Phi-Brain

約束

何度もその繋がりを切ろうとした。巻き込んでしまわないように。
例えば、危険なパズルを見過ごすことができずに、裏山の地下迷路に挑んだ時。俺がパズルを解くことで俺の周囲の人間にまで危害が及ぶ、とギャモンから突き付けられて、俺も自ら突き放すように離れた時。ルークとの対決の直前、隠し事はしないなんて言いながらも置いていった時。俺がフリーセルを傷付けたと知って、動揺と後悔から一人になろうとした時。
そして…その三人と試練のパズルで戦わなければならなくなった時。「俺が解く、全員助かる方法を考える」と必死に主張して、結局ろくな答えも思いつかずに打ちのめされながら、心配する皆と距離をとった。
でも、そのたびにノノハは俺を繋ぎ留めようとしてくれた。名前を呼んで、ひたすら言葉を尽くして、時にはなだめるように抱き締めて。プロレス技をかけて力ずくで引き戻されたこともあれば、願掛けのようにノノハスイーツを作ってくれていたこともある。
だから、きっと今回も離れない。根拠はないし未来を見たわけでもないけれど、そう確信していた。もっとも、そんなことをノノハ本人に言おうものなら「繋ぎ直すこっちは毎回必死なんだからね」と怒られそうだけど。

「うーん…。ねぇカイト、ここはどう解くの?」

組み木パズルを持ったノノハがひとしきり悩んだ後、困ったように尋ねてくる。二、三個のピースがかろうじて噛み合っているだけの不安定な状態で、更に現時点ではまだ使わないはずの小さなピースが、ギリギリ引っ掛かるようにして妙な位置に乗せられていた。見当違いな努力の跡を進歩と認めるべきか少し迷って、思わず口元が引きつる。

「あー…。まずその小さいのを外してくれ」
「えっ、これ違うの!?」
「まあな。今使うのはこっちだ」

仕方がないのでノノハが選んだものとよく似た、だけど少しだけ形の異なるピースを摘まんで、いろんな角度から見せてやる。そうすれば、記憶力の優れたノノハはじきにその違いに気付いたらしく、嬉しそうな声を上げた。…そして、正解のピースをまた不正解の位置へ持っていく。

「置く場所はそこじゃねーよ、こっち側」
「ちょっとカイト、急につつかないで…あっ!」

俺がわざと指で示してやれば、ノノハの声と共に、組んでいたピースは簡単に傾いて崩れた。まぁそんなこともこの類のパズルでは付き物だよな、と俺は呑気に思うけれど、ノノハからは明らかに不服だと睨まれる。

「もう、また初めからじゃない!」
「悪い悪い。でも覚えてんだろ?」
「それはそうだけど…」

なおも不満を漏らしながら、それでもノノハは手際よくピースを組んで元通りにする。どうやらここまでの手順はすっかり覚えたようだ。その様子に人知れず確かな手応えを感じながら、俺は件のピースが今度こそ正しい位置に収まるのを見守る。
…ノノハが答えを覚えてしまうのならば、こっちは無闇に答えを隠したりヒントを減らしたりしないで、確実に覚えさせる。他の奴に対してだったら悪手と思えるそんな方法が、俺たちなりのパズルタイムだ。実際にはほとんど俺が解いて手順を見せているようなもので、お世辞にもノノハが自力で解いたとはまだ言えないけれど、今はそれでいい。
俺が教えて、ノノハが再現して、だけど次の手が分からずにまた悩む。そんな経験の蓄積はノノハの得意分野で、いつか似た形のパズルと出会った時には、それがひらめきとして味方になってくれるはずだ。

「お、うまく嵌まったな。次はどうだ?」
「えーっと、次は…同じ形をこっちにも作りたいから…このピース?」
「そうだな。そっち側落ちやすいから気を付けろよ、うまく押さえとかないと…」
「きゃあっ!?もうカイト、それ先に言ってよ!」

結局崩れてしまったパズルをまた組み直しながら、ノノハは恨めしげな視線を向けてくる。それでもなんだか楽しそうで、組み直す時間はさっきより早く、表情は明るい。
パズルは自分の力で解くから面白い。ルールはともかく解き方まで教えてもらっては面白さが半減してしまう。俺は長いことそう思っていたけれど、ノノハは違った。
自分がパズルを解くよりも俺が解くのを見るのが好きで、だから教えてもらうほうが好きで、パズルを解く皆を見ていられるならば自分は解けなくても幸せだと言い切る。だけど頑なにパズルを拒むのではなく、誰かに勧められたら果敢に挑戦してみる意欲もある。そして何よりも、誰かと一緒に解くことをずっと大切にしてくれていた。

『パズルを解く時、人はいつでも誰かと一緒なの』

あの時彼女がくれた言葉が、今も頭の中で蘇る。
神のパズルの最中、取り込まれたレイツェルを何とかして救おうと必死になるあまり俺が忘れかけていたことを、そこで再会したノノハは覚えてくれていた。ルークの時、ギャモンとフリーセルの時、俺が何度も間違えて最適解を見つけられずにいた箇所を、ノノハは二度と間違えないように導いてくれた。

「ノノハ。ありがとな」
「…何よ、突然」

唐突なお礼の言葉から俺が離れた時のことを連想したのか、目の前のノノハは表情をわずかに強張らせてじっと見つめてくる。信用ねぇな、なんて内心で自嘲するけれど、実はノノハがそれほど気にしていないことも分かっていた。実際に以前、置いていったことを本気で悪いと思って謝ったら「もう全部終わったこと」と俺のほうが励まされた。
だからというわけではないけれど、俺は話題をそこから少し進めて、今考えている先のことを話してみる。

「ジンに向けて、パズルを作ろうと思うんだ」
「ジンさんのために?」
「ああ。ジンに向けたパズルだけど、ジン以外にも楽しんでもらえるような…。その練習みたいなもんだからさ、このパズルは。あとはもう少し練習して、それから本番を作るつもりだ。…だからサンキューな、ノノハ。どこが難しくてどんな考え方をするのか、だいぶ分かった気がする」
「そっか…。ジンさん、喜ぶといいね」

ノノハは素直に信じて微笑む。そうしてまだ途中の組み木パズルを愛おしげに眺める姿に、安堵と少しの罪悪感が頭をもたげる。その理由は既に自覚していた。
本当はもっと先の「ジンへのパズルを作った後のこと」も考えていたから。ノノハを一時的にでも悲しませるかもしれないその決断は、そうだとしても揺らぐことはない。根底にあるのは信頼と、確かに交わした約束だ。
俺たちは何度も繋がりが切れそうになって、そのたびにいろんな約束を結び直した。置いていかない。隠し事はしない。必ず帰ってくる。俺がノノハの分までパズルを全部解く。そして、いつか世界で一番難しいパズルを一緒に解く。…だからきっと今回も離れない。

「約束は守らなきゃな」
「え、何?約束?」

呟いた決意はノノハに向けたものではなく、むしろ約束を何かと破りがちな自分への言葉だ。それに対してノノハが不思議そうに反応する。当然だ、最後の約束をしたのは時の迷路でのことだから。今目の前にいるノノハは何も知らない。
隠し事というほどやましいことでもないから、あの時見たすべてを今明かしてもいいのだけれど。

「…いいや。何でもねぇよ」

ここで今のノノハと「いつかパズルが上手になったら、難しいパズルを一緒に解いてほしい」なんて約束をすれば、それこそ幼い頃の繰り返しだ。もう教えてもらえない、自分一人で解かなければと思い込んで、余計に解けなくさせちまう。
だから、あえて言葉にすることはしない。本当に何でもないことだと笑ってみせる。笑う余裕すらない時はどこまでも追及されるけれど、今回は心配ないと判断したのか、ノノハはまた安心して組み木パズルに向き直った。
それでいい。今はまだ、別れの予感には気付かなくていい。でも、ノノハならいつかパズルを解いて、追いかけてきてくれると思うから。

『パズルには、いろんな人の思いがこもってる。作った人の思い、解く人の思い』
『一緒に解こう?神のパズルを!』

そう言ってくれたノノハなら、俺の作るパズルに対しても、解きながら何かを感じてくれるはずだから。俺がその場にいなくても「一緒に」解いてくれるはずだから。
だからきっと近いうちに、少しの間さようなら。今度は巻き込まないためじゃなく、むしろ進んで巻き込まれに来るような幼なじみとの、大切な約束を守るために。
この先の未来で、あの時出会ったノノハと、あるいは今ここにいるノノハと…また会う日まで。



fin.

(ツイッターにて犬蜜柑さんと「冒頭と後わりの文を指定して間の文は自由に書く」という試みで書いたもの。共通の文はハミングさんから提供していただきました。また、それぞれの話の挿絵をえいさくさんに描いていただきました。
冒頭「何度もその繋がりを切ろうとした。巻き込んでしまわないように。」
終わり「また会う日まで。」
ツイッターには犬蜜柑さんの小説・えいさくさんの挿絵もありますので、そちらもぜひご覧ください!)

2019/12/08 公開
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