Phi-Brain
僕はエジソン
かしゃかしゃっ、ぱたり。研究室のパソコンと向き合う僕の視界の隅で、イワシミズ君がレインコートを丁寧に畳んでいく。彼を作ったばかりの頃は僕の操作で動くだけだったのに、今では僕が指示を出さなくても自由気ままに動いていた。これこそが自律学習機能の成果であり、僕にかかればこれくらい簡単に発明できる…と言いたいところだけど、実際はそうでもなくて。
イワシミズ君は水が苦手だ。
いや、正確には水が苦手だと「学習してしまった」。
どこでそうなったのかは分からない。イグアスの滝へ行った際、怖がる他の観光客を偶然見て学習してしまったのだろうか。しかしレインコートを買ってあげると水辺にも近寄れるようになったから、改めて思い返すとレインコートを着るためのワガママのようでもある。
もっとも、そのおかげで滝の中にあるパズルにも水が苦手なのに駆けつけてくれて、イワシミズ君の助けによって無事にパズルを解放できたから、自律学習機能が一概に悪いとは言えないけれど。しかしその後メンテナンスをして各機能に異常が無いと分かっても、イワシミズ君の水嫌いは直らなかった。
「イワシミズ君は水陸両用設計だから、水は平気なはずなんだけどなぁ…」
一概に悪いものではないとはいえ、やっぱり自律学習機能の設定を間違えたのか。水があるだけで毎回危険だと騒がれるよりは、自分は防水だと認識するプログラムでも入れたほうがいいのだろうか。
「イワシミズ君。なんで君はそんなに水が怖いの?」
独り言のつもりで口にすると、イワシミズ君がこちらを向いた。
「……」
いつもは音声会話機能を活用してあんなにお喋りなのに、今は何も話さない。メカらしい静かな機械音だけが僕の耳に届く。
やがてイワシミズ君はゆっくりと部屋の一角を向いた。そして、今度はたくさんの研究資料が積み重なった棚をじっと見つめている。
「…あ、」
そこにしまったものを思い返して、ひとつの可能性に行き着いた。見つめるだけで近付こうとしないイワシミズ君の代わりに棚の引き出しに駆け寄って、目的のものを取り出す。
「もしかして、これ?」
周りをくるんでいた柔らかい布を優しく取ると、久しぶりに姿を現す元助手たちの一部分。本体は壊れて直すこともできなくなったオカベ君とヨシオ君だけど、あまり傷ついていない腕の部品などは捨てるのも忍びなくて保管していた。イワシミズ君はいつの間にこれを見つけていたのだろうか。もちろん、イワシミズ君にはもしもの時のために壁の向こうや機械の内部構造を透視できるサーチ機能を付けていたから、見つけられないことはないのだけど。
「ドクトル。長ク一緒二イタイ」
イワシミズ君がヨシオ君の部品にそっと腕を伸ばす。端のほうがピンク色に染まったそれは、もう動かない彼の最期を物語っていた。
「少シデモ、長ク」
少ない言葉と共に届く規則的なモーター音は、人間で言うなら生きていることを示す心臓の鼓動みたいだけど、今は亡くなった仲間を偲んですすり泣くように切なく響いていく。
あぁ、そうか。
彼はおそらく、既に自分で学習していたんだ。
棚の中にわずかに残った部品から、自分の元になった彼らの最期を。機械の弱点を。そしてそれが、自分の弱点にもなり得ることを。
「…イワシミズ君」
俯いたままの彼の名前を呼ぶ。頭が動いて、レンズの中心に僕の顔が映った。真剣な表情が、安心させるようにふっと緩む。
「心配しないで。僕を信じて」
オカベ君は、愚者のパズルの倒壊に巻き込まれて動かなくなった。だから次は岩や壁が崩落しても動けるように作った。実際、それはオルペウス・オーダーの拠点に乗り込み地下空洞が崩壊した時に役立った。
ヨシオ君は、想定外のところから水とスプレーをかけられて動かなくなった。もちろんある程度の防水設計は施してあったけれど、陸上で最大限動けるモードの時に大量の水に濡れる危険性まで考えきれていなかった。壊れる直接のきっかけとなった騒動はそれまで戦ってきたパズル・バトルに比べれば他愛もないことだけど、偶然そのタイミングだっただけで、危険性は潜在的にあった。だから次は、その対策をして作った。
だけど僕が言いたいのは、そういうことではなくて。
「君に何かあったら僕が直すし、大切なことは何度でも教えるよ。水は平気なように作ってあるけれど、濡れても、それ以外の理由で壊れそうになっても、僕は最後まで諦めない。だから大丈夫だよ」
今考えられるだけの手を尽くしてイワシミズ君は作られている。それでも、いつか僕の予想を越えて壊れそうになる時は来るだろう。イワシミズ君が水を怖がるのは、そんな未来のことを漠然と学習して怖がっているのも含まれているのかもしれない。
だけど、もしもその時が来たら僕が絶対に君の思いを救う。試行錯誤を重ねて失敗を重ねて、それでも諦めない。
だって僕の称号は、エジソンだから。
fin.
(一応3期11話を元に生まれた話ですが、原作ではこの後ピラミッド迷路を解いてPOGで話を聞いて…という具合なので、二人が研究室で話せるのは厳密にはもう少し後になるのかな?)
2017/06/03 公開
かしゃかしゃっ、ぱたり。研究室のパソコンと向き合う僕の視界の隅で、イワシミズ君がレインコートを丁寧に畳んでいく。彼を作ったばかりの頃は僕の操作で動くだけだったのに、今では僕が指示を出さなくても自由気ままに動いていた。これこそが自律学習機能の成果であり、僕にかかればこれくらい簡単に発明できる…と言いたいところだけど、実際はそうでもなくて。
イワシミズ君は水が苦手だ。
いや、正確には水が苦手だと「学習してしまった」。
どこでそうなったのかは分からない。イグアスの滝へ行った際、怖がる他の観光客を偶然見て学習してしまったのだろうか。しかしレインコートを買ってあげると水辺にも近寄れるようになったから、改めて思い返すとレインコートを着るためのワガママのようでもある。
もっとも、そのおかげで滝の中にあるパズルにも水が苦手なのに駆けつけてくれて、イワシミズ君の助けによって無事にパズルを解放できたから、自律学習機能が一概に悪いとは言えないけれど。しかしその後メンテナンスをして各機能に異常が無いと分かっても、イワシミズ君の水嫌いは直らなかった。
「イワシミズ君は水陸両用設計だから、水は平気なはずなんだけどなぁ…」
一概に悪いものではないとはいえ、やっぱり自律学習機能の設定を間違えたのか。水があるだけで毎回危険だと騒がれるよりは、自分は防水だと認識するプログラムでも入れたほうがいいのだろうか。
「イワシミズ君。なんで君はそんなに水が怖いの?」
独り言のつもりで口にすると、イワシミズ君がこちらを向いた。
「……」
いつもは音声会話機能を活用してあんなにお喋りなのに、今は何も話さない。メカらしい静かな機械音だけが僕の耳に届く。
やがてイワシミズ君はゆっくりと部屋の一角を向いた。そして、今度はたくさんの研究資料が積み重なった棚をじっと見つめている。
「…あ、」
そこにしまったものを思い返して、ひとつの可能性に行き着いた。見つめるだけで近付こうとしないイワシミズ君の代わりに棚の引き出しに駆け寄って、目的のものを取り出す。
「もしかして、これ?」
周りをくるんでいた柔らかい布を優しく取ると、久しぶりに姿を現す元助手たちの一部分。本体は壊れて直すこともできなくなったオカベ君とヨシオ君だけど、あまり傷ついていない腕の部品などは捨てるのも忍びなくて保管していた。イワシミズ君はいつの間にこれを見つけていたのだろうか。もちろん、イワシミズ君にはもしもの時のために壁の向こうや機械の内部構造を透視できるサーチ機能を付けていたから、見つけられないことはないのだけど。
「ドクトル。長ク一緒二イタイ」
イワシミズ君がヨシオ君の部品にそっと腕を伸ばす。端のほうがピンク色に染まったそれは、もう動かない彼の最期を物語っていた。
「少シデモ、長ク」
少ない言葉と共に届く規則的なモーター音は、人間で言うなら生きていることを示す心臓の鼓動みたいだけど、今は亡くなった仲間を偲んですすり泣くように切なく響いていく。
あぁ、そうか。
彼はおそらく、既に自分で学習していたんだ。
棚の中にわずかに残った部品から、自分の元になった彼らの最期を。機械の弱点を。そしてそれが、自分の弱点にもなり得ることを。
「…イワシミズ君」
俯いたままの彼の名前を呼ぶ。頭が動いて、レンズの中心に僕の顔が映った。真剣な表情が、安心させるようにふっと緩む。
「心配しないで。僕を信じて」
オカベ君は、愚者のパズルの倒壊に巻き込まれて動かなくなった。だから次は岩や壁が崩落しても動けるように作った。実際、それはオルペウス・オーダーの拠点に乗り込み地下空洞が崩壊した時に役立った。
ヨシオ君は、想定外のところから水とスプレーをかけられて動かなくなった。もちろんある程度の防水設計は施してあったけれど、陸上で最大限動けるモードの時に大量の水に濡れる危険性まで考えきれていなかった。壊れる直接のきっかけとなった騒動はそれまで戦ってきたパズル・バトルに比べれば他愛もないことだけど、偶然そのタイミングだっただけで、危険性は潜在的にあった。だから次は、その対策をして作った。
だけど僕が言いたいのは、そういうことではなくて。
「君に何かあったら僕が直すし、大切なことは何度でも教えるよ。水は平気なように作ってあるけれど、濡れても、それ以外の理由で壊れそうになっても、僕は最後まで諦めない。だから大丈夫だよ」
今考えられるだけの手を尽くしてイワシミズ君は作られている。それでも、いつか僕の予想を越えて壊れそうになる時は来るだろう。イワシミズ君が水を怖がるのは、そんな未来のことを漠然と学習して怖がっているのも含まれているのかもしれない。
だけど、もしもその時が来たら僕が絶対に君の思いを救う。試行錯誤を重ねて失敗を重ねて、それでも諦めない。
だって僕の称号は、エジソンだから。
fin.
(一応3期11話を元に生まれた話ですが、原作ではこの後ピラミッド迷路を解いてPOGで話を聞いて…という具合なので、二人が研究室で話せるのは厳密にはもう少し後になるのかな?)
2017/06/03 公開
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