Phi-Brain
変人の仲間は変人か?
学業と芸能活動を両立させるのは大変だ。別に授業についていけないわけじゃないけれど、思ったよりも授業が進んでいて驚くこともあるし、仕事の休憩時間に一人で練習問題を解いたり予習をしたりすることも多い。√学園に転入したことで以前よりも学校に顔を出すようにはなったけれど、そのぶん目の前で騒がれることも増えた。もっともそれはファンがいるという証明でもあるし、そんな時は『アイドル・姫川エレナ』としてファンサービスの掛け声と営業スマイルでやり過ごすのだけれど。
その忙しい合間を縫って天才テラスへ来てみれば、テーブル席の方で相変わらず大食い対決をしている二人に、それをパソコンのデータや絵で記録する二人。大きなテーブルに集まる称号持ち四人を視界に捉えて、思わず溜め息が零れた。
彼らは階段を上がってきた私に気付いて一斉に顔を上げたけれど、挨拶もそこそこにすぐ元通り、それぞれのやっていたことを再開した。私の来訪も彼らの中では今や特に珍しいものでもなくなった…と言えば聞こえは良いけれど、この超売れっ子アイドルが無視されるなんてなんだかカチンとくる。
ただ一人、学園から正式には称号を与えられていないその子だけは天才テラスの中でも通路を挟んで反対側の、ソファーのある方にいた。私に気付くと微笑んで、近くに来るように促してくれる。私も素直に従ってソファーに座った。苛立った気持ちを抑えきれず、わざとテーブル席の四人にも聞こえる声量で言う。
「バッカじゃないの!?せっかくこのエレナ様が来てあげたっていうのに」
…しかし少し待ってみても、四人からの反応は無い。それどころかまるで聞こえていないかのような騒がしさで、それぞれ目の前のことに没頭している。怒りよりも落胆が勝って肩を落とすと、ふとさっきのセリフが負け惜しみのようだと思えてきた。ちらりとノノハの方を窺うと、彼女は特に気にする様子もなく困ったように笑う。
「あはは…皆慣れちゃったのかも。それぞれの物を没収すれば止まると思うけど」
「いいわよ、そこまでしなくても。ただ、この光景を見ると本当に天才なのかって疑わしくなるわ」
「あー、それ分かる!天才ってバカの代名詞なんじゃないかって思うわよね!」
うんうんと何度も頷いて同意してくれるノノハはこの空間で唯一の味方、常識人のようだ…けれど。
私は思わず半眼になりながら、確認のように訊く。
「…あなた、何そんなに並べてるの?」
「あぁこれ?皆デザートまだだからさ、用意しておこうと思って。よければ一緒にどう?あっそうだ、私たちだけで先に食べちゃおっか!」
「うん、ありがたいけど…こんなにたくさん必要かしら…?」
視界の中心には、ソファーの前の小さなテーブルに所狭しと並ぶスイーツたち。フルーツ入りのロールケーキ、チョコレートのかかったドーナツ、そして定番のマドレーヌ。詳しくは知らないけれどレシピは全部違うはずで、素人が一度に作れるものじゃない。ケーキとマドレーヌが同時にある時点でオーブンはフル活用だろうし、確かドーナツは油で揚げて作るもの。それに、ケーキの生クリームを泡立てながらドーナツに使うチョコレートの湯煎はできるのだろうか。
ノノハは何も疑問に思っていないのか笑顔で私の問いに律儀に答える。
「だって普通の高校生ならきっと、お菓子パーティーとかするでしょ?カイトたちが普通かどうかはともかくとしても!」
「いや、よく知らないけどそれって皆で少しずつ持ち寄りじゃない…?」
「そう?でもカイトたちってば、なかなか持ってきてくれないからなぁ…。じゃあそのぶん私が用意してるってことで!」
「……」
こんなにキラキラした純粋さ抜群の笑顔で言われて、一体誰がこれ以上否定できるかしら。
これだけのスイーツを用意できて平然としている彼女の異常性を指摘する気も失せてしまった。そもそも√学園は「人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」と言われるほど自由な校風で、彼女の行動は誰にも迷惑をかけていない。彼女自身も負担に思っていないどころか、自ら進んでやるほど楽しそうでもあるくらいだ。それなら私がわざわざ口を出してまで止める必要は無い。
…√学園の称号はファイ・ブレインの可能性を持つ生徒に贈られるもので彼女のそれは正式なものではないけれど、さすが一部で「ナイチンゲールの称号」と言われてるだけあるわ。
冠番組の楽屋でも滅多にお目にかかれない量のスイーツを眺めながら、私はここへ来た時と同じように溜め息を落とした。
fin.
2018/06/14 公開
学業と芸能活動を両立させるのは大変だ。別に授業についていけないわけじゃないけれど、思ったよりも授業が進んでいて驚くこともあるし、仕事の休憩時間に一人で練習問題を解いたり予習をしたりすることも多い。√学園に転入したことで以前よりも学校に顔を出すようにはなったけれど、そのぶん目の前で騒がれることも増えた。もっともそれはファンがいるという証明でもあるし、そんな時は『アイドル・姫川エレナ』としてファンサービスの掛け声と営業スマイルでやり過ごすのだけれど。
その忙しい合間を縫って天才テラスへ来てみれば、テーブル席の方で相変わらず大食い対決をしている二人に、それをパソコンのデータや絵で記録する二人。大きなテーブルに集まる称号持ち四人を視界に捉えて、思わず溜め息が零れた。
彼らは階段を上がってきた私に気付いて一斉に顔を上げたけれど、挨拶もそこそこにすぐ元通り、それぞれのやっていたことを再開した。私の来訪も彼らの中では今や特に珍しいものでもなくなった…と言えば聞こえは良いけれど、この超売れっ子アイドルが無視されるなんてなんだかカチンとくる。
ただ一人、学園から正式には称号を与えられていないその子だけは天才テラスの中でも通路を挟んで反対側の、ソファーのある方にいた。私に気付くと微笑んで、近くに来るように促してくれる。私も素直に従ってソファーに座った。苛立った気持ちを抑えきれず、わざとテーブル席の四人にも聞こえる声量で言う。
「バッカじゃないの!?せっかくこのエレナ様が来てあげたっていうのに」
…しかし少し待ってみても、四人からの反応は無い。それどころかまるで聞こえていないかのような騒がしさで、それぞれ目の前のことに没頭している。怒りよりも落胆が勝って肩を落とすと、ふとさっきのセリフが負け惜しみのようだと思えてきた。ちらりとノノハの方を窺うと、彼女は特に気にする様子もなく困ったように笑う。
「あはは…皆慣れちゃったのかも。それぞれの物を没収すれば止まると思うけど」
「いいわよ、そこまでしなくても。ただ、この光景を見ると本当に天才なのかって疑わしくなるわ」
「あー、それ分かる!天才ってバカの代名詞なんじゃないかって思うわよね!」
うんうんと何度も頷いて同意してくれるノノハはこの空間で唯一の味方、常識人のようだ…けれど。
私は思わず半眼になりながら、確認のように訊く。
「…あなた、何そんなに並べてるの?」
「あぁこれ?皆デザートまだだからさ、用意しておこうと思って。よければ一緒にどう?あっそうだ、私たちだけで先に食べちゃおっか!」
「うん、ありがたいけど…こんなにたくさん必要かしら…?」
視界の中心には、ソファーの前の小さなテーブルに所狭しと並ぶスイーツたち。フルーツ入りのロールケーキ、チョコレートのかかったドーナツ、そして定番のマドレーヌ。詳しくは知らないけれどレシピは全部違うはずで、素人が一度に作れるものじゃない。ケーキとマドレーヌが同時にある時点でオーブンはフル活用だろうし、確かドーナツは油で揚げて作るもの。それに、ケーキの生クリームを泡立てながらドーナツに使うチョコレートの湯煎はできるのだろうか。
ノノハは何も疑問に思っていないのか笑顔で私の問いに律儀に答える。
「だって普通の高校生ならきっと、お菓子パーティーとかするでしょ?カイトたちが普通かどうかはともかくとしても!」
「いや、よく知らないけどそれって皆で少しずつ持ち寄りじゃない…?」
「そう?でもカイトたちってば、なかなか持ってきてくれないからなぁ…。じゃあそのぶん私が用意してるってことで!」
「……」
こんなにキラキラした純粋さ抜群の笑顔で言われて、一体誰がこれ以上否定できるかしら。
これだけのスイーツを用意できて平然としている彼女の異常性を指摘する気も失せてしまった。そもそも√学園は「人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」と言われるほど自由な校風で、彼女の行動は誰にも迷惑をかけていない。彼女自身も負担に思っていないどころか、自ら進んでやるほど楽しそうでもあるくらいだ。それなら私がわざわざ口を出してまで止める必要は無い。
…√学園の称号はファイ・ブレインの可能性を持つ生徒に贈られるもので彼女のそれは正式なものではないけれど、さすが一部で「ナイチンゲールの称号」と言われてるだけあるわ。
冠番組の楽屋でも滅多にお目にかかれない量のスイーツを眺めながら、私はここへ来た時と同じように溜め息を落とした。
fin.
2018/06/14 公開
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