと言ったみたいな顔してるのよ」
「ほぇ?おいしいものを食べたから『おいしい顔』だよ?」
ノノハの反対隣に座ったアナにすかさずツッコミを入れても、アナには通じていないらしくあっさりかわされた。やっぱりアナは、ギャモンや他の仲間たちとは違って掴み所がない。そもそも女子会という名のスイーツバイキングに違和感なく参加できる時点でおかしいのだけれど。
それはともかく。
「どうしたのよ、らしくないじゃない」
マカロンを口に運びながら今のノノハの状況を端的に告げると、タマキはソウジから既に聞いているのか、私の取り上げたパズルを指差して尋ねる。
「もしかして、そのパズル…」
「あー…。カイトが置いていっちゃったから、解いてみようかなーって」
ノノハは自嘲気味に答えながら、だけど気丈にへらりと笑う。
笑わなくていいのに。大切な人が姿を消したこの状況は、笑える心情ではないはずなのに。
学園からカイトが消えた。
いや、学園だけじゃなくプライベートも含めた、私たち全員の目の前から。
彼にとっていちばん身近だったはずのノノハの前からも。ジンと約束して作ったというオリジナルのパズルを、彼女に託して。
私はその情報をPOGの一員としてルーク様から聞いたのだけれど、称号持ちの一人が欠けるとそれなりに噂にはなるらしい。芸能活動の合間を縫って久しぶりに登校してみれば、アイリは自ら得た同じ情報を私に話してくれるわ、ノノハは件のパズルと格闘してるわ、天才たちは既にその光景を見飽きたようで逆に気持ち悪いほどいつも通りだわで、その温度差にいてもたってもいられず女子会を開催した。せっかくだから大学生のタマキと別の高校のミハルも呼んで。
少し前まではパズルを没収する側だったノノハが、まさかここまでカイトのパズルに没頭するとは思っていなかったけれど。裏を返せば、そこまでして解きたいのだろうか。口調こそ軽くて「ちょっと気が向いたから試しに」程度だけど、その奥にある思いは、重い。
「ノノハ先輩…!」
彼女の健気さに感動したのか、アイリはフォークを握りしめたままノノハを見入っている。タマキとミハルも口には出さないけれど、ノノハの笑顔に安堵の色を浮かべた。
だけど、私には引っかかることがある。ノノハは、表面上は取り繕えているけれど…
「あなた、まさか『これが解けないと追いかける資格が無い』とか言い出さないわよね?」
明るい雰囲気の女子会には不釣り合いな、やや強めの口調。それでも訊かずにいられなかったのは、私だけが南の島での一件を知っていたからだ。
あの時はパズル禁止旅行がパズル強化合宿に変わったことで、ノノハ自身も「パズルが解けないと自分の居場所が無い」と思い詰めてしまっていた。結局「自分で自分の居場所を作る」と再確認したことで元に戻ったし、作ろうと思わなくても天才たちの中にノノハの居場所はできていたのだけれど。
あの波打ち際の場面と、今のパズルを解こうとするノノハが私にはどうしても重なって見えてしまう。
…すると。
「ううん、それは大丈夫」
横にいた私を凛とした目で見つめてから、しっかりとした否定の返事。私があの時のを踏まえて気にかけたことまで、理解した上での返答。まずはそれを私に伝えてから、ノノハは言葉を続けた。
「なんだかね…パズルに『解けたら追いかけてきていいよ』って言われてる気がするの」
パズルに言われてる、なんて変かな。そう付け加えて微笑む表情は、同じ笑みでも先程のそれとは違っていて。
「解けないと一緒にいられない」でも「解けなくても自分は自分で居場所を作る」でもなく、「もし解けたら追いかけることができる」という希望が、僅かだけどそこにはある。
「…似てるわね」
「え?」
「ううん、なんでもない」
私がパズルを利用していただけの時は「パズルがかわいそう」と言い、私がパズルを楽しんでいた頃のパズルブックを「温かい」と表現したカイト。今のノノハもパズルに込めた思いを感じ取っているのだとしたら、カイトとよく似ている。それをご丁寧に教えてあげるつもりはないけどね。
そんな感慨に浸っていると、突然アイリが身を乗り出してノノハに話を持ちかけた。
「そうだノノハ先輩、パズル部に入りませんか!?」
「え、でも私パズル苦手だし…」
「それでも解こうとしてるじゃないですか!パズル部は初心者も大歓迎です!」
高校生になっても変わらない熱心さで勧誘に励むアイリは、良くも悪くもそのままだ。その見かねたタマキがやんわりと指摘する。
「水谷さん。三年生の井藤さんが今から入ってもほとんど活動できないんじゃないかしら…?」
「あ、そっか…!」
アイリは言われて初めて気付いたらしく、呆然と固まった。頑張ろうとして空回りするところも変わらなくて、それが不思議と安心する。あなたも相変わらずね、と声をかけるとアイリは気を取り直しノノハのほうを向いて宣言する。
「でもでも、私はノノハ先輩もカイト先輩も大好きですから!パズルが解けるように、ずっと応援しています!」
「わ、私も。お兄ちゃんのことで色々あった時、お二人に助けてもらったので、恩返しには程遠いけど応援させてください!」
アイリに続いて、ミハルも。
後輩たちだけじゃない。タマキも私も見守っている。何も言葉にしなくても視線で伝えれば、ノノハは力強く頷いた。
最後にアナが、穏やかな調子で女子会もといスイーツバイキングの再開を告げた。
「ね、流れに身を任せてみても大丈夫。ノノハも食べよう?」
…とはいえ。
ノノハからパズルを没収した時に少し見た程度だけど、あれは一般的に見ても難易度の高いパズルだった。整った立方体でピースが複雑に噛み合っている。動かせる部分はあるけれど、どこかを動かせばどこかが元に戻ってしまって堂々巡りになりそうだ。組み木パズルというよりも仕掛けは知恵の輪に近い。木で作られたキャストパズル。
「カイトもノノハに解かせたいならそれに合った難易度にすればいいのに…。あのパズル、ノノハ一人で解くには相当時間がかかりそうでしたよ」
「…そうか」
女子会の後POGへ戻り、カイトの残したパズルについて苦言混じりに報告すると、ルーク様は短い返事をして少しの間考えた。
そして、何かを決心したように呟く。
「あれの解き方は僕も聞いていないんだ。僕たちがじっくり見れば解けるかもしれないけれど、だからといって代わりに解くことはできない。ギヴァーであるカイトから指名されたソルヴァーはノノハだからね。
…でも、もう少しだけ手助けが必要かもしれないな」
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