Phi-Brain
パズルガール
旅の途中、滞在の拠点として借りている小さなアパートの一室。外で朝食を済ませ、戻ってきて部屋のカーテンを開ければ、机の上のパズルが柔らかな光に照らされた。
無色透明で様々な大きさと形のピース。曲面と凹凸の面があるもの、三日月のような形で細いもの、凹凸の面ばかりで細長いもの。分かりやすい柄は付いていないけれど、組み合わせると綺麗な形になるであろう、立体ジグソーパズルだ。それなら最近はよくキャラクターものの立体パズルが店でも売られていると聞くけれど、今ここにあるのは完成図も何もない、ただ幼なじみのパズルバカが残した本人考案のパズルだけ。そして彼がこうして残すパズルは、毎回決まって妥協というものがない。
「これ、本当に解けるのかしら…」
つい漏れ出てしまった弱音は、自分が思った以上にげんなりとしていた。彼が答えのないパズルを作らないことは、既に十分知っている。仮に正答が潰されても、無理やり新しい答えを導き出すようなパズルバカだ。このパズルにもちゃんと答えは用意されているはずで、ただ自分が本当にそこまで辿り着けるのか、それだけが不安だった。
既に旅の荷物は鞄にしまって、綺麗に片付けた部屋。あとはこのパズルが解ければ、いつでも出発できる状態だ。それなら私は解くしかない、解きたい。椅子に深く座り、ポニーテールをきゅっと結び直して取りかかる。
カイトは旅立つ時に、パズルを作って置いていく。私はそのパズルを自力で解いて、追いかける。それが私の、私たちの世界を巡る旅だ。
まずは目に留まったピースを両手に一つずつ持って、窪みに嵌めてみる。くるくると回して向きを変えて、合わなかったら別のピースに持ち替えて、また試す。コツを掴むまではひたすらその繰り返し。偶然うまく嵌まって曲面がなめらかに繋がっても、別の向きから見ると幾何学的ではない凹凸がなんだか多い気がして、次はここにどうやって残りのピースを嵌めればいいんだろうと途方に暮れそうになる。横から滑り込ませようにも先の形が引っかかって、最後まで嵌め込むのは難しそうだ。もしかしたら、綺麗に組み上がったように見えるこれを一度外して、他のピースと合わせてから、この位置に再度戻す必要があるのかもしれない。
こういった時、記憶力は武器にも弱点にもなった。ピースの形や位置は正確に覚えていられるけれど、動かす向きや視点が変わったら、どうしても考え込んでしまう。
それに、ピースを嵌めてみた結果、一方は綺麗に噛み合っても、もう一方では思わぬ箇所に数ミリの段差が生じてしまうこともしょっちゅうだった。間違いのように見えるそのズレを一旦は無視して進めるべきか、それともここで引き返したほうがいいのか、私にはまだ判断がつかない。ズレのように見えても実は正解で、別のピースを加えれば違和感があっさり消えてしまった、なんてカイトの出すパズルではよくあることだったから。これまでカイトが見せてくれたパズルを脳裏で思い出しながら、今回のパズルに繋がるヒントがどこかに隠れていないか、解き方を探っていく。
旅の始まりは高校を卒業する頃だった。最初は、ジンさんに捧げるパズル。カイトが神のパズルの直後、ジンさんと約束したというそれは、かつてファイ・ブレインに最も近付いたジンさんでも楽しめるように、初心者ギヴァーが作ったにしては難易度が高く設定されている、と後にルーク君から聞いた。
それでいて、パズルが解けない私にも解いてほしいと言って私を最初のソルヴァーに指名したのだから、カイトは欲張りだ。カイトが旅立つ前、二人でたくさん練習して、だけど「ノノハは覚えてしまうから」と言って本番の解き方までは教えてくれなくて、結局解くのに随分と日数がかかってしまった。解いて、追いかけて、後ろから捕まえた瞬間、彼が「信じてたぜ」と笑いながらもほっとした顔になったのを今も覚えている。
それ以来、私たちのパズルタイムは断続的に始まった。何せ初心者ギヴァーと初心者ソルヴァーだ、そう頻繁に次々と新しいパズルは生み出せないし、私だって仮にそんな頻度なら解ける気がしない。今までのパズルだって、カイトが解く過程を見せてくれたパズルの記憶を思い出して、それと似たところがないか考えに考えて、それでなんとか追いつけるくらいだ。だからパズルタイムの本番はいつも、カイトが次の場所へ旅立つ時に始まる。パズルを解くとカイトの次の行き先が分かる。どちらから決めたわけでもなく、ただ暗黙の了解のようにそうなっていった。
いくつかのピースを組み合わせた、大きなまとまりが二つできる。あとはこの二つをなんとか合体させて、机に残った三つのピースをどこかに使えば完成しそうだ。しかしそこまで分かっても、肝心の大きなまとまり同士はどこで間違えたのか、互いの凹凸が邪魔をして完全には嵌まってくれない。そうこうしているうちに組み合わせたピースは私の手から逃げて、またしても崩れてしまう。
その瞬間は今もまだ慣れない。あの時とは別のパズルだと分かっていても、崩れると悟った途端に体がわずかに強張り、胸の奥が重く冷える。
カイトがパズルを解くところを、もう見せてくれないんだと思ったあの日。パズルが本当に解けなくなってしまった日。そして、私たちの約束が始まった日。
あの時よりも大人になった今なら、カイトが解くのを教えてもらうだけじゃなくて、私にも自力で解いてほしかったんだと分かる。パズルは解くから楽しいんだと。だけど幼い私にはそんなの分からなくて、当時のカイトもたぶん思いがけない事態にびっくりしてしまって、そうして私たちは別の答えを見つけたみたいに約束を交わした。
カイトが私の分まで、パズルを全部解く。
そうすればパズルの得意なカイトはたくさん解けるし、パズルの苦手な私は無理して解かなくてもいい。何よりも、カイトが私の分のパズルを解くところを、近くでずっと見ていられる。幼い私たちには、それがなんだか素敵なひらめきに思えていた。
それから離れ離れになって、高校生になって再会して、仲間が増えて、皆でパズルに挑むようになった。パズルの解けない私はそこでようやく私も解けるようになりたいと思ったのに、カイトには「ノノハは無理してパズルすることねえって」と止められて。当たり前になりすぎて忘れていた約束に、今になって苦笑いが漏れる。
私にもパズルを解いてほしい、とカイトが思っている時には解けなくて、解きたいと私が思った時にはカイトに止められる。解いてみるか、とカイトが私にパズルを勧める幻影を見せられた時には、私はそれを否定して、私はパズルが解けなくてもいい、皆が解くのを見ているだけで幸せだと私が納得したら、カイトはそれでも私に解いてほしいと願う。私たちの関係は、いつだってちぐはぐだ。
だけど今更崩れてしまったものは仕方がない。深呼吸を一つして気持ちを切り替え、ピースを組み直していく。先程と同じ形に戻すのは簡単だけど、そうしたところでこのパズルはきっと嵌まらなくて、おそらくまた同じことの繰り返し。だから今度は記憶と照らし合わせながら、別の組み合わせ方を模索する。崩れる前はどのピースを使って、どのピースはまだ使っていなかったか。手当たり次第に組み合わせるほうが私の性には合っているのだけれど、それで解けなかった以上、意地を張ってはいられない。
実際、解き始めてから既にだいぶ時間が経っている。先に出発したカイトはその地で待ってくれているのか、それともさっさと移動してしまうのか。もし後者だとしたら、私にはもうカイトを追いかけられないかもしれない。途端に焦りと不安が湧いてきて、慌てて首をぶんぶんと横に振った。
ある時、再会したフリーセル君から訊かれたことがある。今の旅が始まってしばらくした頃、カイトの置いていったパズルを解こうとしていた日のことだ。
「カイトは僕に『パズルを解いたら、また次のパズルを始めたらいい』と言ってくれたけれど。カイトが今やっていることは、僕が神のパズルでカイトに対してやったことと同じじゃないかな」
わずかに責めるような口調だったけれど、彼の懸念には私も心当たりがあった。まだオルペウスの存在も明らかになっていなかった頃、レイツェルとジンさんを追いかけて世界を巡る最中に、私も同じ思いを抱いたことがあるからだ。次の場所のヒントとなるパズルがそこに残されている以上、カイトや皆は解くしかないけれど、この旅に本当に終わりはあるのか。逃げて、追いかけて、いつまでも終わらないのではないか。
…だけど。そこにカイトのパズルがあって、辿り着ける答えがあるのなら。
「それでも私は、解いて追いかけたいの。カイトを、カイトの作るパズルのことを」
パズルだけが私たちの繋がりじゃない。皆がパズルで繋がっている中、私だけが皆とパズルで繋がっていなくても、それでパズル以外の繋がりまでは消えない。一度はそう結論づけても、パズルを解いて皆と楽しみたい気持ちはやっぱり完全には消えなくて、女子会ではカイトたちには内緒でパズルに挑戦してみたこともある。皆が解くところを見ていられるだけで幸せなのも本心だけど、過去を変えたりせずに今の私たちのままでパズルが解けるのなら解きたい、それも本心だから。
パズル以外の繋がりがあっても、私はカイトの大好きなパズルで繋ぎたい。
そう答えたら、フリーセル君は困り顔で微笑んだ。私の決意は最初から分かっていたような、柔らかな雰囲気を纏ってぽつりと零す。
「…やっぱりカイトはすごいや。望んだ未来を自分の力で本物にするんだから」
じっくり見て確認するうちにふと、対称の形になるピースを一対見つけた。机の端に並べて置くと、他にも同じ形のものがあることに気付く。種類ごとに並べて、それからピースの曲面の部分が合うように凹凸を噛み合わせていく。最初に見つけた対称の形のピースは、同じ数だけある別のピースと組み合わせて、同じパーツを複数作るように。そうして大きくなったピースのまとまりを、再び左右対称を意識しながら、凹凸の多い細長いピースと組み合わせてみる。
また崩れるかもという不安はいつの間にか消えていた。今はただ、かちりと嵌まった手応えに、この解き方でいいんだと確信めいたものを感じる。
私たちの関係もきっと同じだ。どこかちぐはぐで凹凸があっても、先の未来でいつか綺麗に噛み合う瞬間がある。例えばカイトが私にもパズルを自分の力で解いてほしいと願って、私もカイトの作ったパズルを解きたいと望んだみたいに。
最終的に大きな二つのまとまりになったパズルを両手に持ち、互いにスライドさせて嵌める。なめらかな球体の表面には、引っ掻き傷の文字が見えた。
カイトの次の行き先、追いかけて行ってもいい証拠。パズルが解けた嬉しさと高揚に身を任せたまま、私は鞄を掴んですぐに部屋から駆け出した。
fin.
(題名は初音ミク(とあさん)の同タイトル曲から。元々は時の迷路の選ばれなかった選択肢も含めつつ、POGノノハがカイトとの再会を目指して頑張る最中みたいな曲だな~と思っていたのですが、ファンクラブのボイスドラマを聞いたら「3期後ノノハ、素でPOGノノハみたいな状態になってない!?そりゃあカイトの『ノノハにも解いてほしい』という願いの結果がPOGノノハで、3期後はその願いを実現するべくカイトもノノハ本人には内緒で頑張ってるとしたら筋は通ってるけどさぁ…!」となったので、3期後設定で書きました。)
2021/02/28 公開
旅の途中、滞在の拠点として借りている小さなアパートの一室。外で朝食を済ませ、戻ってきて部屋のカーテンを開ければ、机の上のパズルが柔らかな光に照らされた。
無色透明で様々な大きさと形のピース。曲面と凹凸の面があるもの、三日月のような形で細いもの、凹凸の面ばかりで細長いもの。分かりやすい柄は付いていないけれど、組み合わせると綺麗な形になるであろう、立体ジグソーパズルだ。それなら最近はよくキャラクターものの立体パズルが店でも売られていると聞くけれど、今ここにあるのは完成図も何もない、ただ幼なじみのパズルバカが残した本人考案のパズルだけ。そして彼がこうして残すパズルは、毎回決まって妥協というものがない。
「これ、本当に解けるのかしら…」
つい漏れ出てしまった弱音は、自分が思った以上にげんなりとしていた。彼が答えのないパズルを作らないことは、既に十分知っている。仮に正答が潰されても、無理やり新しい答えを導き出すようなパズルバカだ。このパズルにもちゃんと答えは用意されているはずで、ただ自分が本当にそこまで辿り着けるのか、それだけが不安だった。
既に旅の荷物は鞄にしまって、綺麗に片付けた部屋。あとはこのパズルが解ければ、いつでも出発できる状態だ。それなら私は解くしかない、解きたい。椅子に深く座り、ポニーテールをきゅっと結び直して取りかかる。
カイトは旅立つ時に、パズルを作って置いていく。私はそのパズルを自力で解いて、追いかける。それが私の、私たちの世界を巡る旅だ。
まずは目に留まったピースを両手に一つずつ持って、窪みに嵌めてみる。くるくると回して向きを変えて、合わなかったら別のピースに持ち替えて、また試す。コツを掴むまではひたすらその繰り返し。偶然うまく嵌まって曲面がなめらかに繋がっても、別の向きから見ると幾何学的ではない凹凸がなんだか多い気がして、次はここにどうやって残りのピースを嵌めればいいんだろうと途方に暮れそうになる。横から滑り込ませようにも先の形が引っかかって、最後まで嵌め込むのは難しそうだ。もしかしたら、綺麗に組み上がったように見えるこれを一度外して、他のピースと合わせてから、この位置に再度戻す必要があるのかもしれない。
こういった時、記憶力は武器にも弱点にもなった。ピースの形や位置は正確に覚えていられるけれど、動かす向きや視点が変わったら、どうしても考え込んでしまう。
それに、ピースを嵌めてみた結果、一方は綺麗に噛み合っても、もう一方では思わぬ箇所に数ミリの段差が生じてしまうこともしょっちゅうだった。間違いのように見えるそのズレを一旦は無視して進めるべきか、それともここで引き返したほうがいいのか、私にはまだ判断がつかない。ズレのように見えても実は正解で、別のピースを加えれば違和感があっさり消えてしまった、なんてカイトの出すパズルではよくあることだったから。これまでカイトが見せてくれたパズルを脳裏で思い出しながら、今回のパズルに繋がるヒントがどこかに隠れていないか、解き方を探っていく。
旅の始まりは高校を卒業する頃だった。最初は、ジンさんに捧げるパズル。カイトが神のパズルの直後、ジンさんと約束したというそれは、かつてファイ・ブレインに最も近付いたジンさんでも楽しめるように、初心者ギヴァーが作ったにしては難易度が高く設定されている、と後にルーク君から聞いた。
それでいて、パズルが解けない私にも解いてほしいと言って私を最初のソルヴァーに指名したのだから、カイトは欲張りだ。カイトが旅立つ前、二人でたくさん練習して、だけど「ノノハは覚えてしまうから」と言って本番の解き方までは教えてくれなくて、結局解くのに随分と日数がかかってしまった。解いて、追いかけて、後ろから捕まえた瞬間、彼が「信じてたぜ」と笑いながらもほっとした顔になったのを今も覚えている。
それ以来、私たちのパズルタイムは断続的に始まった。何せ初心者ギヴァーと初心者ソルヴァーだ、そう頻繁に次々と新しいパズルは生み出せないし、私だって仮にそんな頻度なら解ける気がしない。今までのパズルだって、カイトが解く過程を見せてくれたパズルの記憶を思い出して、それと似たところがないか考えに考えて、それでなんとか追いつけるくらいだ。だからパズルタイムの本番はいつも、カイトが次の場所へ旅立つ時に始まる。パズルを解くとカイトの次の行き先が分かる。どちらから決めたわけでもなく、ただ暗黙の了解のようにそうなっていった。
いくつかのピースを組み合わせた、大きなまとまりが二つできる。あとはこの二つをなんとか合体させて、机に残った三つのピースをどこかに使えば完成しそうだ。しかしそこまで分かっても、肝心の大きなまとまり同士はどこで間違えたのか、互いの凹凸が邪魔をして完全には嵌まってくれない。そうこうしているうちに組み合わせたピースは私の手から逃げて、またしても崩れてしまう。
その瞬間は今もまだ慣れない。あの時とは別のパズルだと分かっていても、崩れると悟った途端に体がわずかに強張り、胸の奥が重く冷える。
カイトがパズルを解くところを、もう見せてくれないんだと思ったあの日。パズルが本当に解けなくなってしまった日。そして、私たちの約束が始まった日。
あの時よりも大人になった今なら、カイトが解くのを教えてもらうだけじゃなくて、私にも自力で解いてほしかったんだと分かる。パズルは解くから楽しいんだと。だけど幼い私にはそんなの分からなくて、当時のカイトもたぶん思いがけない事態にびっくりしてしまって、そうして私たちは別の答えを見つけたみたいに約束を交わした。
カイトが私の分まで、パズルを全部解く。
そうすればパズルの得意なカイトはたくさん解けるし、パズルの苦手な私は無理して解かなくてもいい。何よりも、カイトが私の分のパズルを解くところを、近くでずっと見ていられる。幼い私たちには、それがなんだか素敵なひらめきに思えていた。
それから離れ離れになって、高校生になって再会して、仲間が増えて、皆でパズルに挑むようになった。パズルの解けない私はそこでようやく私も解けるようになりたいと思ったのに、カイトには「ノノハは無理してパズルすることねえって」と止められて。当たり前になりすぎて忘れていた約束に、今になって苦笑いが漏れる。
私にもパズルを解いてほしい、とカイトが思っている時には解けなくて、解きたいと私が思った時にはカイトに止められる。解いてみるか、とカイトが私にパズルを勧める幻影を見せられた時には、私はそれを否定して、私はパズルが解けなくてもいい、皆が解くのを見ているだけで幸せだと私が納得したら、カイトはそれでも私に解いてほしいと願う。私たちの関係は、いつだってちぐはぐだ。
だけど今更崩れてしまったものは仕方がない。深呼吸を一つして気持ちを切り替え、ピースを組み直していく。先程と同じ形に戻すのは簡単だけど、そうしたところでこのパズルはきっと嵌まらなくて、おそらくまた同じことの繰り返し。だから今度は記憶と照らし合わせながら、別の組み合わせ方を模索する。崩れる前はどのピースを使って、どのピースはまだ使っていなかったか。手当たり次第に組み合わせるほうが私の性には合っているのだけれど、それで解けなかった以上、意地を張ってはいられない。
実際、解き始めてから既にだいぶ時間が経っている。先に出発したカイトはその地で待ってくれているのか、それともさっさと移動してしまうのか。もし後者だとしたら、私にはもうカイトを追いかけられないかもしれない。途端に焦りと不安が湧いてきて、慌てて首をぶんぶんと横に振った。
ある時、再会したフリーセル君から訊かれたことがある。今の旅が始まってしばらくした頃、カイトの置いていったパズルを解こうとしていた日のことだ。
「カイトは僕に『パズルを解いたら、また次のパズルを始めたらいい』と言ってくれたけれど。カイトが今やっていることは、僕が神のパズルでカイトに対してやったことと同じじゃないかな」
わずかに責めるような口調だったけれど、彼の懸念には私も心当たりがあった。まだオルペウスの存在も明らかになっていなかった頃、レイツェルとジンさんを追いかけて世界を巡る最中に、私も同じ思いを抱いたことがあるからだ。次の場所のヒントとなるパズルがそこに残されている以上、カイトや皆は解くしかないけれど、この旅に本当に終わりはあるのか。逃げて、追いかけて、いつまでも終わらないのではないか。
…だけど。そこにカイトのパズルがあって、辿り着ける答えがあるのなら。
「それでも私は、解いて追いかけたいの。カイトを、カイトの作るパズルのことを」
パズルだけが私たちの繋がりじゃない。皆がパズルで繋がっている中、私だけが皆とパズルで繋がっていなくても、それでパズル以外の繋がりまでは消えない。一度はそう結論づけても、パズルを解いて皆と楽しみたい気持ちはやっぱり完全には消えなくて、女子会ではカイトたちには内緒でパズルに挑戦してみたこともある。皆が解くところを見ていられるだけで幸せなのも本心だけど、過去を変えたりせずに今の私たちのままでパズルが解けるのなら解きたい、それも本心だから。
パズル以外の繋がりがあっても、私はカイトの大好きなパズルで繋ぎたい。
そう答えたら、フリーセル君は困り顔で微笑んだ。私の決意は最初から分かっていたような、柔らかな雰囲気を纏ってぽつりと零す。
「…やっぱりカイトはすごいや。望んだ未来を自分の力で本物にするんだから」
じっくり見て確認するうちにふと、対称の形になるピースを一対見つけた。机の端に並べて置くと、他にも同じ形のものがあることに気付く。種類ごとに並べて、それからピースの曲面の部分が合うように凹凸を噛み合わせていく。最初に見つけた対称の形のピースは、同じ数だけある別のピースと組み合わせて、同じパーツを複数作るように。そうして大きくなったピースのまとまりを、再び左右対称を意識しながら、凹凸の多い細長いピースと組み合わせてみる。
また崩れるかもという不安はいつの間にか消えていた。今はただ、かちりと嵌まった手応えに、この解き方でいいんだと確信めいたものを感じる。
私たちの関係もきっと同じだ。どこかちぐはぐで凹凸があっても、先の未来でいつか綺麗に噛み合う瞬間がある。例えばカイトが私にもパズルを自分の力で解いてほしいと願って、私もカイトの作ったパズルを解きたいと望んだみたいに。
最終的に大きな二つのまとまりになったパズルを両手に持ち、互いにスライドさせて嵌める。なめらかな球体の表面には、引っ掻き傷の文字が見えた。
カイトの次の行き先、追いかけて行ってもいい証拠。パズルが解けた嬉しさと高揚に身を任せたまま、私は鞄を掴んですぐに部屋から駆け出した。
fin.
(題名は初音ミク(とあさん)の同タイトル曲から。元々は時の迷路の選ばれなかった選択肢も含めつつ、POGノノハがカイトとの再会を目指して頑張る最中みたいな曲だな~と思っていたのですが、ファンクラブのボイスドラマを聞いたら「3期後ノノハ、素でPOGノノハみたいな状態になってない!?そりゃあカイトの『ノノハにも解いてほしい』という願いの結果がPOGノノハで、3期後はその願いを実現するべくカイトもノノハ本人には内緒で頑張ってるとしたら筋は通ってるけどさぁ…!」となったので、3期後設定で書きました。)
2021/02/28 公開
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