Phi-Brain

欠点と魅力と愛情

かたり、かたり。木でできた迷路の中を小さな玉が進んでいく。迷路の入った木の枠を両手で持って傾け、玉をゴールまで導くパズルだ。もっとも、迷路自体は複雑で壁がいくつもある難易度の高いものだけど。
これは私が持ってきたものではなく、ここへ来た時に渡されたものだ。なんでも「ゆくゆくはパズルが得意な子ども向けの商品にするつもりで開発したもので、完成にかなり近い試作品」らしい。ファイ・ブレインや神のパズルといった目的を失ってPOGはがらりと方向転換したと聞いていたけれど、本当にこんな調子でいいのかしら…なんて少し呆れてみる。
一通り解き終わって顔を上げると、ちょうどいいタイミングで扉が開いた。廊下から部屋の中へと歩いてくるのは少し前まで私と敵対していたPOGのトップ。特徴的な髪型はそのままだけど、今日はPOGの白い制服ではなく私服に着替えてある。
私はパズルを置いて、ほんの挨拶代わりに挑発するような口調で言葉を投げる。

「呼んだのはそっちなのに待たせるなんて失礼しちゃうわ」
「すまないね、レイツェル。そのパズルはどうだった?」
「まあまあね。待ってる間退屈はしなかったけど、ジンの作るパズルの方がずっと好き」
「なかなか手厳しいね」

少し笑って言うルークは傷ついたようには見えないけれど、一応フォローくらいは入れてあげようかしら。結構良いパズルだもの、変に改悪されたらたまらないし。ルークではなくこのパズルに、精一杯の称賛の言葉を贈る。

「まぁ、面白さは星三つくらいかしら?」
「そうか…。五百ピースの大きな組み木パズルが星四十個だと考えると、それも仕方ないかな」
「は?何の話よ?」
「何でもない」
「ふーん。ちなみにジンの料理は星百個よ」
「へぇ、そうなんだ…僕も食べてみたかったな」
「ふふん、味は私だけの秘密よ。カイトにもルークにも、教えてあげなーい!」

得意げに宣言すると、ルークは微笑ましそうに見てきた。優越感を感じるはずがそれも溶かされてしまって、なんだか調子が狂う。
一方のルークはそんな心境には気付かず話を変える。

「さて、本題だけど…レイツェル。クロスフィールド学院での生活はどうだい?」
「何よ、保護者気取り?あなたと私じゃ大して年も違わないのに」
「あぁ。POGの代表として、ね」

私の反発した質問にも表情を崩さないルークに、私はくっ、と息を飲む。しかしルークはまっすぐ視線を向けたまま、真剣な声で話す。

「…君にとってPOGは、決して許せる存在ではないかもしれない。POGはかつて、ジンとオルペウスの腕輪を引き合わせ、神のパズル解放のためにジンを利用した。…ジンが記憶を失ってからは、僕がPOGに閉じ込めてしまったのだから。でも、」

そのまま続けようとしたルークに、手のひらを突き出す。
だって、後に続く言葉を予想できたから。彼のことだから『許してほしい』なんて言わない。彼は自身がPOGに入る前のことや腕輪に支配されていた時のことでさえも、責任を取って償おうとするくらいだから。
驚いて止まったルークに、私は首を横に振る。

「いいの。分かってるから。…ジンの生き方を『仕方なかった』なんて私にはまだ言えないけど、分かってるから…」

『仕方ない』と言えるほど、整理はついていない。本当に過去をやり直してジンを救えるのなら救いたいと、オルペウスのことが片付いた今でも思ってしまう。
だけど何度過去に戻っても、きっとやり直せなかったんだとも思う。ジンを傷つけるパズルや怖いパズルも、出会ったその時点で瞬時に「本当は楽しいパズル」だと思うのは私には難しいから。

「それに、ジンだってきっと、分かってたはずだから。死ぬかもしれないって分かってても、それでも…ジンはその道を選んだと思うわ」

だって、誰よりもパズルが得意で、誰よりも優しいジンですもの。
私がジンを救いたくてなりふり構わなかったように、きっとジンも…私やカイトやルークを、私たちの未来を守りたくて戦ったのだと、今なら思えるから。
そのくらい、自惚れたっていいわよね?ジン…。

「レイツェル…」

ルークが私の名前を小さく呟く。ジンのことを思い出せば、まだ涙が滲みそうになる。ルークから顔を背けると、彼はぽつりと零す。

「『傷の無いエメラルドを得ることは、欠点の無い人間を探すより難しい』」
「…え?」
「諺にそんなのがあるんだ。エメラルドは傷つきやすくて、内包物を含んでいることが多いからね」

だからさ、とルークは続ける。

「欠点の無い人間なんていないんだ。僕も、カイトも、他の皆も…僕たちの憧れるジンもね」

見ると、潤んだ視界の中でルークは静かに笑みを浮かべた。

「それに、少しくらい宝石の中に傷があったり何かを閉じ込めていたりするほうが、神秘的で、不思議で…見ていたくなるじゃないか。きっと人間もそうだ。完璧なファイ・ブレインよりも、感情があるほうがずっと人間らしくて、生きている実感があるよ」

きっと彼の実感も込められているのだろう。温かく響いたその声と、凛とした佇まいは、なんだか輝いて見えた。

「…心配しなくても、うまくやってるわよ」

いきなり話が飛んで珍しくきょとんとしたルークに、私は目を細めて口角を上げる。

「クロスフィールド学院のこと。フリーセルたちも優しくしてくれるし、パズルも…ジンやカイトが教えてくれた通り、楽しんでるわ」

ちゃんと笑えているといいな。確認するように尋ねる。

「嘘だと思う?」
「いや、さっきの様子で確信したよ。パズルを解いている時、君はすごく良い顔をしていた。…ジンが見せてくれた、あの時のビジョンのように」

ルークが思い出したであろうその光景を私も思い浮かべる。
カイトとルークと私と、三人で協力してジンから出題されたパズルを解いた、あの幸せな時間。本当の過去とは違っても、宝物のような過去。

「そうね。いつかまた三人で集まって、あの続き、したいわね」
「今は三人どころじゃないかもしれないけどね。それはそれで、楽しいパズルタイムになりそうだ」

ルークはふっと息をついて目を閉じる。その時を思い描いているのだろうか、なんだか鼻歌でも歌い出しそうなほど楽しそうで、同年代のはずなのに小さい子みたいだ。

「本当、あなたもよく分からないわね。そんなことを話すために呼び出すだなんて」

パズルで想定外の答えを生み出すカイトも、敵対していたはずの私を受け入れてくれる皆も、よく分からないけれど。
くすりと笑うと、ルークが当たり前のことを言うかのように話す。

「別に、君だって『そんなこと』のためだけに日本に来たわけじゃないだろう?聞いてるよ、この後√学園に招待されてるって」
「なっ、誰から!?まさかフリーセル、それともピノクル!?」
「いや、ノノハさんだよ。僕とビショップにも招待状が来ていてね、『ぜひ祝ってあげて』って」

いつの間にか優勢に立っていたらしいルークは、憎らしいほどに綺麗な笑顔でチェックメイトよろしく告げた。

「誕生日おめでとう、レイツェル」



fin.

5月の誕生石:エメラルド

(星四十個は公式ノベルネタ。それと、パズルを解くレイツェルに対するセリフは1期で出た「パズルを解いている時の君は素敵だよ、カイト」のアレンジ。カイトとレイツェルは鏡合わせ、っていう設定がやっぱり好きなんです。)

2018/05/20 公開
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