Phi-Brain
中心で光る星
すべてのパズルは俺様を中心に回っている。
なぜなら俺様は天才だからだ。昔からパズルは得意で解くほうはもちろん、次第に作るほうも覚えていった。それもただ解ければよいのではなく、例えばナンプレなら数字の配置までこだわり、より美しくハイレベルなものに仕上げていく。今ではそれで生計を立てていけるほどだ。人気覆面パズル作家・地堂刹の正体を知っている者は少ないが、ミハルは俺の活動を誇りに思い応援してくれている。
その一方で、√学園に進学してからは解くと財を得られる「賢者のパズル」の存在を知り、それを追ってはパズルを解放するようになった。…もっとも、狙っていた「オルペウスの腕輪」が秘められたパズルをカイトの野郎が解いてからは、何かとカイトに横取りされているが。
だが、今日はその限りではなく。
「はい、ギャモン君!誕生日おめでとう!」
登校してすぐにノノハから渡されたのは、綺麗にラッピングされたノノハスイーツ。普段のマドレーヌより少し豪華なデコレーションが施されている。しょっちゅうカイトに向けられるその眩しい笑顔が今日は俺だけに向けられていることに、優越感と少しの気恥ずかしさが押し寄せる。
「お…おう」
「相変わらず単純な奴だな」
「うるせぇ、羨ましがってんじゃねぇぞ!」
「はぁ!?普段羨ましがってんのはどっちだよ!?」
ったく、カイトのせいでせっかくの誕生日気分が台無しだ。売り言葉に買い言葉で言い争っていると、道路を滑るように動く機械の音が後ろから近付いてくる。こんな奇抜なメカに乗っているのは学園で一人しかいない。カイトのことが大好きな彼のことだ、きっとカイトに話しかけるだろう…という予想は簡単に裏切られた。
「おはようギャモン、これお届け物だよ。ミハルちゃんから」
「は?ミハルから?」
「うん、お弁当だって。ギャモンに内緒で頑張って作ったみたいだよ?」
ミハルのことはさっき学校の近くまで送ったはずなのになぜ…と一瞬疑問に思ったが、キュービックは必要な情報をまとめてあっさりと伝えて弁当箱を差し出してくれた。そうか、兄の誕生日だからサプライズで作ってくれたのか。普通の弁当の量じゃ足りないから結局食堂にもお世話になるだろうが、これはこれでありがたくいただこう。本当は食べずに取っておきたいぐらいだけどな。
だが、その前に。
「ちょっと待て、なんでキュー太郎が持って来てんだよ!?」
「さっき校門の近くで偶然会ったからだよ。誕生日なんだってね、おめでとう」
なんだよ、まだミハルが学園の近くにいたなら引き返して俺様が受け取りに行ったのに。一瞬そう言いたくなったが、さらりとお祝いの言葉を投げかけられては文句を言う気概も消失してしまった。くそ、調子狂うな。
ノノハスイーツと慣れない弁当を左手に抱え、右手でがしがしと後頭部を掻いた、瞬間。
「ギャモンおめでとー!」
「おわっ!?」
声と共に嫌な予感がして飛び退くと、俺がさっきまでいた場所には盛大にペンキがぶちまけられていた。幸い弁当もスイーツも俺自身も無事だが、こんなことをするのも学園で一人しかいない。
「アナ!危ねぇだろ!」
「えへへー、やっぱりお祝いはカラフルなほうがいいんだな」
まったく悪気も反省もなく言い放つアナの手には空っぽになったバケツ。もちろん縁に付いている色はさっきぶちまけたものと同じだ。しかしこれ以上かけられることはない。
と、安心していると。
「こんなこともあろうかと、スプレーも準備してあるんだな」
「僕もスプレー噴射機能を追加しておいたよ」
「たまには黒じゃなく別の色でもいいだろ!」
「ごめんねギャモン君、せめて薄めた水彩絵の具にするから…」
「はぁぁぁあっ!?」
なんだこの連帯感は。つーか計画的犯行かよ!?
かちゃり、とスプレー缶やら水鉄砲やらを構えた仲間たちに一人裏切られた気持ちを抱えながら、俺は全速力で逃げ出した。
「はぁ、はぁ…」
総合管理棟、旧校舎、高等部…予想外に追い回されて辿り着いた先は天才テラス。食堂の入り口までは間違いなく追われていたのに、階段を駆け上がるとあいつらは一向に追って来なくなった。代わりにテラスではアントワネットが一人佇んでいる。
「まさか、罠か…!?」
「来るなり失礼ね、何も持ってないわよ」
アントワネットは疑いを晴らすように両手をひらひらと振ってみせた。どうやらここは休憩地点のような扱いらしい。息を整えていると、アントワネットはそれまでの経緯を悟ったように話しかけてくる。
「よかったじゃない。今日は誰かさんの特別な日でしょ」
「あぁ?」
何がよかったのか。確かに嬉しい贈り物も多いが、いらないサプライズまで付いてきた。つーか「誰かさん」ってやけに遠回しな言い方だ。怪訝な返事を投げると、アントワネットは不敵に微笑む。
「あら、誰のことか分からない?それならヒント。財のためと言う割に挑戦を楽しむ。孤高だけど意外と世話焼き。挑戦者を試すような攻めるパズルを作り、その真骨頂は対戦型パズル。さて、誰でしょうか」
「…よく見てんな」
ただそれだけ零して顔を背けた。心がくすぐったいというか、むず痒い。
俺がPOGに加わった理由を推理された時には逆に怯ませてやる余裕すらあったのに。俺の不調を見抜かれた時には敵のことだけに集中が向いたのに。今は余裕も無ければ、他に集中を向ける先も無い。
「ギャモン、誕生日おめでとう」
名前なんて一生のうちに何度も聞くのに、隣から投げかけられた響きは、まともに受け取るには無性に照れくさい。それはいつも称号で呼ばれているせいなのか、それとも。
「…おう。サンキュ」
精一杯伝えたお礼は愛想をどこかに落としてきたようで、騒がしく回る星々の中心には似つかわしくないくらいだが。それでも一つの星をずっと見ている人のために、俺はこれからも太陽に負けず輝き続けてやる。
fin.
(「天才テラス組の皆がギャモンに絵の具で襲いかかったのは、ミハルと天才テラス組が一通り祝った後エレナの元へ追い込み二人きりにしてエレナが不意討ちで祝う作戦を事前に立てていたから、という裏設定付き。だから普段ツッコミ役でストッパーのノノハも参加したわけです。カイトあたりはアナに負けないくらい嬉々としてギャモンを狙うけどね!)
2017/05/11 公開
すべてのパズルは俺様を中心に回っている。
なぜなら俺様は天才だからだ。昔からパズルは得意で解くほうはもちろん、次第に作るほうも覚えていった。それもただ解ければよいのではなく、例えばナンプレなら数字の配置までこだわり、より美しくハイレベルなものに仕上げていく。今ではそれで生計を立てていけるほどだ。人気覆面パズル作家・地堂刹の正体を知っている者は少ないが、ミハルは俺の活動を誇りに思い応援してくれている。
その一方で、√学園に進学してからは解くと財を得られる「賢者のパズル」の存在を知り、それを追ってはパズルを解放するようになった。…もっとも、狙っていた「オルペウスの腕輪」が秘められたパズルをカイトの野郎が解いてからは、何かとカイトに横取りされているが。
だが、今日はその限りではなく。
「はい、ギャモン君!誕生日おめでとう!」
登校してすぐにノノハから渡されたのは、綺麗にラッピングされたノノハスイーツ。普段のマドレーヌより少し豪華なデコレーションが施されている。しょっちゅうカイトに向けられるその眩しい笑顔が今日は俺だけに向けられていることに、優越感と少しの気恥ずかしさが押し寄せる。
「お…おう」
「相変わらず単純な奴だな」
「うるせぇ、羨ましがってんじゃねぇぞ!」
「はぁ!?普段羨ましがってんのはどっちだよ!?」
ったく、カイトのせいでせっかくの誕生日気分が台無しだ。売り言葉に買い言葉で言い争っていると、道路を滑るように動く機械の音が後ろから近付いてくる。こんな奇抜なメカに乗っているのは学園で一人しかいない。カイトのことが大好きな彼のことだ、きっとカイトに話しかけるだろう…という予想は簡単に裏切られた。
「おはようギャモン、これお届け物だよ。ミハルちゃんから」
「は?ミハルから?」
「うん、お弁当だって。ギャモンに内緒で頑張って作ったみたいだよ?」
ミハルのことはさっき学校の近くまで送ったはずなのになぜ…と一瞬疑問に思ったが、キュービックは必要な情報をまとめてあっさりと伝えて弁当箱を差し出してくれた。そうか、兄の誕生日だからサプライズで作ってくれたのか。普通の弁当の量じゃ足りないから結局食堂にもお世話になるだろうが、これはこれでありがたくいただこう。本当は食べずに取っておきたいぐらいだけどな。
だが、その前に。
「ちょっと待て、なんでキュー太郎が持って来てんだよ!?」
「さっき校門の近くで偶然会ったからだよ。誕生日なんだってね、おめでとう」
なんだよ、まだミハルが学園の近くにいたなら引き返して俺様が受け取りに行ったのに。一瞬そう言いたくなったが、さらりとお祝いの言葉を投げかけられては文句を言う気概も消失してしまった。くそ、調子狂うな。
ノノハスイーツと慣れない弁当を左手に抱え、右手でがしがしと後頭部を掻いた、瞬間。
「ギャモンおめでとー!」
「おわっ!?」
声と共に嫌な予感がして飛び退くと、俺がさっきまでいた場所には盛大にペンキがぶちまけられていた。幸い弁当もスイーツも俺自身も無事だが、こんなことをするのも学園で一人しかいない。
「アナ!危ねぇだろ!」
「えへへー、やっぱりお祝いはカラフルなほうがいいんだな」
まったく悪気も反省もなく言い放つアナの手には空っぽになったバケツ。もちろん縁に付いている色はさっきぶちまけたものと同じだ。しかしこれ以上かけられることはない。
と、安心していると。
「こんなこともあろうかと、スプレーも準備してあるんだな」
「僕もスプレー噴射機能を追加しておいたよ」
「たまには黒じゃなく別の色でもいいだろ!」
「ごめんねギャモン君、せめて薄めた水彩絵の具にするから…」
「はぁぁぁあっ!?」
なんだこの連帯感は。つーか計画的犯行かよ!?
かちゃり、とスプレー缶やら水鉄砲やらを構えた仲間たちに一人裏切られた気持ちを抱えながら、俺は全速力で逃げ出した。
「はぁ、はぁ…」
総合管理棟、旧校舎、高等部…予想外に追い回されて辿り着いた先は天才テラス。食堂の入り口までは間違いなく追われていたのに、階段を駆け上がるとあいつらは一向に追って来なくなった。代わりにテラスではアントワネットが一人佇んでいる。
「まさか、罠か…!?」
「来るなり失礼ね、何も持ってないわよ」
アントワネットは疑いを晴らすように両手をひらひらと振ってみせた。どうやらここは休憩地点のような扱いらしい。息を整えていると、アントワネットはそれまでの経緯を悟ったように話しかけてくる。
「よかったじゃない。今日は誰かさんの特別な日でしょ」
「あぁ?」
何がよかったのか。確かに嬉しい贈り物も多いが、いらないサプライズまで付いてきた。つーか「誰かさん」ってやけに遠回しな言い方だ。怪訝な返事を投げると、アントワネットは不敵に微笑む。
「あら、誰のことか分からない?それならヒント。財のためと言う割に挑戦を楽しむ。孤高だけど意外と世話焼き。挑戦者を試すような攻めるパズルを作り、その真骨頂は対戦型パズル。さて、誰でしょうか」
「…よく見てんな」
ただそれだけ零して顔を背けた。心がくすぐったいというか、むず痒い。
俺がPOGに加わった理由を推理された時には逆に怯ませてやる余裕すらあったのに。俺の不調を見抜かれた時には敵のことだけに集中が向いたのに。今は余裕も無ければ、他に集中を向ける先も無い。
「ギャモン、誕生日おめでとう」
名前なんて一生のうちに何度も聞くのに、隣から投げかけられた響きは、まともに受け取るには無性に照れくさい。それはいつも称号で呼ばれているせいなのか、それとも。
「…おう。サンキュ」
精一杯伝えたお礼は愛想をどこかに落としてきたようで、騒がしく回る星々の中心には似つかわしくないくらいだが。それでも一つの星をずっと見ている人のために、俺はこれからも太陽に負けず輝き続けてやる。
fin.
(「天才テラス組の皆がギャモンに絵の具で襲いかかったのは、ミハルと天才テラス組が一通り祝った後エレナの元へ追い込み二人きりにしてエレナが不意討ちで祝う作戦を事前に立てていたから、という裏設定付き。だから普段ツッコミ役でストッパーのノノハも参加したわけです。カイトあたりはアナに負けないくらい嬉々としてギャモンを狙うけどね!)
2017/05/11 公開
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