Phi-Brain
同じ思い出
カイトと最近仲良くなった仲間たちは、今日も揃って大騒ぎしている。カイトとギャモン君は早食い・大食い対決、キューちゃんはカイトの脳波を調べながらカイトを応援していて、アナは絵を描きながら何やら構想を練っているらしい。四人とも称号を持つ天才と言われるのに、ここまで好き勝手やられると本当に称号持ちなのか怪しくなる。この貸し切り状態の食堂第一テラス――通称天才テラスだって、本当は周りを顧みず迷惑をかけそうな変人たちを隔離するためのものかもしれないとさえ思えてきた。
…でも、パズルだけはすごいのよね。
知恵の輪を弄っていた手を止める。私にはどうやっても解けないけれど、カイトならあっさり解いてしまうんだろう。きっとギャモン君も、キューちゃんもアナも。
諦めて知恵の輪を置いたテーブルには、皆の持ち物もまとめて置いてあった。と言ってもキューちゃんのパソコンやアナのスケッチブックはそれぞれの手元に戻っているから、今そこにあるのはギャモン君のバイクの鍵と…透明な袋に入った私のクッキー。さっき家庭科の授業で作ったばかりのものだ。
カイトは同じクラスだけど、今日の調理実習には参加していなかった。単位を落とさないように必要最低限の回数で実習には来るものの、それ以上はどうも参加する気配がない。まぁ、座学の方が良いのかというとそれも微妙で、席に座ってさえいればいいから聞き流している可能性も否めないけれど。
クッキーの袋を手に取って、数秒見つめる。
昔、初めて作った時は美味しくなかったかもしれないけれど。
高校生になった今は、上手に作れた自信がある。
調理実習で示されたレシピの通りに作って、完成した後は班の皆で食べたもの。それなりに好評だったから、塩と砂糖を間違えたなんてミスもない。
「…カイト。家庭科で作ったクッキー」
袋を掴んでカイトの方に差し出す。
しかし、まだ距離がだいぶあるのにカイトは顔を引きつらせた。
「うぅっ!?ノノハスイーツ…!?」
「ノノハスイーツ?」
カイトの呻き声を聞いて、キューちゃんとギャモン君が不思議そうに繰り返した。
あからさまに嫌そうなその反応だけで拒否されたと私にも分かるのに、カイトは追い討ちのように呼びかける。
「近付くな、危ねぇぞ!?」
「何それ、失礼ね!」
まるで触れるだけで爆発するかのような物言いに、期待を粉々にされたショックよりも先に怒りが言葉に乗ってしまう。それでもカイトは、自分は悪くないと言わんばかりに私に言う。
「お前、忘れたのかよ!?」
その言葉だけで何を指しているのかが分かった。
忘れたわけないじゃない。あの時はもう、私はパズルが解けなくなっていたんだから。
お父さんとお母さんと三人でパズルの旅行に行くんだ、と嬉しそうに言っていたカイトだったのに、帰ってきた時には一人だけで、悲しい顔で、つらそうで。もう涙も流し尽くしてしまった頃にお葬式が始まった。私もおじさんとおばさんにはお世話になっていたから両親と共に参加した、けれど。式が一通り終わって知らない大人たちが難しい話をしている間に、カイトはそっと抜け出していた。私も静かに追いかけると、カイトは外で寂しそうに座っていて。
元気のないその姿に、私はポケットに入れて持ってきていた手作りのクッキーをそっと渡した。
『カイトのために作ったの。食べて元気出して』
『ありがとう…』
カイトは袋を受け取ると、その中の一つを摘まんで口に入れる。もぐもぐと咀嚼して…そこまでは普通だったのに、その後は急に青ざめて、それでも口の中の物は出さず頬張ったままごろんと横に倒れた。
『ん、どうしたの?カイト』
尋ねても返事はない。
でもマズイとは言わないし、吐き出さない。
『おいしかった?ねぇ、おいしかったんでしょ!?カイト!ちょっと、カイト!』
マズイとは言わないけれど美味しいとも言わず返事もしないカイトに、最後の方は語気が強くなる。
と、倒れていたカイトが突然、我に返ったかのように起き上がって反論した。
『まっずー!こんなもの食えるかーっ!うぇー、死ぬー…』
『ちょっとぉ、失礼じゃない!』
言うだけでは飽き足らず、吐き出す真似をするカイト。だけど本当に吐き出したわけじゃなくて、一応口に入れた分は食べてくれたみたいで。
そして何よりも…いつも遊んでいる時みたいな遠慮のない言葉が聞けたことに、私は怒るフリをしながらもすごく安心して嬉しくなった。
「あの時はマジで危なかった…!」
私の気持ちをよそに、カイトは被害者のように同じ思い出を語る。
だけど私はちゃんと覚えているんだよ。カイトがあの時、少しだけだったとしてもちゃんと食べてくれたこと。
「照れちゃって、もー。あまりのおいしさに泣き止んだくせに」
「んなわけあるか!」
怒り気味に入った幼馴染みのツッコミも、同じ思い出を共有している私には気分を害するどころか、カイトが勝手に照れているだけにしか見えない。
それに昔は失敗したとしても今回はレシピ通り作ったんだもの、美味しくないはずがない。仮に私の作るレシピが駄目だったとしても、これは班の皆が同じレシピで作ったものでちゃんと試食もしたんだから。第三者に証明してもらうべく、私は袋の口を開けてキューちゃんにクッキーを差し出した。
fin.
(なんだかんだで優しいカイト。)
2018/08/13 公開
カイトと最近仲良くなった仲間たちは、今日も揃って大騒ぎしている。カイトとギャモン君は早食い・大食い対決、キューちゃんはカイトの脳波を調べながらカイトを応援していて、アナは絵を描きながら何やら構想を練っているらしい。四人とも称号を持つ天才と言われるのに、ここまで好き勝手やられると本当に称号持ちなのか怪しくなる。この貸し切り状態の食堂第一テラス――通称天才テラスだって、本当は周りを顧みず迷惑をかけそうな変人たちを隔離するためのものかもしれないとさえ思えてきた。
…でも、パズルだけはすごいのよね。
知恵の輪を弄っていた手を止める。私にはどうやっても解けないけれど、カイトならあっさり解いてしまうんだろう。きっとギャモン君も、キューちゃんもアナも。
諦めて知恵の輪を置いたテーブルには、皆の持ち物もまとめて置いてあった。と言ってもキューちゃんのパソコンやアナのスケッチブックはそれぞれの手元に戻っているから、今そこにあるのはギャモン君のバイクの鍵と…透明な袋に入った私のクッキー。さっき家庭科の授業で作ったばかりのものだ。
カイトは同じクラスだけど、今日の調理実習には参加していなかった。単位を落とさないように必要最低限の回数で実習には来るものの、それ以上はどうも参加する気配がない。まぁ、座学の方が良いのかというとそれも微妙で、席に座ってさえいればいいから聞き流している可能性も否めないけれど。
クッキーの袋を手に取って、数秒見つめる。
昔、初めて作った時は美味しくなかったかもしれないけれど。
高校生になった今は、上手に作れた自信がある。
調理実習で示されたレシピの通りに作って、完成した後は班の皆で食べたもの。それなりに好評だったから、塩と砂糖を間違えたなんてミスもない。
「…カイト。家庭科で作ったクッキー」
袋を掴んでカイトの方に差し出す。
しかし、まだ距離がだいぶあるのにカイトは顔を引きつらせた。
「うぅっ!?ノノハスイーツ…!?」
「ノノハスイーツ?」
カイトの呻き声を聞いて、キューちゃんとギャモン君が不思議そうに繰り返した。
あからさまに嫌そうなその反応だけで拒否されたと私にも分かるのに、カイトは追い討ちのように呼びかける。
「近付くな、危ねぇぞ!?」
「何それ、失礼ね!」
まるで触れるだけで爆発するかのような物言いに、期待を粉々にされたショックよりも先に怒りが言葉に乗ってしまう。それでもカイトは、自分は悪くないと言わんばかりに私に言う。
「お前、忘れたのかよ!?」
その言葉だけで何を指しているのかが分かった。
忘れたわけないじゃない。あの時はもう、私はパズルが解けなくなっていたんだから。
お父さんとお母さんと三人でパズルの旅行に行くんだ、と嬉しそうに言っていたカイトだったのに、帰ってきた時には一人だけで、悲しい顔で、つらそうで。もう涙も流し尽くしてしまった頃にお葬式が始まった。私もおじさんとおばさんにはお世話になっていたから両親と共に参加した、けれど。式が一通り終わって知らない大人たちが難しい話をしている間に、カイトはそっと抜け出していた。私も静かに追いかけると、カイトは外で寂しそうに座っていて。
元気のないその姿に、私はポケットに入れて持ってきていた手作りのクッキーをそっと渡した。
『カイトのために作ったの。食べて元気出して』
『ありがとう…』
カイトは袋を受け取ると、その中の一つを摘まんで口に入れる。もぐもぐと咀嚼して…そこまでは普通だったのに、その後は急に青ざめて、それでも口の中の物は出さず頬張ったままごろんと横に倒れた。
『ん、どうしたの?カイト』
尋ねても返事はない。
でもマズイとは言わないし、吐き出さない。
『おいしかった?ねぇ、おいしかったんでしょ!?カイト!ちょっと、カイト!』
マズイとは言わないけれど美味しいとも言わず返事もしないカイトに、最後の方は語気が強くなる。
と、倒れていたカイトが突然、我に返ったかのように起き上がって反論した。
『まっずー!こんなもの食えるかーっ!うぇー、死ぬー…』
『ちょっとぉ、失礼じゃない!』
言うだけでは飽き足らず、吐き出す真似をするカイト。だけど本当に吐き出したわけじゃなくて、一応口に入れた分は食べてくれたみたいで。
そして何よりも…いつも遊んでいる時みたいな遠慮のない言葉が聞けたことに、私は怒るフリをしながらもすごく安心して嬉しくなった。
「あの時はマジで危なかった…!」
私の気持ちをよそに、カイトは被害者のように同じ思い出を語る。
だけど私はちゃんと覚えているんだよ。カイトがあの時、少しだけだったとしてもちゃんと食べてくれたこと。
「照れちゃって、もー。あまりのおいしさに泣き止んだくせに」
「んなわけあるか!」
怒り気味に入った幼馴染みのツッコミも、同じ思い出を共有している私には気分を害するどころか、カイトが勝手に照れているだけにしか見えない。
それに昔は失敗したとしても今回はレシピ通り作ったんだもの、美味しくないはずがない。仮に私の作るレシピが駄目だったとしても、これは班の皆が同じレシピで作ったものでちゃんと試食もしたんだから。第三者に証明してもらうべく、私は袋の口を開けてキューちゃんにクッキーを差し出した。
fin.
(なんだかんだで優しいカイト。)
2018/08/13 公開
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