Phi-Brain

待ち合わせ時刻ちょうど

※公式ファンクラブのボイスドラマネタ。
※前編のネタバレをがっつり含むのでご注意ください。




監視カメラに写った人影の数を見た瞬間、俺様の計画は早くも一部が頓挫したのだと悟った。嫌な汗が全身を冷ややかに伝う。
待ち合わせ場所に指定した、駅から歩いてすぐ近くの工事現場。外側はまだ殺風景なビニールシートとフェンスで覆われているものの、中身はとっくに工事を終えている。
今日はその一角、入り口にあたる箇所で待ち合わせる予定だったのだが…来たのはノノハ一人だけ。一緒に来るはずだったもう一人はどうしたんだ。

「どうするんだい、ギャモン?」

鉄骨とビニールに囲われた内側で、画面を見ていたルークが淡々と尋ねる。出だしの演出は任せたのだから、想定外の事態でも判断はこちら持ちということか。こういった窮地において、POGの管理官は身内だろうとなかなかに厳しい。

「どうするっつってもなぁ…カイトがいないんじゃ、再現にはならねぇだろ」

元々の計画では、カイトとノノハに一緒に来てもらい、俺らはこのまま待機。現場の入り口付近に設置されているスライドパズルを解いて、カイトとノノハには中に入ってもらう予定だった。まず間違いなくカイトが解くはずで、ノノハは隣で見ていることになる。その構図が、かつて俺たちのすべてが始まった場所…√学園の裏庭にある地下迷路の入り口を彷彿とさせるのではと、そういう算段だったわけだ。
あの日、賢者のパズルに一足遅く着いてしまった俺様は、カイトとノノハがスライドパズルを解いて中に入っていくのを見た。見るからに素人のノノハと、淡々とパズルを解くいけ好かないカイト。隣同士並んだその後ろ姿が、今日の計画を立てている最中に懐かしく思い出されて…実際の開園時はともかくとしても、今日だけは演出の一環として入り口にスライドパズルを用意したらどうか、という運びになったのだ。カイトが一緒に来ないせいで、用意した計画の冒頭部分はすべて台無しだが。本当にあいつは、いてほしくない時には首を突っ込んでくるくせに、いるべき時にはいない野郎だ。
困り果てた俺の横で、ルークが監視カメラの映像と時計を見比べ、提案する。

「もうすぐ集合時間だ。カイトだけでなく僕たちまでいないとノノハが困るだろうし、まずは彼女に顔を見せに行こうか」
「そうだな。ノノハが解き始める様子もねぇし」
「そもそも彼女がパズルの存在に気付いているか、そこから確かめないとね」

ルークが事務連絡のような口調で、恐ろしいことを口にする。いやいやまさかそんなはずは…とは思うが、元はカイトが中心になって解くことを想定した計画だ。どうせパズルに気付くのもカイトが先だと思っていたため、ノノハ一人ではそもそもパズルがあることにすら気付かない可能性もある。とはいえノノハだって高校を卒業する頃には自力でパズルを解き、その後もパズルに関わる道を選んでいるのだから、当時のままの認識でいるのも彼女に対して失礼だろう。確かめてみないことには断言できないが。
ボタンを押して扉を開き、外へ出る。駅のほうを向いて待っていたノノハはその音に振り向くと、俺らだと気付いてほっとした表情を見せ、それから首を傾げた。

「ギャモン君、ルーク君!あれ、どうして中から?」
「それについては後で説明するよ。カイトはどうしたんだい?」
「えっ、カイト来てないの?」

ノノハは今初めて知ったとばかりに訊き返す。俺らとは久しぶりの再会だが、まさかこの二人も別行動なのか。何やってんだカイトの野郎。…だが、ノノハ自身がそれに納得してるのなら今更俺の出る幕はない。苛立ちを飲み込み、冷静に尋ねる。

「一緒に来たんじゃねぇのか」
「うん。別々に出たから、もう着いてるかと思ったんだけど…あいつ、またどこかで寄り道してるのかしら」

ノノハが小言を呟きながら周囲を見回した途端、彼女にとってはちょうど死角になる位置から密かに、ルークの鋭い視線が俺に向けられる。本気の怒りではなさそうだが、読み違えたね、と言外にこちらを責めている半目だ。思わず視線を逸らし、頭を掻く。

「ったく。カイトの野郎、遅刻か?まさか忘れてんじゃねぇだろうな」
「あっ、でもこの辺りには絶対いるはずよ。ルーク君たちとの久しぶりの約束だもん、カイトも楽しみにしてたから」
「あー…ちなみにノノハ、そこにスライドパズルがあったんだけどよ?」
「えっ嘘、気付かなかった!」

ぐさり。ちくり。悪気が一切ないゆえに残酷なノノハの返答と、尚も厳しいルークの視線がダブルで突き刺さる。しかしそんな俺の状況などお構いなしに、二人は入り口に設置されたスライドパズルを見て話を進める。

「試しに解いてみるかい?」
「いいの?これ、下手に触ったら工事現場が壊れたりしない?もしくは間違えるとセキュリティーが発動して、警備員の人を呼ばれるとか…」
「んな訳ないだろう!?ここは俺様が」
「はい、ギャモンそこまで。…平気さ、僕たちだって解いたから中にいたんだしね。どうだい、ノノハ?」

さらりと適当なことを述べながら、ルークはノノハをパズルの前へ促す。今後の計画さえもうっかり暴露しかけた俺を止めてくれたのはありがたいが、やけにエスコートが上手なのはビショップの仕込みか、フリーセルの影響か。どちらにしろ、いいところを持っていかれた気がする。

「じゃあ、ちょっとだけ…」

スライドパズルと向き合ったノノハが、明るい笑顔を浮かべて手を伸ばす。パズルを解くことに対する抵抗感は薄まっているようで、それもまた彼女にとっては一つの成長だろう。√学園を卒業してから、時間は確実に流れている。
…しかしそう思った直後、期待は静かに崩れ去った。ノノハはなぜか、見当違いの箇所ばかりを動かしている。最初こそ、カイトの悪い影響でトンチキな手を使っているのかと勘ぐったが、ノノハの様子を見る限りそうではないらしい。盤面に顔を近付けたかと思えば目を細めて離れてみたり、おそらく無意識だが唸り声を上げてみたり。時々良さそうな手も打つのだが、その後の動かし方で自らそれを台無しにしてしまうなど、とにかく答えには到達できない。
数分見守ったものの、ルークがこちらにちらりと目線を送り、遠慮がちに一言。

「…うん。カイトが来てからにしようか」
「ごめん、余計ごちゃごちゃにしちゃった…」

あからさまに落ち込むノノハ。旅を続けていてもパズルはまだ練習中らしい。
しかし客人に対してPOGの管理官は存外優しかった。にこやかに、そしてやっぱり事務連絡のような調子でとんでもないことを言う。

「平気さ。スライドパズルだからね、動かしたのとは逆の手順を遡っていけば、確実に最初の配置に戻るよ」
「いや、そんなさらっと言うことかよ。逆にたどるほうが難しいだろ」
「大丈夫よ、今動かした順番なら覚えてるもの!」

ノノハはすかさずそう言うと、一つずつゆっくりとピースを戻し始めた。先程よりも一手にかける時間は長いが、それは動かす方向と順番を頭で確かめながら操作しているためであり、途中では彼女自身が解き間違えた手すらも律儀に再現している。その手が誤りだったのだと、本人が理解しているかどうかはともかくとして。
そうして寄り道も挟みつつ、しばらくするとスライドパズルはピースの向きも位置も構想通り、最初の並びに戻った。久しぶりに見たその能力に、ひゅうと口笛を一つ。

「さすがノノハ。記憶力は健在だな」
「えへへ。これだけやってもカイトはまだ来ないけどねー…どこをほっつき歩いてるのかしら、あのパズルバカ」

褒め言葉を受け取るのもそこそこに、彼女の意識は再びカイトへ向く。時が経とうがやっぱり変わらねぇな、と懐かしく思ったその時、ルークがにこやかに提案する。

「それじゃあカイトが到着するまで、ノノハも一緒に中で待っていようか。時間厳守の用でもないし、のんびりとお茶でも飲みながらね」
「えっ、これ解かなくていいの?」
「一度解いたら次からはすぐ入れるんだよ。だから僕たちと一緒に入れば平気さ」
「そうなんだ」

ルークの雑な説明に、ノノハはいとも簡単に騙されてくれる。そんな都合の良い扉があるかよ、仮にあったとしたらセキュリティーが心配だ、とは思うものの、余計な話をして計画を破綻させてしまっては意味がない。完全に白マリモのペースになっちまったのをひしひしと感じながら、楽しそうに話す二人の後をついていく。
幸いメインの入り口はもう一つ先だ、ノノハを工事現場の中に入れたところで大局は変わらないが、早く俺様の成果を見せて驚かせてやりたい。現時点ではなんだか流れを持っていかれたから尚の事、パズルバカの到着が待ち遠しかった。



fin.

(ボイスドラマはかっこいいギャモンとルークで好きですが、それはそれとして陰で振り回されるギャモン&ジト目ルークも見たい!と思って書きました。ギャモンがたまに見せるカイノノ観が好き。)

2020/11/13 公開
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