3期25話カイノノ

気付かないふりをして

何も予定の無い、穏やかな休日の朝。コーヒーを片手にパズル雑誌を眺めていると、突然携帯が鳴った。着信画面に並ぶ文字は、普段近くにいるが電話することは滅多にない相手の名前。俺の目の前で朝食をとるミハルに動揺を悟られないよう、努めて自然に応答する。

「おう、どうした?」
「もしもしギャモン君、カイトどこにいるか知らない?」
「カイトだぁ?」

どうしてこんな気持ちの良い休みの朝っぱらから俺様がカイトのことを考えなければならないのか。そうは思ったものの、電話の相手がノノハなのだから仕方ない。

「さぁな。何かあったのか?」
「そう…。実は、朝からカイトの姿が見えなくて、出掛けてるならいいんだけど…いなくなったんじゃないかって思って」
「はぁ!?カイトがいなくなったぁ!?」

思わず叫んでしまい、向かいのミハルから一瞬ジト目で見られる。そんな大声では受話器越しのノノハも耳に響いて迷惑だろうという顔。
しかし叫んだ内容が内容だったため、ミハルも言葉の意味を理解した途端に心配そうな表情になった。俺がPOGへ行った時ミハルに何も言わずいなくなったこととつい重ねてしまうのかもしれない。大丈夫だ、とアイコンタクトをとってひとまず今はノノハとの会話に集中する。

「うん…」

たった一言なのに、それは寂しい響きがした。彼女のつらそうな顔が脳裏によぎる。

「ノノハがこうして訊くってことは、ノノハに何も言わずどっか行っちまったのか、あのバカは」

淡々と、冷静に。相手はノノハだ。そう言い聞かせながらも、カイトへの憤りがふつふつと沸いてきてつい挑発的な言い方になってしまう。
どうしてカイトのせいでノノハが悲しまなきゃならねぇんだ。
しかし俺とミハルの心配をよそにノノハは明るい声を上げる。

「まぁ、そのうち戻ってくると思うけどね~。あっ、ルーク君のところかな?男子同士で話したいことがあるとか!」

…それは残酷なほど明るくて、わざとらしくて。
こうは言うものの、きっとノノハも気付いているはずだ。ルークがカイトを呼ぶとしたらノノハのことも一緒に呼ぶだろうし、もし本当に二人だけで話したいことがあったとしてもカイトからノノハに何か一言断りを入れるだろうと。
それなのに…そんな無理のある言い訳をしてでも弱さを見せてくれない彼女に、

「ノノハ」
「ん?」
「…無理すんな」



俺は、何をしてやれる?



「…大丈夫。無理してないよ」

嘘つけ。声が震えてんだろ。
…とは、言えなかった。気付かないふりをして、俺にできることを提案する。彼女の空元気を止めたい、ただその一心で。

「とにかく、俺はカイトの行きそうな所を片っ端から探す。学校寄ったついでにアナやキュービックにも声かけてくるから」

そう言って椅子から立ち上がると、ミハルは口パクで「行ってらっしゃい」と告げた。さすが俺の妹、状況の飲み込みが早い。もっともミハルは以前カイトやノノハに世話になったらしく、心配だから俺に行ってほしいという気持ちもあっただろうが。ノノハとの会話はそのまま止めずに、バイク置き場へと向かう。

「それなら私も…」
「ノノハはそこにいろ。カイトと行き違いにでもなったら面倒だし、走るよりバイクのほうが速く広く探せるだろ」
「うん…。ありがとう、ギャモン君」

半ば勝手に了承させた形になったが、ノノハの声色が穏やかなそれになったのを感じて少し安心する。バイクの調子を確認し行けることを判断してから、電話の最後に彼女へかける言葉はもちろん、より安心させるための言葉。

「なーにカイトのことだ、そう何度も約束破ったりはしねぇよ。さすがに学習してるだろ、バカだけど」

冗談のように伝えたが、俺はあながち間違っていない気がしていた。少し肌寒くなった風を感じるほどに、それは俺の中で確信へと変わっていく。



カイトはノノハを見捨てたりはしない。
なぜならアイツはパズルバカであると同時に、ノノハに対して素直になれないバカでもあるから。出会った頃と比べたら幾分か素直になったが、それでもノノハに届くにはまだ足りないくらいだ。それに、オルペウス・オーダーの件が解決した後カイトは皆の前でノノハに「置いていかない約束」をしたのだから、それを破ったとしたらアイツはそれまでの奴だったってことになる。



ただし、俺様は今ノノハのためにバイクを走らせていて、間違ってもカイトのためではないから、あのバカの考えをそっくりそのまま代弁してノノハに届けるほどお人好しにはなれないけれど。
…それでも。

「ヒントくらいは置いてってんだろ?」

バイクを停め、ヘルメットを外す。初めは知っている人物を見かけたから停まっただけだが、改めて考えると彼ほど怪しい人物はいない。

「休日だろうとアナやキュービックはいると思っていたが…まさかアンタまで学校にいるとはなぁ。カイトのことについて何か知ってんだろ、軸川先輩」
「心外だなぁ、僕だって大学のレポートがあるから休日に図書館へ行くこともあるんだけど」

いつものアップルジュースを片手にへらりと笑う軸川先輩は、しかしすぐに真剣な眼差しになって言い放った。

「今回のことにPOG及びセクション・ファイは関係していない。その上で、でもいいかい?」
「…知ってんだな?」

ノノハの悲しみを解く手掛かりを掴む予感に、にやりと口角が上がった。



.
5/16ページ