Phi-Brain
Rosemoon Birthday
誕生日なんて、興味なかった。
僕は物心ついた時には既にPOGの研究施設にいたから両親のことを知らないし、そこにいた白衣の大人たちは皆同じに見えた。僕の誕生日の日付はデータとして保存してあったけれど、実感が無い僕にとってそれはただの数字の羅列でしかない。
だから、「誕生日おめでとう」と言われても何がおめでたいのか分からない。「ハッピーバースデー」と言われても特に幸せだとは思わなかった。その頃は腕輪と契約していたから、余計に。ファイ・ブレインになるためには感情なんて「脳の領域を無駄に使うだけのもので、捨てるべきもの」だったから。
…だけど。
カイトの両親が残した映像を最後まで見て、僕は知ってしまったんだ。
POGの命令に背いてでも、その日はカイトにパズルを解かせないという二人の選択を。カイトの誕生日を祝う優しい声を。それが「愛情」というものだと、知ってしまった。僕にはそれが足りていないと知ってしまった。それを欲するように僕はカイトに会い、神のパズルへと導いてしまった。
「……」
窓の外、夜空に浮かぶ月を見上げる。
今夜の月は赤い。今日に限らず毎年この時期は太陽と月の距離が離れ、青い光が散乱されてしまうためだ。真っ赤とまではいかないけれど、ほんのりと赤みを帯びた満月。一般的には神秘的なものとされるが、僕はそれを見て、腕輪と契約していた頃をふと思い出してしまう。毎年同じ時期にこの月を見上げたあの頃。厳密にこの日に赤い満月が重なることは少ないけれど、漠然と一年が過ぎたことを確認していた。
「ルーク様」
名前を呼ばれて振り返ると、もう夜だというのにいつもと変わらず身なりの整ったビショップが、部屋の入り口に立っている。かしこまった口調で彼は端的に述べた。
「お誕生日、おめでとうございます」
正確に毎年同じ日付に、同じように紡がれる言葉。少し前までそれは、僕にとっては正確な日付を告げる時報と同じだった。その一言に込められた感情など当時の僕には分からなかったし、ビショップもほとんど感情を表に出さなかったから。
だけど腕輪から解放された今は、一字一句同じ言葉なのにまったく違って聞こえる。それが不思議で、だけど心の奥が温かくて、嬉しくて…涙が滲むのを、僕は外の月を再び見るふりをして悟られないようにする。
案の定ビショップが気付くことはなかったが、気付いていないからこそ僕の反応に構わず話を続けた。
「POGジャパンより、『カイト様たちからお祝いの品が届いている』とのことです。ルーク様のために作ったパズルとスイーツで、ある程度日持ちするものだそうですが、明日にでも伺いますか?」
「…そうだね」
「では、飛行機の手配をしておきます。それと…」
「ん?」
「こちらを、私からルーク様へ」
ビショップはそう言うと、流れるような所作でひざまづき、懐から取り出した一輪の赤いバラの蕾を僕に向ける。
「私はこれからもルーク様に忠誠を誓い、ルーク様に尽くします」
カイトとその仲間たちが僕を気にかけてくれるその気持ちも、ビショップがどこまでも純粋にまっすぐに向けてくれるその気持ちも。
「愛情」というもの、なのだろうか。
「…ビショップ」
用が済んで部屋を出ていこうとする背中に声をかける。一瞬だけ驚いた表情を見せた彼に構わず、今度は僕が言葉を続けた。
「今夜の月は、綺麗だね」
ビショップは知っているか、分からないけれど。きっと僕の気持ちを表すのに最適な言葉。
ビショップや皆が僕にくれた分には満たないかもしれないけれど、僕の中にも「愛情」というものがあるとしたら僕も皆にそれを返したい。
…旅をしている今、皆に同じように見せることはできないけれど。
「皆にも、見せたいくらいだ…」
月に視線を向けていたら零れた言葉に、ビショップはそっと隣に並んで答えをくれる。
「きっとご覧になっていることでしょう。空は、繋がっていますから」
静かなトーンで部屋に響いたその声は、いつか見た映像から流れるカイトの両親と同じく、優しい声色をしていた。
fin.
※赤いバラの蕾の花言葉:あなたに尽くします
(ローズムーンは6月の夏至に近い満月。赤く見えるのでストロベリームーンとも呼ばれます。)
2017/06/09 公開
誕生日なんて、興味なかった。
僕は物心ついた時には既にPOGの研究施設にいたから両親のことを知らないし、そこにいた白衣の大人たちは皆同じに見えた。僕の誕生日の日付はデータとして保存してあったけれど、実感が無い僕にとってそれはただの数字の羅列でしかない。
だから、「誕生日おめでとう」と言われても何がおめでたいのか分からない。「ハッピーバースデー」と言われても特に幸せだとは思わなかった。その頃は腕輪と契約していたから、余計に。ファイ・ブレインになるためには感情なんて「脳の領域を無駄に使うだけのもので、捨てるべきもの」だったから。
…だけど。
カイトの両親が残した映像を最後まで見て、僕は知ってしまったんだ。
POGの命令に背いてでも、その日はカイトにパズルを解かせないという二人の選択を。カイトの誕生日を祝う優しい声を。それが「愛情」というものだと、知ってしまった。僕にはそれが足りていないと知ってしまった。それを欲するように僕はカイトに会い、神のパズルへと導いてしまった。
「……」
窓の外、夜空に浮かぶ月を見上げる。
今夜の月は赤い。今日に限らず毎年この時期は太陽と月の距離が離れ、青い光が散乱されてしまうためだ。真っ赤とまではいかないけれど、ほんのりと赤みを帯びた満月。一般的には神秘的なものとされるが、僕はそれを見て、腕輪と契約していた頃をふと思い出してしまう。毎年同じ時期にこの月を見上げたあの頃。厳密にこの日に赤い満月が重なることは少ないけれど、漠然と一年が過ぎたことを確認していた。
「ルーク様」
名前を呼ばれて振り返ると、もう夜だというのにいつもと変わらず身なりの整ったビショップが、部屋の入り口に立っている。かしこまった口調で彼は端的に述べた。
「お誕生日、おめでとうございます」
正確に毎年同じ日付に、同じように紡がれる言葉。少し前までそれは、僕にとっては正確な日付を告げる時報と同じだった。その一言に込められた感情など当時の僕には分からなかったし、ビショップもほとんど感情を表に出さなかったから。
だけど腕輪から解放された今は、一字一句同じ言葉なのにまったく違って聞こえる。それが不思議で、だけど心の奥が温かくて、嬉しくて…涙が滲むのを、僕は外の月を再び見るふりをして悟られないようにする。
案の定ビショップが気付くことはなかったが、気付いていないからこそ僕の反応に構わず話を続けた。
「POGジャパンより、『カイト様たちからお祝いの品が届いている』とのことです。ルーク様のために作ったパズルとスイーツで、ある程度日持ちするものだそうですが、明日にでも伺いますか?」
「…そうだね」
「では、飛行機の手配をしておきます。それと…」
「ん?」
「こちらを、私からルーク様へ」
ビショップはそう言うと、流れるような所作でひざまづき、懐から取り出した一輪の赤いバラの蕾を僕に向ける。
「私はこれからもルーク様に忠誠を誓い、ルーク様に尽くします」
カイトとその仲間たちが僕を気にかけてくれるその気持ちも、ビショップがどこまでも純粋にまっすぐに向けてくれるその気持ちも。
「愛情」というもの、なのだろうか。
「…ビショップ」
用が済んで部屋を出ていこうとする背中に声をかける。一瞬だけ驚いた表情を見せた彼に構わず、今度は僕が言葉を続けた。
「今夜の月は、綺麗だね」
ビショップは知っているか、分からないけれど。きっと僕の気持ちを表すのに最適な言葉。
ビショップや皆が僕にくれた分には満たないかもしれないけれど、僕の中にも「愛情」というものがあるとしたら僕も皆にそれを返したい。
…旅をしている今、皆に同じように見せることはできないけれど。
「皆にも、見せたいくらいだ…」
月に視線を向けていたら零れた言葉に、ビショップはそっと隣に並んで答えをくれる。
「きっとご覧になっていることでしょう。空は、繋がっていますから」
静かなトーンで部屋に響いたその声は、いつか見た映像から流れるカイトの両親と同じく、優しい声色をしていた。
fin.
※赤いバラの蕾の花言葉:あなたに尽くします
(ローズムーンは6月の夏至に近い満月。赤く見えるのでストロベリームーンとも呼ばれます。)
2017/06/09 公開
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