Phi-Brain
優しい思い、綺麗な色
アナがまだ小さかった頃、世界は灰色だった。
周りの大人たちは難しい顔でアナを見ていた。
初めて会ったような大人たちは、好奇の目で。
家族は、忌まわしいものを見るような目で。
じとじと、ずきずき。
アナの中にある「何か」を狙い見定める視線。
それが何なのかは説明されなかったけれど…
アナには分かった。感じ取ってしまった。
体のかたち、心のかたち、――脳のかたち。
大人たちにとってそれは得がたい宝物で。
でも身近な人間にとっては戸惑うもので。
厄介事を運んでくる迷惑なもの。
二つの思いに挟まれて、アナは苦しかった。
どうすることもできなかった。
たぶん、従いたくなかったんだと思う。
アナの中で警報が鳴っていたから。
だけどそれを堂々と言うことはできない。
言ったら、とげとげの視線が突き刺さる。
ぴりぴりの空気には耐えられなかった。
それから、アナは動けなくなった。
体ではなく心が動かなくなった。
何も感じない、何も思わない。
伝えたいことがないから言葉も出てこない。
まるで感情が無くなる魔法だった。
でもお姉ちゃんだけは、そばにいてくれた。
絵を描くのが上手なイヴお姉ちゃん。
アナのことをいつも気にかけてくれた。
アナが動けなくても、話しかけてくれた。
ある時、イヴはアナにそっと教えてくれた。
凍えた心がぽかぽかになるおまじない。
『ほわわん、ふわわん』
お姉ちゃんは何度も何度も唱えてくれた。
重くて冷たい殻の中まで響くように。
灰色の世界を鮮やかな色で染めるように。
後ろから抱き締めて優しく包み込むように。
陽だまりみたいにあったかい、魔法の言葉。
それはじんわりと、心の隅の氷を溶かした。
思うに、その時初めて気付いたの。
アナの心が凍えてしまっていたことに。
いつの間にか笑顔を忘れていたことに。
おまじないが本当だったことに。
イヴだけはアナに嘘をつかなかったことに。
もっと温まりたくて、アナはねだった。
ほわわんの絵を描いて…って。
イヴは描いてくれた。アナのために。
少し悩みながらも一生懸命に。
力強く、でも優しく丁寧に。
いろんな色のクレヨンを休みなく動かして。
月が空の一番上に昇るまで、時間をかけて。
「…できた!はい、アナ」
イヴは微笑んで、アナに絵を向けてくれた。
優しい動物さんたちと、中心にアナがいる。
皆が笑顔で一緒にいる絵。
ほわほわふわふわがいっぱい詰まってる絵。
「わぁ…!ほわわん、ふわわん!」
温かくて楽しい気持ちが心の中に広がる。
おまじないの言葉を言えばまた嬉しくなる。
イヴの、アナへの思いが伝わってきて…
アナはすぐに笑顔を思い出せた。
「…それから、アナは絵も動物さんも大好きになったんだな」
アナが優しく語りかけると、猫友は嬉しそうに両目をゆっくりと瞑った。そっと一撫でしてから、アトリエの入り口に近いほうの壁を眺める。アナの今まで描いた絵が並べてある場所。
「今のアナがいるのはイヴのおかげ。ここに来てからもたくさん描いてきたけど…イヴのほわほわふわふわには、これからもずっと敵わない」
きっと、この先ずっと。
思うにそれは悔しいことじゃなくて、むしろ誇らしいこと。アナはイヴの絵が大好きだから。
すると、廊下から突然聞こえてくるたくさんの足音。どれも皆、アナのアトリエに向かってくる。だからアナは、びくりと怯えた猫友を優しく宥めながら待ってみる。
戸が開けられて、一番に入ってきたのはノノハだった。
「あっ、いたいた!アナ、誕生日おめでとう!」
「天才テラスに顔出さねーから呼びに来ちまったぜ」
「せっかくのノノハ特製バースデーケーキ、いらねぇなら俺様が全部食べちまおうか?」
「ガリレオねぇ、冗談でもそういう事言わないの!」
「POGからはパズルのプレゼントも用意してあるからね。どれも図形を使った問題さ」
「そうそう。誕生日なんだし、僕もカイトを一日貸してあげるよ?」
サファイアみたいに誠実な心を持った、アナの友達。
皆向いている方向は同じだけど、心のかたちは全然違う。性格も、好きなものも、パズルの解き方も。
でもきっと、それがいいの。
ピンク、ブルー、ブラック、バイオレット、グリーン、ホワイト。サファイアにいろんな色があるように。いろんな色があっても皆サファイアと呼ばれるように。
そう思うアナの気持ちが伝わったのか、猫友も次第に慣れてリラックスしていく。ノノハが気付いてアナの後ろからそっと覗き込んでも、猫友は逃げなかった。
「えーと、猫友…?」
「うん、少しお喋りしてたんだな。アナの誕生日だから」
「誕生日にする話…?」
「祝ってもらってたのか?」
キューたろうとギャモンが不思議そうに顔を見合わせる。喋っていたのはアナの方なんだけどな、と思ったけれどそれを言う前にカイトが笑った。
「やっぱりアナには敵わねーな」
カイトの笑顔はとても楽しそうで、皆の笑顔も宝石のようにきらきらしていて。皆の思いと綺麗な色を受け取って、アナの気持ちはとーってもふわわんになっていく。
アナが思うに、皆がいる今の世界はとてもカラフルできらきら輝いてて、だーい好きなんだな!
fin.
9月の誕生石:サファイア
2018/09/13 公開
アナがまだ小さかった頃、世界は灰色だった。
周りの大人たちは難しい顔でアナを見ていた。
初めて会ったような大人たちは、好奇の目で。
家族は、忌まわしいものを見るような目で。
じとじと、ずきずき。
アナの中にある「何か」を狙い見定める視線。
それが何なのかは説明されなかったけれど…
アナには分かった。感じ取ってしまった。
体のかたち、心のかたち、――脳のかたち。
大人たちにとってそれは得がたい宝物で。
でも身近な人間にとっては戸惑うもので。
厄介事を運んでくる迷惑なもの。
二つの思いに挟まれて、アナは苦しかった。
どうすることもできなかった。
たぶん、従いたくなかったんだと思う。
アナの中で警報が鳴っていたから。
だけどそれを堂々と言うことはできない。
言ったら、とげとげの視線が突き刺さる。
ぴりぴりの空気には耐えられなかった。
それから、アナは動けなくなった。
体ではなく心が動かなくなった。
何も感じない、何も思わない。
伝えたいことがないから言葉も出てこない。
まるで感情が無くなる魔法だった。
でもお姉ちゃんだけは、そばにいてくれた。
絵を描くのが上手なイヴお姉ちゃん。
アナのことをいつも気にかけてくれた。
アナが動けなくても、話しかけてくれた。
ある時、イヴはアナにそっと教えてくれた。
凍えた心がぽかぽかになるおまじない。
『ほわわん、ふわわん』
お姉ちゃんは何度も何度も唱えてくれた。
重くて冷たい殻の中まで響くように。
灰色の世界を鮮やかな色で染めるように。
後ろから抱き締めて優しく包み込むように。
陽だまりみたいにあったかい、魔法の言葉。
それはじんわりと、心の隅の氷を溶かした。
思うに、その時初めて気付いたの。
アナの心が凍えてしまっていたことに。
いつの間にか笑顔を忘れていたことに。
おまじないが本当だったことに。
イヴだけはアナに嘘をつかなかったことに。
もっと温まりたくて、アナはねだった。
ほわわんの絵を描いて…って。
イヴは描いてくれた。アナのために。
少し悩みながらも一生懸命に。
力強く、でも優しく丁寧に。
いろんな色のクレヨンを休みなく動かして。
月が空の一番上に昇るまで、時間をかけて。
「…できた!はい、アナ」
イヴは微笑んで、アナに絵を向けてくれた。
優しい動物さんたちと、中心にアナがいる。
皆が笑顔で一緒にいる絵。
ほわほわふわふわがいっぱい詰まってる絵。
「わぁ…!ほわわん、ふわわん!」
温かくて楽しい気持ちが心の中に広がる。
おまじないの言葉を言えばまた嬉しくなる。
イヴの、アナへの思いが伝わってきて…
アナはすぐに笑顔を思い出せた。
「…それから、アナは絵も動物さんも大好きになったんだな」
アナが優しく語りかけると、猫友は嬉しそうに両目をゆっくりと瞑った。そっと一撫でしてから、アトリエの入り口に近いほうの壁を眺める。アナの今まで描いた絵が並べてある場所。
「今のアナがいるのはイヴのおかげ。ここに来てからもたくさん描いてきたけど…イヴのほわほわふわふわには、これからもずっと敵わない」
きっと、この先ずっと。
思うにそれは悔しいことじゃなくて、むしろ誇らしいこと。アナはイヴの絵が大好きだから。
すると、廊下から突然聞こえてくるたくさんの足音。どれも皆、アナのアトリエに向かってくる。だからアナは、びくりと怯えた猫友を優しく宥めながら待ってみる。
戸が開けられて、一番に入ってきたのはノノハだった。
「あっ、いたいた!アナ、誕生日おめでとう!」
「天才テラスに顔出さねーから呼びに来ちまったぜ」
「せっかくのノノハ特製バースデーケーキ、いらねぇなら俺様が全部食べちまおうか?」
「ガリレオねぇ、冗談でもそういう事言わないの!」
「POGからはパズルのプレゼントも用意してあるからね。どれも図形を使った問題さ」
「そうそう。誕生日なんだし、僕もカイトを一日貸してあげるよ?」
サファイアみたいに誠実な心を持った、アナの友達。
皆向いている方向は同じだけど、心のかたちは全然違う。性格も、好きなものも、パズルの解き方も。
でもきっと、それがいいの。
ピンク、ブルー、ブラック、バイオレット、グリーン、ホワイト。サファイアにいろんな色があるように。いろんな色があっても皆サファイアと呼ばれるように。
そう思うアナの気持ちが伝わったのか、猫友も次第に慣れてリラックスしていく。ノノハが気付いてアナの後ろからそっと覗き込んでも、猫友は逃げなかった。
「えーと、猫友…?」
「うん、少しお喋りしてたんだな。アナの誕生日だから」
「誕生日にする話…?」
「祝ってもらってたのか?」
キューたろうとギャモンが不思議そうに顔を見合わせる。喋っていたのはアナの方なんだけどな、と思ったけれどそれを言う前にカイトが笑った。
「やっぱりアナには敵わねーな」
カイトの笑顔はとても楽しそうで、皆の笑顔も宝石のようにきらきらしていて。皆の思いと綺麗な色を受け取って、アナの気持ちはとーってもふわわんになっていく。
アナが思うに、皆がいる今の世界はとてもカラフルできらきら輝いてて、だーい好きなんだな!
fin.
9月の誕生石:サファイア
2018/09/13 公開
21/91ページ