Phi-Brain
守り猫
「うわぁぁあっ!?」
廊下からドタンバタンと派手な音がした直後、叫び声と共にジンが大慌てで部屋に入ってきた。旅の途中で今晩泊まるのにちょうどいい宿を見つけて、非常食や消耗品の買い出しのために私に留守番を頼んだのがおよそ一時間前。そろそろ帰って来てもいい頃とは思っていたけれどこんなのは予想外で、私も言うはずだった『おかえり』が頭から抜け落ちてしまった。
「ジン!」
「あ、ああ…レイツェル」
勢いよく扉を閉めたジンに駆け寄ると、ジンはそこでようやくいつものように私のほうを向いて笑おうとした。
でも、その笑顔は口元が不自然に引きつってぎこちない。おまけに急いで入って荷物を置いたせいで、足元では買ったものが袋から乱雑に散らばっている。
「ジン、どうかしたの?」
「さっき、ねずみが…」
「ねずみ?」
ジンは少し動揺が見え隠れしたけれど、落ち着いて聞いてくれ、と言わんばかりに一拍置いてから続けた。
「さっき、そこの廊下にねずみが、出たんだ…!」
「…え?」
そんな、オバケが出たみたいな雰囲気で言われても。ジンには悪いけれど、ぽかんと口を開けたまま突っ立ってしまった。
だってジンはどんなに暗い森だって闇夜だって平気で、どんなに怖そうなパズルにだって挑戦するのに、まさかこんな弱点があったなんて。もちろんジンの良いところは数え切れないほど知ってるからこれくらいじゃ失望しないけれど、こんなに慌てるジンは珍しくて、私はただただびっくりして聞いてしまう。
「ジン、もしかしてねずみ怖いの?」
「いや、『怖い』というよりも『嫌い』に近いな…」
「小さくて可愛いのに、嫌いなの?」
「物語に出てくるようなねずみなら平気なんだけどな、本物はちょっと…。ほら、何もいないと思っていた所にササッと動く陰が見えたら誰だって驚くだろう?」
うーん、そうかなぁ。
確かにジンの言う通り、もし突然物音がしたらびっくりするかもしれない。だけどそこからねずみが出てきたら、音の原因が分かって安心するんじゃないかな。
それか有名な童話に出てくるうさぎのように、逃げた先の穴の中までずっと追いかけてみたくなりそう。だって手のひらに乗るほど小さな生き物がつぶらな瞳でこちらを見つめたり、短い手足で懸命に走ったりしていたら、怖さよりも可愛さが勝っちゃうもの。
私の頭の中で、ふさふさの毛のねずみがぺこりとお辞儀をした。わぁ、やっぱり可愛い!
「会ってみたいかも…!」
「おいおい、怖いこと言うなよ」
思わず口をついて出た言葉に、ジンが呆れ半分、怯え半分で返した。
すると天井裏からまた物音。この上を歩いてるのかな…なんて呑気なことを想像する私の隣で、ジンがびくりと肩を震わせてからぼそりと呟く。
「どぶねずみだったら厄介だなぁ。この宿、猫でも飼ったほうがいいんじゃないか…?」
その時、ピンとひらめいた。
「じゃあ、私がジンの猫になる!!」
「ええっ?」
ひらめきをそのまま言葉にすると、ジンは疑問符を浮かべながらまた驚いた。ふふっ、なんだか今日のジンは驚いてばっかり。
「そうすれば怖いものなんてないでしょ?」
ジンが一人でいた私を旅に誘ってくれたように、そして旅の途中も私を守ってくれるみたいに、私もジンの力になりたい。ジンを苦しめるものがあるなら私が取り除くし、ジンに嫌いなものがあるなら私がやっつけるんだから!
自信満々に説明してやると、ジンは嬉しそうに目を細めた。あぁ、その表情、好きだなぁ。
「…そうだな」
「うん!私に任せてね、ジン!」
にっこり笑って見上げると、ジンの大きい手が私の髪をくしゃりと撫でた。
…後日、私が本当にねずみを捕まえてきてジンを怖がらせてしまったのは、また別の話。
fin.
(3期2話の「ジンはねずみ、嫌いだったわよね。私はねずみ、大好き!」というセリフから連想。)
2017/04/02 公開
「うわぁぁあっ!?」
廊下からドタンバタンと派手な音がした直後、叫び声と共にジンが大慌てで部屋に入ってきた。旅の途中で今晩泊まるのにちょうどいい宿を見つけて、非常食や消耗品の買い出しのために私に留守番を頼んだのがおよそ一時間前。そろそろ帰って来てもいい頃とは思っていたけれどこんなのは予想外で、私も言うはずだった『おかえり』が頭から抜け落ちてしまった。
「ジン!」
「あ、ああ…レイツェル」
勢いよく扉を閉めたジンに駆け寄ると、ジンはそこでようやくいつものように私のほうを向いて笑おうとした。
でも、その笑顔は口元が不自然に引きつってぎこちない。おまけに急いで入って荷物を置いたせいで、足元では買ったものが袋から乱雑に散らばっている。
「ジン、どうかしたの?」
「さっき、ねずみが…」
「ねずみ?」
ジンは少し動揺が見え隠れしたけれど、落ち着いて聞いてくれ、と言わんばかりに一拍置いてから続けた。
「さっき、そこの廊下にねずみが、出たんだ…!」
「…え?」
そんな、オバケが出たみたいな雰囲気で言われても。ジンには悪いけれど、ぽかんと口を開けたまま突っ立ってしまった。
だってジンはどんなに暗い森だって闇夜だって平気で、どんなに怖そうなパズルにだって挑戦するのに、まさかこんな弱点があったなんて。もちろんジンの良いところは数え切れないほど知ってるからこれくらいじゃ失望しないけれど、こんなに慌てるジンは珍しくて、私はただただびっくりして聞いてしまう。
「ジン、もしかしてねずみ怖いの?」
「いや、『怖い』というよりも『嫌い』に近いな…」
「小さくて可愛いのに、嫌いなの?」
「物語に出てくるようなねずみなら平気なんだけどな、本物はちょっと…。ほら、何もいないと思っていた所にササッと動く陰が見えたら誰だって驚くだろう?」
うーん、そうかなぁ。
確かにジンの言う通り、もし突然物音がしたらびっくりするかもしれない。だけどそこからねずみが出てきたら、音の原因が分かって安心するんじゃないかな。
それか有名な童話に出てくるうさぎのように、逃げた先の穴の中までずっと追いかけてみたくなりそう。だって手のひらに乗るほど小さな生き物がつぶらな瞳でこちらを見つめたり、短い手足で懸命に走ったりしていたら、怖さよりも可愛さが勝っちゃうもの。
私の頭の中で、ふさふさの毛のねずみがぺこりとお辞儀をした。わぁ、やっぱり可愛い!
「会ってみたいかも…!」
「おいおい、怖いこと言うなよ」
思わず口をついて出た言葉に、ジンが呆れ半分、怯え半分で返した。
すると天井裏からまた物音。この上を歩いてるのかな…なんて呑気なことを想像する私の隣で、ジンがびくりと肩を震わせてからぼそりと呟く。
「どぶねずみだったら厄介だなぁ。この宿、猫でも飼ったほうがいいんじゃないか…?」
その時、ピンとひらめいた。
「じゃあ、私がジンの猫になる!!」
「ええっ?」
ひらめきをそのまま言葉にすると、ジンは疑問符を浮かべながらまた驚いた。ふふっ、なんだか今日のジンは驚いてばっかり。
「そうすれば怖いものなんてないでしょ?」
ジンが一人でいた私を旅に誘ってくれたように、そして旅の途中も私を守ってくれるみたいに、私もジンの力になりたい。ジンを苦しめるものがあるなら私が取り除くし、ジンに嫌いなものがあるなら私がやっつけるんだから!
自信満々に説明してやると、ジンは嬉しそうに目を細めた。あぁ、その表情、好きだなぁ。
「…そうだな」
「うん!私に任せてね、ジン!」
にっこり笑って見上げると、ジンの大きい手が私の髪をくしゃりと撫でた。
…後日、私が本当にねずみを捕まえてきてジンを怖がらせてしまったのは、また別の話。
fin.
(3期2話の「ジンはねずみ、嫌いだったわよね。私はねずみ、大好き!」というセリフから連想。)
2017/04/02 公開
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