Phi-Brain
記憶の破片
カイトがパズルを解けなくなった。
それだけじゃない。パズルを解いたら腕輪がまた逆暴走を起こして、命に関わるかもしれない。
キューちゃんにそう宣告されて早数時間。日も傾き、帰り支度をしてカイトを探していると、こちらに向かってくる見慣れた姿があった。いつも通り明るく声をかけてみても返事はない。朝だったら私もカイトの無反応に落ち込んだけれど、研究室でのカイトの様子を私も見た以上、今は無反応も仕方ないと思えた。
「思い出しちゃったんだね。お父さんと、お母さんのこと…」
「忘れたことなんて一度もねぇ」
すれ違って歩いていくカイトに核心となる言葉を投げかけると、カイトは足を止めて反論する。だけど、ぶっきらぼうな口調は言葉を続けるうちに勢いを無くして、強がりの中に本音が混じっていく。
「パズルとあの人が、孤独から俺を助け出してくれた…と、思ってた」
『あの人』が誰を示しているのか、私は知らない。それどころか、カイトがイギリスに留学していた時のことを私はほとんど知らない。帰ってきたカイトはイギリスの思い出をなかなか話さなかったから。
でも、今は正直に気持ちを話してくれた。それだけで十分だった。だって、少ないその言葉だけでカイトの辛さが分かるような気がしたから。
悲しい記憶はそう簡単に忘れられない。例えばその後に幸せが待っていて、楽しい記憶を積み重ねたとしても、ふとした拍子に思い出してしまうことはある。忘れたことにしていても、なかったことにはできない。
「…カイトにとって、」
脈絡もなく話を切り出したからか、今まで俯いていたカイトは私の言葉に顔を上げた。夕日に照らされた中、向かい合うその表情は幼い子どものようで。
…ガラスの破片に映る、昔の自分のようで。
「パズルが、どれほど大切かは分かってるけど…。でも、」
パズルは好きなのに、解きたいのに、解けない苦しさ。パズルを持つ手が震え、呼吸が荒く不規則になって、視界が滲んでいく、あの感覚。
救ってくれたのは、目の前にいる幼なじみだ。
…だから。
「パズルが解けなくても、カイトはカイトだよ!大丈夫!」
だって、私がそうだったから。
パズルが解けなくても、カイトはそれを認めてくれた。パズルが解けなくなってもカイトは変わらず笑顔で、パズルを解いて見せてくれた。だから私も、どんなカイトでも受け入れて認めたい。
カイトが辛そうにしているなら、私はカイトを笑顔にしたい。
「だから、辛かったらパズルをやめたらいいと思う」
「パズルを、やめる…?」
カイトは意外そうに同じ言葉を返す。提案の内容自体はキューちゃんやギャモン君と同じはずなのに、違う反応をしたのは何度も聞いたせいか、それとも。
『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます!指切った!』
ガラスの破片に、ぴしりとひびが入る。
だけど私は、知らないふりをしてカイトを待った。カイトの選んだ答えなら私は何が起こったって受け入れる。記憶の断片が粉々になったとしても、カイトには見せず忘れたことにして過ごしていく。
「俺は…」
何かを言おうとして、カイトの言葉はそこで止まる。何を思い出しているのか…私と共有している思い出なのかカイトだけの思い出なのか、知る術はない。
けれど、次にカイトが口を開いた時、カイトの選択は私の示した答えとは違うことに嫌でも気付かされた。
「…行かなきゃ」
カイトは一言だけ呟いて走っていく。私が慌てて呼んでも振り向かない、足も止めない。どこに行くかなんて分かっていた。
あぁ、歯がゆいな。
カイトに追いついても結局見守ることしかできないのが。
「カイトの代わりに私がパズルを解く」なんて全然言えない自分が。
カイトを追いかける私の脳裏で、幼い約束の破片がきらりと光って彼方へと消えた。
fin.
(1期6話カイノノと思いきやメインテーマは3期18話カイノノ。)
2017/09/01 公開
カイトがパズルを解けなくなった。
それだけじゃない。パズルを解いたら腕輪がまた逆暴走を起こして、命に関わるかもしれない。
キューちゃんにそう宣告されて早数時間。日も傾き、帰り支度をしてカイトを探していると、こちらに向かってくる見慣れた姿があった。いつも通り明るく声をかけてみても返事はない。朝だったら私もカイトの無反応に落ち込んだけれど、研究室でのカイトの様子を私も見た以上、今は無反応も仕方ないと思えた。
「思い出しちゃったんだね。お父さんと、お母さんのこと…」
「忘れたことなんて一度もねぇ」
すれ違って歩いていくカイトに核心となる言葉を投げかけると、カイトは足を止めて反論する。だけど、ぶっきらぼうな口調は言葉を続けるうちに勢いを無くして、強がりの中に本音が混じっていく。
「パズルとあの人が、孤独から俺を助け出してくれた…と、思ってた」
『あの人』が誰を示しているのか、私は知らない。それどころか、カイトがイギリスに留学していた時のことを私はほとんど知らない。帰ってきたカイトはイギリスの思い出をなかなか話さなかったから。
でも、今は正直に気持ちを話してくれた。それだけで十分だった。だって、少ないその言葉だけでカイトの辛さが分かるような気がしたから。
悲しい記憶はそう簡単に忘れられない。例えばその後に幸せが待っていて、楽しい記憶を積み重ねたとしても、ふとした拍子に思い出してしまうことはある。忘れたことにしていても、なかったことにはできない。
「…カイトにとって、」
脈絡もなく話を切り出したからか、今まで俯いていたカイトは私の言葉に顔を上げた。夕日に照らされた中、向かい合うその表情は幼い子どものようで。
…ガラスの破片に映る、昔の自分のようで。
「パズルが、どれほど大切かは分かってるけど…。でも、」
パズルは好きなのに、解きたいのに、解けない苦しさ。パズルを持つ手が震え、呼吸が荒く不規則になって、視界が滲んでいく、あの感覚。
救ってくれたのは、目の前にいる幼なじみだ。
…だから。
「パズルが解けなくても、カイトはカイトだよ!大丈夫!」
だって、私がそうだったから。
パズルが解けなくても、カイトはそれを認めてくれた。パズルが解けなくなってもカイトは変わらず笑顔で、パズルを解いて見せてくれた。だから私も、どんなカイトでも受け入れて認めたい。
カイトが辛そうにしているなら、私はカイトを笑顔にしたい。
「だから、辛かったらパズルをやめたらいいと思う」
「パズルを、やめる…?」
カイトは意外そうに同じ言葉を返す。提案の内容自体はキューちゃんやギャモン君と同じはずなのに、違う反応をしたのは何度も聞いたせいか、それとも。
『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます!指切った!』
ガラスの破片に、ぴしりとひびが入る。
だけど私は、知らないふりをしてカイトを待った。カイトの選んだ答えなら私は何が起こったって受け入れる。記憶の断片が粉々になったとしても、カイトには見せず忘れたことにして過ごしていく。
「俺は…」
何かを言おうとして、カイトの言葉はそこで止まる。何を思い出しているのか…私と共有している思い出なのかカイトだけの思い出なのか、知る術はない。
けれど、次にカイトが口を開いた時、カイトの選択は私の示した答えとは違うことに嫌でも気付かされた。
「…行かなきゃ」
カイトは一言だけ呟いて走っていく。私が慌てて呼んでも振り向かない、足も止めない。どこに行くかなんて分かっていた。
あぁ、歯がゆいな。
カイトに追いついても結局見守ることしかできないのが。
「カイトの代わりに私がパズルを解く」なんて全然言えない自分が。
カイトを追いかける私の脳裏で、幼い約束の破片がきらりと光って彼方へと消えた。
fin.
(1期6話カイノノと思いきやメインテーマは3期18話カイノノ。)
2017/09/01 公開
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