Phi-Brain

nightmare

記憶の奥の奥に封じ込めていた、最大の悪夢。
あのゴンドラがただの移動手段ではなくて、何らかのギミックがあることには気付けていた。そうでなければ、あれほど幾つものゴンドラを用意する必要はないから。
それなのに。気付けていたのに。



ディスクタワー、ストーンヘンジ。それだけじゃない、さっき通ってきた通路から見えたのは、タングラム、ハノイの塔といったプレートの掛けられたたくさんの部屋。
この場所にあるパズルは、どれも俺の好きなパズルだ。イギリスにいた頃、忘れられないあの夏に楽しんだものばかり。懐かしくて、永遠に続いてほしいほど愛おしくて、だけど一瞬で奪われてしまった虚しさも共にある、あの場所、あの時間。
今はギャモンが解いているが、元々指名されたのは俺で、来てみれば俺の思い入れのあるパズルばかり。こんな偶然はあり得るのか。疑問が徐々に違和感へと変わっていき…それはこの部屋に入った途端、ぞくりとした恐怖になった。

明るい照明と無機質な壁。今ここは、暗い洞窟なんかではなくて、目の前にあるものもゴンドラではなく青く光るプレートで。

…違う。
これはさっきまでのパズルとは違う。思い入れは強いけれど、意味合いが違う。
どうして、このパズルがここに――

衝撃を受ける俺をよそに、ギャモンがノノハを連れてパズルへ向かっていく。一応ギャモンからは解いてみるか訊かれたが、解く気にはなれなかった。
このパズルは、最初のプレートの動きで灯りの法則性と先にあるプレートの落下が、二枚目のプレートであみだくじのルールが判明する。それらが分かってしまえば後は順番に解いていくだけ、なのに。
嫌な予感がする。いや、予感なんてものじゃなくてもっと確信に近いような…
俺が呆然としている間にも、二人は順調に解き進めていく。時々雑談を挟みながら。
二人が俺のいる岸に戻ってきた。でもまだパズルは終わりじゃない。メモを確認するノノハの手を引いて、ギャモンが再びプレートに向かっていく。

「ほら、あっちだ!」
「あっ、うん…!」

二人の繋いだ手と、少しだけこちらを気にして振り返るノノハ。
まるであの時と同じだ。パズルを解き進める父さん、パズル中も俺の様子を気にする母さん。
そして、ノノハの足元にプレートの灯りは一つだけ。ゴンドラの灯も一つだけ。
「僕」を置いて、進んでいく二人。
ルールも規則性も分かっていて、解き方だって的外れじゃなかった、はずなのに。



二人の乗っていた灯が消える。
ぶつりと紐の切れる音。
慌てて伸ばした手は空を切る。

目を見開いた瞬間、プレートから落ちていく二人の姿が映る。



繋いだ手すらも、記憶と重なって見えた。
父さんは最後まで母さんの肩を抱いたままだ。二人は昔から仲が良かったから。
「いいかカイト、男は女を守るんだぞ」
「ふふっ、それならカイトも強くならなきゃね」
そんな他愛もない会話がフラッシュバックする。

罪悪感、喪失感、絶望。
落ちていく二人。
叫んでも反響するだけで届かない声。
こんな光景、二度と見たくない。
こんな思いをするくらいなら、もう…!

「パズルなんて…、なくなっちゃえばいいんだ…っ!」

視界の左側から黒い光が侵食していく。腕輪が光っているだけだ、そう自分に言い聞かせようとしても、その黒に視界がすべて飲み込まれてしまいそうで、怖い。
押し込めて封じていたはずの悪夢は、いとも簡単に引っ張り出されてしまった。



fin.

2018/08/01 公開
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