Phi-Brain

甘い照れ隠し

「カイトが私のスイーツを拒否したの、未だに納得いかないのよねぇ」

放課後の天才テラスで、彼女は唐突に話を切り出した。卒業式を目前に控えた√学園。僕もそろそろPOGに戻らなければとは一応考えるものの、ビショップの過保護ぶりを思い返してはまだここにとどまっていた。つい先程も、カイトに対してパズル勝負をしつこく挑んでくるパズル部の生徒に、僕の髪型そっくりのかつらをかぶせてきたばかりだ。
クッションを抱えてソファーに座るカイトの幼馴染みは、ローテーブルに並んだたくさんのクッキーとパズルを見つめて溜め息をつく。一方のカイトは意に介さない様子でクッキーを口にくわえながらナンプレを解いている。余裕綽々、だけど、そろそろ君の目の前の不満顔にも気を配ったらどうだい。仕方がないから、鈍感な親友の代わりに僕が彼女の独り言を拾って問いかける。

「納得いかない、と言うと?」
「だってアナもキューちゃんもギャモン君もおいしいって食べてくれたのよ?それなのにカイトにはまずいって…」
「でも、カイトは幼い頃に一度君のスイーツを食べたんだろう?その時の記憶が呼び戻されて、って事じゃないかな」
「うっ…そりゃあ、その時は私もまだ料理下手だったから、仕方ないけど…。でもカイトがイギリスに行っている間に私だってたくさん練習して、上手くなったのよ」

どうやら彼女は、オルペウスの腕輪と契約していた頃のカイトの言動について思うところがあるらしい。カイトにしてみれば、そんなのを今さら言われたところでどうしようもない、だからあえて取り合わないといったところか。しかし女心とは難しいもので、そんな合理的な判断だけでは収まるわけもなく。

「だいたい、朝食や夕食は問題なく食べるくせにスイーツだけ拒否するってどういう事よ!」
「…朝食や夕食?ノノハさんが作った?」
「え?うん」

彼女は平然と頷いたけれど、僕には引っかかるものがあった。しかしそれは、今この場にいないガリレオ・逆之上ギャモンが抱くような嫉妬や羨望の類いではなく、もっと本質的な事柄だ。
僕をじっと見つめる彼女と、それでもこちらの様子は気にせずパズルに夢中な親友とを交互に見やって、僕は僕の中で生まれた疑問を少しだけ口にする。

「そうか…。だとしたら、不思議だな」
「ルーク君もそう思うでしょ?私の作るご飯は良くてスイーツは駄目って、クッキーの思い出を抜きにしてもただご飯にありつきたいだけのわがままじゃない」
「うるせーな、あの時は本当に食えたもんじゃないって感じたんだよ」

いやわがままとかそういう問題じゃなくて、という僕の言葉はカイトの反論の声に掻き消された。というかカイト、無関心を装っていたのにしっかり聞いているじゃないか。
お互いの意見にむっとした二人を軽く制して、今度はカイトに尋ねる。

「カイト。オルペウスの腕輪の副作用って覚えてるかい?」
「あ?脳に負担をかけるって奴か?記憶を歪めたり未来を見たり…」
「大まかに言うとそうだけど、具体的には『思考する際に、脳の他の領域まで使う』ってことだよね。感情の領域を使えばその瞬間は感情が現れなくて別人のようになるし、視覚や聴覚はその時必要な情報以外を排除する」
「あ…確か、目の前のものが見えなくなったり、周りの音が聞こえなくなったりするってキューちゃんが言ってた…」
「あぁ。そしてそれは、味覚も例外じゃない」
「え…?」

僕の発言に、ノノハさんが途端に不安そうな顔をする。カイトは心当たりがあるのかそれほど驚かなかったけれど、僕の次の言葉を待つように視線を向けた。そんな二人に僕は簡潔に説明する。

「例えばオルペウス・オーダーは、腕輪が光っていない時でも普段から腕輪の影響を受けて、紛い物の記憶を真実だと思い込んでいただろう?あれはレプリカだけど、本物の腕輪でも同じように、無意識のうちに装着者へ影響を及ぼしていたと思う。僕がカイトとの懐かしい日々を思えば思うほど、作るパズルがおぞましくなっていったみたいにね。…そして、カイト。おそらく君も少なからず影響を受けていたはずだ」
「……」
「本当なの…?カイト…」

カイトは何も言わない。が、否定しないということは概ね当たっているのだろう。怒っていたのも忘れて心配そうにカイトを見る彼女へ、今度は僕がじっと視線を向けて話す。

「それで、これは僕の推測なんだけど、カイトの場合特に影響が出たのが…ノノハさん。君の作るスイーツだ」
「…えっ?」
「ルーク!」

カイトが遮るように僕の名前を呼んだ。まるでそれ以上言うなと言わんばかりの迫力だが、残念ながら彼の幼馴染みは突然スイーツの話題に戻ったからか、まだ話が繋がらずきょとんとしている。だからカイトには悪いけれど、ノノハさんにも分かるように言葉を続けた。

「なぜスイーツ限定なのかは分からないけれど…おそらく、カイトの中ではその思い出がすごく大切で印象に残るものだったんだろう」

それは僕にとっての、カイトやジンとの思い出の日々のように。
オルペウス・オーダーにとっての、それぞれの信念や約束や憧れていたもののように。
話がそこまで進むとようやく彼女も理解できたようで、不安な表情からは一転して、からかうようににやりと笑う。

「へぇー。カイト、そんなに私のスイーツ気に入ってくれてたのー?」
「そうじゃねーよ!衝撃的な味だったから忘れられなかっただけだ!」
「そうは言うけどカイト、留学して彼女と離れていた間に『帰ったらどのくらい料理の腕前が上達してるかな』くらいは考えただろう?」
「考えてねーし!つーかどうせならパズルの腕前を上達させとけよ!」
「なっ、私がパズル解けないの知ってるでしょ!?」
「うーん、言い方を変えようか。じゃあ『どのくらい成長してるかな』くらいはどう?一度くらいは考えただろう?」
「いや、ルーク!もういいから!」

ノノハさんに反発し、僕の質問を止めようとするカイトは、パズルを解く時とはまた違った表情でいきいきとしている。それはきっと彼女のおかげだ。ファイ・ブレインの子どもでありながらパズルだけがカイトのすべてにならなかったのは、きっと彼女がこうしてそばにいて、感情の出し方を示してくれていたから。
カイトも無関心かと思えばそうではなく、大切に思っているけれど知られたくない、いわゆる照れ隠しだ。だってそうでもなければ、そもそも決別の塔で僕にノノハスイーツをあげることはしないだろう?確かにあの時のカイトは拒否反応が出て食べられなかったかもしれないが、カイトは自分の嫌いなものを親友に渡すような人ではない。彼女が大切で、彼女を信頼しているから、彼女の作ったスイーツを親友の僕に渡すことができた。腕輪が外れて時間が経って、幾分か落ち着いて過去を振り返られるようになった今、僕はそう考えている。
もしもこの先再びファイ・ブレインの能力が狙われて、何かのきっかけでカイトがファイ・ブレインを目指すことになったとしても、きっとこのスイーツが彼を引き留めてくれるだろう。カイトがノノハスイーツをおいしいと感じる限り、彼が彼のままでいる、何よりの証拠になる。
未だ収まりそうにない親友とその幼馴染みの会話を聞きながら、僕はクッキーを口にくわえてカイトの解きかけのナンプレを手に取った。



fin.

(冒頭でルークがパズル部(明記してないけど武田さん)にかつらをかぶせたのはオーディオドラマネタです。
そして余談ですが、ノノハスイーツをおいしく感じる=感情を捨てた完全なファイ・ブレインになっていない、とすることで3期23話のノノハスイーツを食べる場面が「オルペウスに飲み込まれていないし完全なファイ・ブレインにもなっていない、普段のカイト」という証明になると気付いて「3期23話すごい…!」と改めて感動。この話の時間軸だと表現できないから地の文でさらっと書くしかできなかったんだけどね!)

2017/12/17 公開
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