Phi-Brain
キスの意味なんて、
称号持ちの特等席・天才テラスは階段を上った先にあり、階下の食堂全体を見渡せる。昼休みも残りわずか、一通り食事を終えてギャモンとキュービックとアナがそれぞれの教室へ帰って行った後も、俺はテラスの欄干から下の様子を眺めていた。
視界の中心には、エレナやタマキやアイリと座って話し込んだままテラスに戻って来ないノノハ。顔を寄せあって声をひそめて、内緒話でもしているようだ。俺がパズルに熱中しているとノノハは規則正しい生活リズムに戻そうとしてくるのに、今はノノハのほうが時間も忘れてお喋りに夢中で、なんだかいつもと立場が逆転している。
とはいえ、そろそろ校舎へ戻ったほうが良さそうな時間だ。階段を降りてノノハたちのテーブルに近寄るが、四人は俺に気付くことなくまだまだ話す。
「…男のキスはどこへするかによって意味が変わるのよ。口へのキスはもちろん愛情だけど、頬は親愛、手の甲は尊敬、額は友情」
「そ、そうなんだ…!」
「確かに、親しい人の頬へキスするのは映画でよく見るわね」
「手の甲へのキスなんて、王子様とお姫様みたいで憧れますぅー!」
おいおい。なかなか戻って来ないと思ったら、いわゆるガールズトークかよ。呆れながらも背後に立ち名前を呼ぶ。
「ノノハ」
「っひゃあ!?」
まさか話しかけられると思ってなかったのか、ノノハはすっとんきょうな声をあげて振り向いた。その頬は慣れない色めいた話でうっすらと染まっていて、悪戯心が刺激された俺はわざと知らないふりをして訊いてみる。
「熱心に何話してんだよ」
「えっ、いや別にー…」
「キスなんてどこにしても同じだろ」
「聞いてたんじゃない!カイトのバカ、変態!っていうかデリカシーなさすぎ!」
「はぁ!?聞こうとして聞いたんじゃなくて聞こえてきたんだって!そろそろ教室戻るぞ」
そう言って勝手に歩き出せば、手を引かなくてもノノハはすぐに席を立って残りの三人に断りを入れ、駆け足で俺の後ろをついて来た。食堂を出て、わざといつもとは違う廊下を通って教室へ向かう。そのことにノノハも気付いているはずだが先程の怒りもあってか、ふてくされたまま特に何も聞いてこない。まぁこっちの通路からでも行けるからいいか、程度に思っているのかもしれない。
人通りの少ない狭い廊下には今、俺たち二人だけ。
「…ノノハ」
急に立ち止まって振り返ると、ノノハは一瞬ぶつかりそうになって一歩下がる。しかしそれ以上距離を取られないように、向かい合った彼女の左手を取って引き留めた。
「…カイト?」
俺のことをまっすぐ見上げてくる純粋で穢れを知らない瞳を、できるだけ見ないようにしながら。
ノノハの額に触れるだけのキスを落とした。
「え、なっ…カイト…っ!?」
後ずさって耳まで真っ赤になり、はっきりした言葉も返せずにいるノノハ。額へのキスは友情だと聞いていたはずなのに、まるで口にされたかのような動揺っぷりだ。まぁ、これで一切動揺せずに「友情だからセーフ!」とか言われても困るからノノハの反応で正解なんだけども。
普段はお目付け役だなんだと言いながら無遠慮に近付いてくるくせに、こういうことには疎いのだから見ていて飽きない。もっと目に焼き付けたくなる気持ちを隠して、茶化すように言ってやる。
「ほらな。キスなんて別にどこにしたってノノハの反応は変わらないだろ」
「なっ、何よ…カイトのバカ!えっち!」
「あー、そーかよ。悪かったなー」
再び背中を向けて歩きながら棒読みの謝罪を返すと、ノノハからはなおも支離滅裂な抗議の声が飛んでくるけれど、それだけ。文句を言いつつも跳び蹴りや関節技が来ないということは、ノノハだって本気で嫌がっているわけでもないだろうと良いように解釈して、幸せな感触を思い返した。
結局のところキスの意味なんて、する場所に関係なく、相手のことが好きだからするんだ。
fin.
(キスの日の勢いで書いた。カイノノはプラトニックを推してたはずなのに…!)
2017/05/23 公開
称号持ちの特等席・天才テラスは階段を上った先にあり、階下の食堂全体を見渡せる。昼休みも残りわずか、一通り食事を終えてギャモンとキュービックとアナがそれぞれの教室へ帰って行った後も、俺はテラスの欄干から下の様子を眺めていた。
視界の中心には、エレナやタマキやアイリと座って話し込んだままテラスに戻って来ないノノハ。顔を寄せあって声をひそめて、内緒話でもしているようだ。俺がパズルに熱中しているとノノハは規則正しい生活リズムに戻そうとしてくるのに、今はノノハのほうが時間も忘れてお喋りに夢中で、なんだかいつもと立場が逆転している。
とはいえ、そろそろ校舎へ戻ったほうが良さそうな時間だ。階段を降りてノノハたちのテーブルに近寄るが、四人は俺に気付くことなくまだまだ話す。
「…男のキスはどこへするかによって意味が変わるのよ。口へのキスはもちろん愛情だけど、頬は親愛、手の甲は尊敬、額は友情」
「そ、そうなんだ…!」
「確かに、親しい人の頬へキスするのは映画でよく見るわね」
「手の甲へのキスなんて、王子様とお姫様みたいで憧れますぅー!」
おいおい。なかなか戻って来ないと思ったら、いわゆるガールズトークかよ。呆れながらも背後に立ち名前を呼ぶ。
「ノノハ」
「っひゃあ!?」
まさか話しかけられると思ってなかったのか、ノノハはすっとんきょうな声をあげて振り向いた。その頬は慣れない色めいた話でうっすらと染まっていて、悪戯心が刺激された俺はわざと知らないふりをして訊いてみる。
「熱心に何話してんだよ」
「えっ、いや別にー…」
「キスなんてどこにしても同じだろ」
「聞いてたんじゃない!カイトのバカ、変態!っていうかデリカシーなさすぎ!」
「はぁ!?聞こうとして聞いたんじゃなくて聞こえてきたんだって!そろそろ教室戻るぞ」
そう言って勝手に歩き出せば、手を引かなくてもノノハはすぐに席を立って残りの三人に断りを入れ、駆け足で俺の後ろをついて来た。食堂を出て、わざといつもとは違う廊下を通って教室へ向かう。そのことにノノハも気付いているはずだが先程の怒りもあってか、ふてくされたまま特に何も聞いてこない。まぁこっちの通路からでも行けるからいいか、程度に思っているのかもしれない。
人通りの少ない狭い廊下には今、俺たち二人だけ。
「…ノノハ」
急に立ち止まって振り返ると、ノノハは一瞬ぶつかりそうになって一歩下がる。しかしそれ以上距離を取られないように、向かい合った彼女の左手を取って引き留めた。
「…カイト?」
俺のことをまっすぐ見上げてくる純粋で穢れを知らない瞳を、できるだけ見ないようにしながら。
ノノハの額に触れるだけのキスを落とした。
「え、なっ…カイト…っ!?」
後ずさって耳まで真っ赤になり、はっきりした言葉も返せずにいるノノハ。額へのキスは友情だと聞いていたはずなのに、まるで口にされたかのような動揺っぷりだ。まぁ、これで一切動揺せずに「友情だからセーフ!」とか言われても困るからノノハの反応で正解なんだけども。
普段はお目付け役だなんだと言いながら無遠慮に近付いてくるくせに、こういうことには疎いのだから見ていて飽きない。もっと目に焼き付けたくなる気持ちを隠して、茶化すように言ってやる。
「ほらな。キスなんて別にどこにしたってノノハの反応は変わらないだろ」
「なっ、何よ…カイトのバカ!えっち!」
「あー、そーかよ。悪かったなー」
再び背中を向けて歩きながら棒読みの謝罪を返すと、ノノハからはなおも支離滅裂な抗議の声が飛んでくるけれど、それだけ。文句を言いつつも跳び蹴りや関節技が来ないということは、ノノハだって本気で嫌がっているわけでもないだろうと良いように解釈して、幸せな感触を思い返した。
結局のところキスの意味なんて、する場所に関係なく、相手のことが好きだからするんだ。
fin.
(キスの日の勢いで書いた。カイノノはプラトニックを推してたはずなのに…!)
2017/05/23 公開
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