Phi-Brain

知り合い未満

呼び鈴の音が一度だけ鳴った。鍵はかけていない。俺の部屋を訪ねてくるのはどうせノノハだし、不用心だと言われるが鍵が開いていることは彼女も既に知っているから、この後続けて呼び鈴を連打される程度の間を置いて、勝手に入ってくるだろう。
宅配かマンション全体の設備の点検で来た人の場合は、呼び鈴を続けて鳴らすことはないけれど、今日はそんな予定は入っていないはずだ。俺が忘れていただけだとしても俺が出なければ相手は一応名乗るはずで…と、頭の片隅で考えていると。

「すみませーん、大門カイトさんいますか?」

聞き覚えのない、女子の声で名前を呼ばれた。仕事で来た成人女性という雰囲気でもない、自分と同年代か少し下くらいの印象の声だ。予想外の展開に、パズルを解いていた手がつい止まる。
自分にこんな知り合いはいない。いや、クラスの奴の中にはこんな声の持ち主もいるかもしれないが、少なくとも家を知っていて訪ねてくる間柄ではない。だが相手は俺の名前と家を知っている。少し考えて、一つの答えが導き出された。
ノノハの知り合いかもしれない。ノノハが雑談で気軽に俺の話題を出して、ノノハの家の場所も話して、同じ階の角部屋同士で頻繁に行き来していることも教えた。相手はノノハに用事があるが、場所を間違えたか、ノノハが出なかったかで一応こちらに来た。ありそうな話ではある。

「留守なのかな…どうしよう」

不安げな独り言が聞こえて、慌てて扉を開けに行く。鍵はかけていないが、相手は普通そんな事情は知らないし、ノノハのように勝手に入ってくるはずもない。
扉の向こうに立っていたのは、やはり自分には覚えのない小柄な女子だった。背丈や格好は中学生のようだが√学園の制服ではない。しかしノノハは様々な部活の助っ人に行くから、他校で仲良くなった相手がいてもおかしくはない。

「あー、えっと…ノノハの知り合いか?」
「あっ!ノノハさん!」

知っている名前が出て、彼女の表情はぱっと明るくなる。やっぱりノノハの知り合いだったか、と内心で納得しかけた瞬間、彼女は自分のやるべきことを思い出したように頭をぺこりと下げて名乗った。

「えっと、すみません!初めまして、逆之上ミハルと言います!」

後から冷静に考えれば名字がヒントのはずだったのだが、あのうるさい自己紹介とは雰囲気もイントネーションも違いすぎて、正直この時は結びつかなかった。

「…それで、何の用だ?ノノハの家なら向こうだけど」
「いえ、その!カイトさんとノノハさん、お二人に用事がありまして!えっと…一緒ではない、ですか?」
「あー、まあ、ノノハならそのうち来るだろ」
「そ、そうですか…」

ミハルと名乗った少女は再び心細そうに俯いた。そりゃあ、せっかく答えの近くまで来たのに、よく知らない年上の異性と待たされたら困るよなぁ、と内心で同情する。
少し考えて、目の前の彼女に提案を一つ。

「…入って待ってるか?」

初対面の女子をいきなり部屋に招き入れるのもどうかと一瞬だけ躊躇ったが、相手はおそらくノノハの知り合いだ。まず変な誤解は生まないだろう。それに、ここで自分だけ部屋に戻ったら、こんな外同然の場所で女の子を待たせるなんて、とそれこそノノハに叱られる。
ミハルは目を丸くしてこちらを見上げた後、急いで首を横に振った。二つ結びにした黒髪が動きに合わせて勢いよく揺れる。

「えっ、いえいえ!大丈夫です、ここで!今日は暖かいですし!」
「いや、ここで待たれても困るから…」

つーか今ノノハが来てくれれば全部解決するんだけど。しかし呼び出そうにも携帯は部屋に置いたままだし、ノノハに連絡を取る間ずっと扉を開けた状態で女子が外にいるというのもどうかと思う。
俺が引かない様子だと伝わったのか、ミハルはほっとしたように微笑んで、こちらに一歩踏み出した。

「そう、ですか?…それじゃあ、お邪魔します」
「ああ。…えーと、パズルは適当によせていいから、その辺に座っててくれ」

ワンルームで机とベッドと棚が面積の大半を占め、床にもパズル雑誌が積み上がり、他にもパズルをその辺に置きっぱなしにしている部屋だ。勝手知ったるノノハなら遠慮なく自分の座る場所を作るが、彼女はそうもいかないだろうと考えて声をかける。

「ありがとうございます!…ふふっ、やっぱりお兄ちゃんと同じで、カイトさんはパズルが大好きなんですね」
「あー、まあそうだな…ん?お兄ちゃん?」

唐突に出された単語と話題にふと違和感を覚えた。俺は関係ないがノノハの知り合いかもしれない、というこれまでの予想が途端にぐらりと揺らぐ。
この直後、俺は衝撃の事実を知ることになった。



fin.

(ノノハが訪ねた時にカイト宅にミハルがいたことについて、勝手にノノハの知り合いだと思い込んで入れていたらいいなーと思ってできた話。)

2024/05/30 公開
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