Phi-Brain

季節外れのりんご味

どうして私はこんなものをわざわざ作ってしまったんだろう。目の前でやけに存在感を放つ箱を見つめながら、重いため息をついた。

綺麗にラッピングされた、手のひらサイズよりもやや大きめな箱。そこに入っているのはチョコレートではない、だからといって定番のクッキーやチーズケーキでもない。開けなくてもわかるのは、私がそれを作った張本人だから。昨日、友達や生徒会の皆に配る分のチョコを作り終えてから、倍以上の時間をかけて作ったのだ。
だけどそれは結局渡されないまま、こうして放課後を迎えている。

「…やっぱり、普通にチョコのほうがよかったかしら」

バレンタインデーにチョコレート以外のお菓子を渡してはいけない、という決まりは無いけれど、この箱を見るたびにそう思ってしまう。チョコなら他の女の子のようにもっと気軽に渡せたのに。最悪渡せなくても、生徒会の皆と分けて食べることだってできたのに。しかし今この箱に入っている物はどう考えても渡す相手がバレバレで、だから生徒会で分けるわけにもいかず、こうしてまだ手付かずのまま。
そして肝心の相手…ソウジ会長は、今日もやはり生徒会には来ないだろう。いっそのこと校内放送で呼び出してやろうかとも考えたが、そんな職権乱用は厳禁。それに、彼に憧れる子は他にもたくさんいるはずなのだ。生徒会長なのに気負わない雰囲気、常ににこやかな笑顔。そんな彼に女の子たちがチョコを贈りたいと思うのは当然のこと。いくら生徒会副会長という立場でも、そんな生徒の自由を個人的な感情でむやみに奪ってはいけない。
必死に言い聞かせて、時が過ぎるのを待つ。正確にはソウジ会長が現れるのを待っているんだけど、どうせ来ないんだから、この表現で合っている。そのまま少しだけうたた寝しようかと考えていた、その時。
ふいに聞こえた、ドアを開ける音。

顔を上げると、来ないはずの彼が、いた。



「千枝乃君、そこで何しているのかな」

いつもの笑顔を浮かべて尋ねるソウジ会長。答えがわかっている上で訊くんだから、この人はずるい。

「…何もしてないですよ」
「例えば誰かを待ってた、とか」
「っ、違いますっ!」

思わず否定して机を勢いよく叩いた、瞬間。
素直にならない私に天罰が下ったのだろうか、視界に入らないようにと端に寄せていた例の箱が、衝撃で床へとまっ逆さま。ゴトッという嫌な音。別にひっくり返しただけで崩れるような凝った物ではないけれど、それでも床に落ちたものを平気で渡せるほど私の神経は図太くはない。

「あっ…これはですね、自分用なので!だからソウジ会長は気にしないでください!」
「自分用、ねぇ…」

やはり無理な言い訳だったか。彼は少しだけ考える仕草をしてから…ひょい、と箱を拾い上げ、向かいの席に座る。

「じゃあ、僕も千枝乃君のお茶会に参加しようかな」

そう言い放ってにこにことするソウジ会長の笑顔は、私の気持ちなんかお構い無しで気楽なもので。

「なっ…なぜそうなるんですか!?招待していませんよ!」
「つれないなぁ。一人より二人のほうがおいしいのに」
「それは、そうですけど…でもこれはダメです、開けないでください!」

しかし最後の抵抗も虚しく、彼は何も躊躇わずに箱を開けた。
そして。



「うわぁ、アップルパイ!」



…渡す相手が露骨すぎて誰にも見せられなかった物。それは常にりんごジュースを飲み、りんご味の物には目がない彼のために作った、小さなアップルパイ。こんな真冬にりんごだなんて、好意が露骨すぎるにも程がある。顔から火が出そう。恥ずかしい。泣きたい。
一方、ソウジ会長はそんな私の様子をちらりと盗み見て、満足そうに微笑み、一口目を頬張る。

「うん、おいしいよ。わざわざありがとう、千枝乃君」

本当にこの人は、何も考えていないように見えて実は物事をいちばんよく理解しているから、悔しい。
悔しいけれど…憎めなくて。

「来年も…作ったら、食べてくれますか」
「もちろん。大歓迎だよ」

矛盾を孕んだ私の気持ちとは裏腹に、返ってきたのは素直な言葉。
その笑顔に、また心がとくんと跳ねた。



fin.

2012/02/12 公開
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