Phi-Brain

代わりなら、ここにいる

…おいおい、何だこの変わり様は。

あのバカがルークとかいう奴とイギリスへ行った日。久しぶりにゆっくりとうまい飯が食えると思って天才テラスへ来てみれば、妙に沈んだ空気が漂っている。
もっとも、皆やっていることは普段と変わらない。キュービックはパソコンと向き合っているし、アナは絵を描いているし…ノノハはお手製スイーツの準備中。
何も変わらない、のに。

「ん?ギャモン君、どうしたの?…わかった、早くデザートが食べたいんでしょ!ちょっと待っててね」

ふいに顔を上げてそう言ったノノハは、笑顔で。



…笑顔、なのに。



「…見送り、行ったのか」

気になって尋ねると、ノノハは一瞬だけ表情を強ばらせる。

「うん。キューちゃんとアナも一緒に、ね」
「…そうか」
「…ギャモン君は、どうして行かなかったの?」

どうして、って。
そんなの、決まってる。

「誰がバカの見送りなんか行くかよ。永遠の別れじゃあるまいし」
「っ、」
「ギャモン!いくらカイトが気に入らないからって、ノノハの前で言わなくても、」
「ううん。いいの、キューちゃん」

即座に反論するキュービックを制止して、ノノハは続ける。

「ギャモン君の言う通りだよ。短期留学だって言ってたし、親友と一緒なら安心!カイトもいい加減『ノノハ離れ』しないとねー」

まるで親のように言うノノハ。それは字面通りに捉えればカイトが向こうへ行って面倒なことが減った、という発言に聞こえるが、同時に、ノノハ自身に言い聞かせているようでもあり。

「…ノノハは、それでいいの?」
「うん。私だったら思わず手が出ちゃうことでも、ルーク君なら冷静にカイトの面倒見れそうだし…そもそもあんなに楽しそうだもの、いくらカイトでも親友に迷惑かけることはしないでしょ」
「ダメだよ、カイトにはノノハの強すぎるくらいの止め方が必要なんだ!」
「強すぎって…。でもありがとうね、キューちゃん」

アナが尋ねても、キュービックが説得しても、ノノハの思いは変わらない。思いを変えたところで、カイトが行ってしまった以上今さらどうすることもできないけれど。
それなら、俺は…

「…あー、その、なんだ、俺で良ければカイトの代わりに関節技を受けてやってもいいぜ」

俺はせめて、ノノハが普段通りに過ごせるようにしてやろう。カイトの役も引き受けて、あのバカがいないことをノノハに気付かせないようにしてやろう。
…それにあの関節技、カイトのリアクションを見てると痛そうだが、正直ノノハと合法的に触れ合える手段、俗に言うボディタッチでもあるからな…と、思っていたら。

「ギャモンくーん、それって私が乱暴だって言いたいのかなー?」
「えっいやそういうわけじゃ…ちょっと待った痛い痛い痛たたたたたーっ!」

…前言撤回、やっぱり痛すぎて何も考えられませんでした。
だけど、これでノノハの寂しさを消すことができるなら。天才テラスの空気を明るいものにできるのならば。
こんな役回りも、悪くない。



fin.

2012/01/13 公開
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