Phi-Brain
Now or Never
夢を見ていた。
閉ざされた世界で、僕とカイトが走っている夢。
僕が逃げて、カイトが追いかける。子どもの頃からずっと願っていたように、二人で楽しく遊ぶ夢。僕はカイトと一緒だと楽しくて、カイトも無邪気に笑っている。僕のママがもういないことも、カイトがルークと別れた悲劇も、まるで全部忘れてしまえたみたいに。
…これはパズルだ。ほとんど直感でそう思った。きっとこれは、未来。僕とカイトがもうすぐ行う神のパズル。
パズルを提示すれば、カイトはきっと解こうとしてくれる。それが危険な愚者のパズルだろうと、約束を破った者に与えられる裁きのパズルだろうと、二人のファイ・ブレインが命をかけて行う神のパズルだろうと。
しかし、 夢に出てきたこれは今までのパズルとは違う。時間制限も手番もない対戦型パズル。
例えばカイトとルークが対決した神のパズルは、足場の組み木パズルが崩れ落ちるまでに解かなければならなかった。僕が最初に仕掛けた鏡の迷路もそう。ナイトの駒の動きで陣地を取るライトニング・ポジションや、スライダー・ボードを動かして中央のパネルを目指すリンク・スライダーは、順番を交代しながら進めていくパズルだった。それらはどれも「早くゴールに着く、陣地を広げる」などといった目的が明確で、相手の動きを見ながらも自分は自分で、その目的に近付いていけばいい。
だが今回の神のパズルはそれができない。目的が「姿の見えない、移動する相手」だからね。
つまりは答えのない、解けないパズルさ。正確には、ルール上は解けるが実際に挑戦すると解けないパズル、とでも言っておこうか。
カイトは夢の中で、それを解こうと必死に走る。でも解けないんだよねぇ。そのうち、それが楽しくなってくる。カイトは解けそうにない難しいパズルに出会った時、それを面白くて楽しいパズルだと感じるから。そうやって僕たちは永遠にパズルをするんだ。
あぁ、楽しみだなぁ。やっと望んでいた世界が手に入る。クロンダイクのように今ある世界を征服するつもりは毛頭ないけれど、ただ僕とカイトだけの世界が欲しいと思っているんだ。オルペウス・オーダーもカイトの仲間もホイストもママもいない、二人きりの閉じた世界。
しかし完璧だと思っていた夢には、一つだけ僕の予期しない事象が紛れ込んでいた。
――井藤ノノハ。
留学でクロスフィールド学院に来たカイトが日本に残した幼なじみ。そして今はカイトの最も近いところにいる存在。パズルは一切解けないけれど、きっと彼女を奪ったらカイトは真っ先に取り返しに来るだろう。
その彼女が今、僕の夢の中で泣いている。結わえていた髪をさらりとほどいて、膝をついたまま崩れ落ちるように涙を流す。
なぜ、僕とカイトだけの世界に彼女がいる。
何を思って、泣いている。
そう思った瞬間、世界が反転した。
白が黒に、正解が間違いに、僕の上下がカイトと逆に。差し伸べられた善意が悪意に思えるような虚構だらけの世界で、彼女が泣き叫ぶ。
…なんで、どうして…!?何も感じないの!?
君のママは、レプリカ・リングの――
あぁもう、うるさいなぁ。
まがいものの記憶なんか、とっくに色褪せてしまったんだよ。君も知っているだろう?幸せな偽物の過去も大嫌いな本物の過去も、僕はもういらないから捨てたんだ。どうして君はまた、僕に嫌なことを思い出させるんだい?
僕が煩わしいその涙を睨んだ、その時。
…私は、ずっとそこにいるよ。
世界が君とカイトだけになっても、私はずっと見守っている。
最後まで、絶対に――
決意に満ちた彼女の声が、僕の脳裏に響く。
僕が好きだったママのような、強くて優しい声。
どうして、どうして。
「…分かったよ。それなら何もできずに見ているといいさ。パズルの解けない君には、ファイ・ブレインになった僕たちのことは止められない」
静かに呟いて目を開ける。周りはもう夢の中でも何でもない、ベッドと机だけが置かれた広い部屋だった。壁紙や絨毯、家具の細かな装飾から、多少シンプルにはしてあるけれど高級なものだと分かる。おそらくレーベンヘルツ財団、クロンダイクの所有する建物の一室だ。彼は僕の本物にしたレプリカ・リングを欲しがっているから。
…でも、僕の見た未来に彼はいなかった。つまりは、そういうこと。
「今が好機かもしれないね」
今動かなければ、もう二度とチャンスは巡ってこないだろう。
クロンダイクは僕が眠っている間にカイトとの接触を図っているはずだ。もちろん僕のリングを奪えば話は早いのだけど、他人の腕にはまったリングを簡単に奪い取れないことは、メランコリィが腕輪と契約した時にクロンダイクも分かっている。奪い取るとしたらそれこそファイ・ブレイン同士で戦って衰弱させるしかないんじゃないかな?レプリカがどうかは知らないけれど本物のリングはそこで壊れることも多いし、自分も倒れるかもしれない諸刃の剣だけどね。じゃあなぜクロンダイクが僕を隔離したかといえば、僕を人質にカイトを呼び込むためか、ファイナル・リングを作り上げた「実験体」を管理しておきたいのか、もしくは早いうちに僕を倒してリングを持つ存在を自分だけにするためか。いずれにせよ、僕が動けばその運命は崩れる。
部屋に掛けられた時計が一秒ずつ時を刻んでいく。未来だったものがどんどん現在になっていく。それが面白くて、僕は口角を上げた。
もうすぐ、僕の見た未来が現実になる。カイトと永遠にパズルができる。
さぁ、遊ぼうよ、カイト。
fin.
(題名は2期OPから。)
2018/07/12 公開
夢を見ていた。
閉ざされた世界で、僕とカイトが走っている夢。
僕が逃げて、カイトが追いかける。子どもの頃からずっと願っていたように、二人で楽しく遊ぶ夢。僕はカイトと一緒だと楽しくて、カイトも無邪気に笑っている。僕のママがもういないことも、カイトがルークと別れた悲劇も、まるで全部忘れてしまえたみたいに。
…これはパズルだ。ほとんど直感でそう思った。きっとこれは、未来。僕とカイトがもうすぐ行う神のパズル。
パズルを提示すれば、カイトはきっと解こうとしてくれる。それが危険な愚者のパズルだろうと、約束を破った者に与えられる裁きのパズルだろうと、二人のファイ・ブレインが命をかけて行う神のパズルだろうと。
しかし、 夢に出てきたこれは今までのパズルとは違う。時間制限も手番もない対戦型パズル。
例えばカイトとルークが対決した神のパズルは、足場の組み木パズルが崩れ落ちるまでに解かなければならなかった。僕が最初に仕掛けた鏡の迷路もそう。ナイトの駒の動きで陣地を取るライトニング・ポジションや、スライダー・ボードを動かして中央のパネルを目指すリンク・スライダーは、順番を交代しながら進めていくパズルだった。それらはどれも「早くゴールに着く、陣地を広げる」などといった目的が明確で、相手の動きを見ながらも自分は自分で、その目的に近付いていけばいい。
だが今回の神のパズルはそれができない。目的が「姿の見えない、移動する相手」だからね。
つまりは答えのない、解けないパズルさ。正確には、ルール上は解けるが実際に挑戦すると解けないパズル、とでも言っておこうか。
カイトは夢の中で、それを解こうと必死に走る。でも解けないんだよねぇ。そのうち、それが楽しくなってくる。カイトは解けそうにない難しいパズルに出会った時、それを面白くて楽しいパズルだと感じるから。そうやって僕たちは永遠にパズルをするんだ。
あぁ、楽しみだなぁ。やっと望んでいた世界が手に入る。クロンダイクのように今ある世界を征服するつもりは毛頭ないけれど、ただ僕とカイトだけの世界が欲しいと思っているんだ。オルペウス・オーダーもカイトの仲間もホイストもママもいない、二人きりの閉じた世界。
しかし完璧だと思っていた夢には、一つだけ僕の予期しない事象が紛れ込んでいた。
――井藤ノノハ。
留学でクロスフィールド学院に来たカイトが日本に残した幼なじみ。そして今はカイトの最も近いところにいる存在。パズルは一切解けないけれど、きっと彼女を奪ったらカイトは真っ先に取り返しに来るだろう。
その彼女が今、僕の夢の中で泣いている。結わえていた髪をさらりとほどいて、膝をついたまま崩れ落ちるように涙を流す。
なぜ、僕とカイトだけの世界に彼女がいる。
何を思って、泣いている。
そう思った瞬間、世界が反転した。
白が黒に、正解が間違いに、僕の上下がカイトと逆に。差し伸べられた善意が悪意に思えるような虚構だらけの世界で、彼女が泣き叫ぶ。
…なんで、どうして…!?何も感じないの!?
君のママは、レプリカ・リングの――
あぁもう、うるさいなぁ。
まがいものの記憶なんか、とっくに色褪せてしまったんだよ。君も知っているだろう?幸せな偽物の過去も大嫌いな本物の過去も、僕はもういらないから捨てたんだ。どうして君はまた、僕に嫌なことを思い出させるんだい?
僕が煩わしいその涙を睨んだ、その時。
…私は、ずっとそこにいるよ。
世界が君とカイトだけになっても、私はずっと見守っている。
最後まで、絶対に――
決意に満ちた彼女の声が、僕の脳裏に響く。
僕が好きだったママのような、強くて優しい声。
どうして、どうして。
「…分かったよ。それなら何もできずに見ているといいさ。パズルの解けない君には、ファイ・ブレインになった僕たちのことは止められない」
静かに呟いて目を開ける。周りはもう夢の中でも何でもない、ベッドと机だけが置かれた広い部屋だった。壁紙や絨毯、家具の細かな装飾から、多少シンプルにはしてあるけれど高級なものだと分かる。おそらくレーベンヘルツ財団、クロンダイクの所有する建物の一室だ。彼は僕の本物にしたレプリカ・リングを欲しがっているから。
…でも、僕の見た未来に彼はいなかった。つまりは、そういうこと。
「今が好機かもしれないね」
今動かなければ、もう二度とチャンスは巡ってこないだろう。
クロンダイクは僕が眠っている間にカイトとの接触を図っているはずだ。もちろん僕のリングを奪えば話は早いのだけど、他人の腕にはまったリングを簡単に奪い取れないことは、メランコリィが腕輪と契約した時にクロンダイクも分かっている。奪い取るとしたらそれこそファイ・ブレイン同士で戦って衰弱させるしかないんじゃないかな?レプリカがどうかは知らないけれど本物のリングはそこで壊れることも多いし、自分も倒れるかもしれない諸刃の剣だけどね。じゃあなぜクロンダイクが僕を隔離したかといえば、僕を人質にカイトを呼び込むためか、ファイナル・リングを作り上げた「実験体」を管理しておきたいのか、もしくは早いうちに僕を倒してリングを持つ存在を自分だけにするためか。いずれにせよ、僕が動けばその運命は崩れる。
部屋に掛けられた時計が一秒ずつ時を刻んでいく。未来だったものがどんどん現在になっていく。それが面白くて、僕は口角を上げた。
もうすぐ、僕の見た未来が現実になる。カイトと永遠にパズルができる。
さぁ、遊ぼうよ、カイト。
fin.
(題名は2期OPから。)
2018/07/12 公開
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