Phi-Brain
幸せな未来へ踏み出して
テーブルの上に散らばる、組み木パズルになる前の木片やリトゥンパズルのメモ。ランプの灯りに照らされたそれらを眺めてパズルを考えていると、扉の開く音がして俺は顔を上げた。いつものポニーテールをほどきリラックスモードのノノハが、湯気の立った二つのマグカップを持って来る。彼女はそのまま俺の向かい側の席に座ると、青いほうのマグカップをそっと差し出した。
「カイト、お疲れ様」
「おー、もうそんな時間か。そっちはもう終わったのか?」
「うん。あとはこれ飲んで寝るだけ」
そう言ってノノハは赤いほうのマグカップに口をつける。中身はいつのまにか習慣になったホットミルク。
「悪いな、手伝えなくて」
「いいのいいの、カイトはパズルが仕事でしょ。それにカイトが家事やったら時間かかって逆に大変だもの」
「お前なぁ…」
一言余計だ、と付け加えたが実際ノノハの言う通りだ。帰ったらノノハが一通りの家事を担当し、俺はパズルを作る。高校生の頃からノノハが夕食を作り俺もご馳走になっていたから、今の生活の役割分担もほとんどそれの延長線上にあった。そしてそれぞれのやるべきことを終えたら、こうしてホットミルクで暖まってから眠りにつく。もっとも、ノノハいわく俺はパズルに没頭しすぎると睡眠時間を潰しかねないから、その日やるべきことが終わっていなくても強制終了させる気満々らしいが。
それで、夜が明けたらまた二人で出来たてのパズルとスイーツを持って、子どもたちにパズルの楽しさを伝えに行く。俺たちはそんな生活をしている。そうやってできることを積み上げていったものが巡りめぐって、いつの日か世界平和に繋がればいいと半ば本気で思いながら。
「ノノハ。ここまでついてきてくれて、ありがとな」
「当たり前でしょ、お目付け役なんだから」
リラックスしたついでに感謝を伝えると、ノノハから返ってきたのは高校生の頃から何度も聞いたセリフ。初めはクロスフィールド学院から戻ったばかりの俺が√学園に早く慣れるように半ば無理矢理作られた役だったはずなのに、まさかここまで続くなんて当時は思ってもみなかっただろう。
でも、今日はそこから、もう一歩踏み出してみようか。
「ノノハ」
「うん」
「俺たち、さぁ」
「うん」
「…結婚、しないか」
「…え?」
一瞬何を言われたのか分からない、きょとんとした表情を見せたノノハは、数秒のタイムラグの後ようやく理解したらしい。驚きのままに目を開いて、口をぱくぱくと動かすけれど、肝心の言葉が出てこない。彼女の顔が赤く染まっていくのはきっと、直前に飲んだホットミルクの熱やランプの灯りのせいだけじゃない。
俺だってさりげなく、何も動じていないかのように振る舞う予定だったのに、つられて顔が熱くなっていくのが分かる。
「な、なんで突然」
「なんでって…家族になりたい、から」
「えと、今のは、」
「まぁもう家族みたいなもんだけどな。一緒に過ごして、一緒においしいものを食べて。
…だけど、それだけじゃなくてさ。これから先、大切な存在ができたら一緒に守って。希望も涙も分かりあって。ずーっと先の未来には一緒のお墓に入って、その先も一緒にいられたら、幸せだと思ったんだ」
本当はまっすぐ目を見て伝えるべきなんだろうけど、話しているうちに照れくさくなって顔を背けた。その代わり、俺の横顔にノノハの視線が集中する。本当は何か反応が欲しいのに、というかノノハならもっと大げさに反応しそうなのに、マグカップをテーブルに置いて呆然と俺を見つめてくるだけで。
なんだか落ち着かない気持ちを、少しぬるくなったホットミルクで喉の奥に流し込む。
「あー、その、返事は急がねぇからさ。時間できた時にゆっくり考えてくれよ」
できるだけ平常心で、いつも通りに。軽めの口調で気遣ってから立ち上がり、扉へ向かおうとした瞬間。
背中から、温もりが伝わってきた。
安心する香り、後ろから前へ回された腕、ぎゅうっとして離れない感触。
どくん、どくん。とくん、とくん。
違うリズムで、ふたつの生きている音が体に届く。ひとつは自分の中から、もうひとつは背中越しに。百年後も心臓が鼓動するとは思っていないけれど、脈打つこの気持ちはきっと百年経っても変わらない。『愛してる』ってこういう感覚のことを言うのだろうか。
「カイト」
「ん」
首だけで振り向いてみたけれど、彼女の姿は自分の陰になってよく見えない。
俺が話を切り出した時のように少し間を置いてから、ノノハは丁寧に言葉を紡ぐ。
「嬉しい。私もそんな未来、すごく幸せだと思う」
聞き慣れたはずの彼女の声はいつもより柔らかくてどこかくすぐったくて、それ以上にいとおしくて。
この先何があっても、絶対に手放さないと心に誓った。
fin.
(題名は2期EDの歌詞を少し変えたもの。)
2017/02/01 公開
テーブルの上に散らばる、組み木パズルになる前の木片やリトゥンパズルのメモ。ランプの灯りに照らされたそれらを眺めてパズルを考えていると、扉の開く音がして俺は顔を上げた。いつものポニーテールをほどきリラックスモードのノノハが、湯気の立った二つのマグカップを持って来る。彼女はそのまま俺の向かい側の席に座ると、青いほうのマグカップをそっと差し出した。
「カイト、お疲れ様」
「おー、もうそんな時間か。そっちはもう終わったのか?」
「うん。あとはこれ飲んで寝るだけ」
そう言ってノノハは赤いほうのマグカップに口をつける。中身はいつのまにか習慣になったホットミルク。
「悪いな、手伝えなくて」
「いいのいいの、カイトはパズルが仕事でしょ。それにカイトが家事やったら時間かかって逆に大変だもの」
「お前なぁ…」
一言余計だ、と付け加えたが実際ノノハの言う通りだ。帰ったらノノハが一通りの家事を担当し、俺はパズルを作る。高校生の頃からノノハが夕食を作り俺もご馳走になっていたから、今の生活の役割分担もほとんどそれの延長線上にあった。そしてそれぞれのやるべきことを終えたら、こうしてホットミルクで暖まってから眠りにつく。もっとも、ノノハいわく俺はパズルに没頭しすぎると睡眠時間を潰しかねないから、その日やるべきことが終わっていなくても強制終了させる気満々らしいが。
それで、夜が明けたらまた二人で出来たてのパズルとスイーツを持って、子どもたちにパズルの楽しさを伝えに行く。俺たちはそんな生活をしている。そうやってできることを積み上げていったものが巡りめぐって、いつの日か世界平和に繋がればいいと半ば本気で思いながら。
「ノノハ。ここまでついてきてくれて、ありがとな」
「当たり前でしょ、お目付け役なんだから」
リラックスしたついでに感謝を伝えると、ノノハから返ってきたのは高校生の頃から何度も聞いたセリフ。初めはクロスフィールド学院から戻ったばかりの俺が√学園に早く慣れるように半ば無理矢理作られた役だったはずなのに、まさかここまで続くなんて当時は思ってもみなかっただろう。
でも、今日はそこから、もう一歩踏み出してみようか。
「ノノハ」
「うん」
「俺たち、さぁ」
「うん」
「…結婚、しないか」
「…え?」
一瞬何を言われたのか分からない、きょとんとした表情を見せたノノハは、数秒のタイムラグの後ようやく理解したらしい。驚きのままに目を開いて、口をぱくぱくと動かすけれど、肝心の言葉が出てこない。彼女の顔が赤く染まっていくのはきっと、直前に飲んだホットミルクの熱やランプの灯りのせいだけじゃない。
俺だってさりげなく、何も動じていないかのように振る舞う予定だったのに、つられて顔が熱くなっていくのが分かる。
「な、なんで突然」
「なんでって…家族になりたい、から」
「えと、今のは、」
「まぁもう家族みたいなもんだけどな。一緒に過ごして、一緒においしいものを食べて。
…だけど、それだけじゃなくてさ。これから先、大切な存在ができたら一緒に守って。希望も涙も分かりあって。ずーっと先の未来には一緒のお墓に入って、その先も一緒にいられたら、幸せだと思ったんだ」
本当はまっすぐ目を見て伝えるべきなんだろうけど、話しているうちに照れくさくなって顔を背けた。その代わり、俺の横顔にノノハの視線が集中する。本当は何か反応が欲しいのに、というかノノハならもっと大げさに反応しそうなのに、マグカップをテーブルに置いて呆然と俺を見つめてくるだけで。
なんだか落ち着かない気持ちを、少しぬるくなったホットミルクで喉の奥に流し込む。
「あー、その、返事は急がねぇからさ。時間できた時にゆっくり考えてくれよ」
できるだけ平常心で、いつも通りに。軽めの口調で気遣ってから立ち上がり、扉へ向かおうとした瞬間。
背中から、温もりが伝わってきた。
安心する香り、後ろから前へ回された腕、ぎゅうっとして離れない感触。
どくん、どくん。とくん、とくん。
違うリズムで、ふたつの生きている音が体に届く。ひとつは自分の中から、もうひとつは背中越しに。百年後も心臓が鼓動するとは思っていないけれど、脈打つこの気持ちはきっと百年経っても変わらない。『愛してる』ってこういう感覚のことを言うのだろうか。
「カイト」
「ん」
首だけで振り向いてみたけれど、彼女の姿は自分の陰になってよく見えない。
俺が話を切り出した時のように少し間を置いてから、ノノハは丁寧に言葉を紡ぐ。
「嬉しい。私もそんな未来、すごく幸せだと思う」
聞き慣れたはずの彼女の声はいつもより柔らかくてどこかくすぐったくて、それ以上にいとおしくて。
この先何があっても、絶対に手放さないと心に誓った。
fin.
(題名は2期EDの歌詞を少し変えたもの。)
2017/02/01 公開
60/91ページ