Phi-Brain
夕暮れ生徒会室
机の上の大量の紙と、控えめに置かれたパック飲料を見つめて、はぁ、とため息をつく。
大量の紙は生徒の意見を幅広く聞くために設置した目安箱の中に入っていたもの。そしてパック飲料は食堂の自動販売機で売られているアップルジュース。今ここに不在の、生徒会長のお気に入りのそれだ。
…まったく、生徒会長も学園長も何を考えているのかしら。
既に一通り見たアンケート用紙に、もう一度目を通す。しかし書かれていることは何度見ても変わらず、私にはどうしようもないこと。
『称号持ちに特権を与えすぎではないか』
『称号を与える意図は何なのか』
『せめて称号を貰う基準を示してほしい』
…そんなの、こっちが知りたいわよ。
心の中で悪態をつく一方、生徒の期待に何も応えられない自分の無力さが嫌になる。
「『生徒会のほうはよろしくね』、か…」
放課後、廊下で彼に会うとほぼ確実に言われる言葉。
彼はパズル部の部長も兼任しているから忙しいんだ、生徒会は私がしっかり支えていこう…以前はそう思っていたはずなのに。今はまったく手に負えなくなっている。
「私、ダメな副会長だなぁ…」
言葉にしたら余計に虚しくなって、飲みかけのアップルジュースに手を伸ばす。
…が、私が掴む直前にアップルジュースはひょいっと持ち上げられた。あれ、他の生徒会の役員は「今日は何もやることがないから」と言って先に帰したはず。そして実際、彼らが校門から出ていく様子をこの窓際の席から見たのだ。今日来てたメンバーが、今この場にいるはずはない。
まさかと思いゆっくりと振り向く、と。
「千枝乃君、こんな夕方までお疲れ様」
ストローから口を離してその言葉を投げ掛ける、生徒会長。
やっと来てくれた…ということより先に、
「ソウジ会長、それ私の…」
「あぁ、今日はもう売り切れみたいでさ、つい飲みたくなって。一体誰がそんなにたくさん買ってるんだろうね?」
「…ソウジ会長だと思いますけど」
少なくとも一般の生徒は大抵日替わりで違う飲み物にするか、好みの飲み物があっても数日おきに購入している。高校生のおこづかいを考えてもそれが妥当だし、いくら好きでも普通は飽きというものが来るはず。しかし彼は毎日のようにアップルジュースを買うため、その分ルート学園の自動販売機ではアップルジュースの減り具合だけが恐ろしく早くなっている。まぁそこまでは説明しないし、多分本人も自覚した上でわざととぼけているだけなんだろうけど。
「…千枝乃君、もしかして怒ってる?」
「別に。ただソウジ会長がまったく顔を出さないのに天才テラスとか勝手に決められたせいで、その対応に追われて少し腹立たしいだけです!」
「ものすごく怒ってるじゃないか…」
さすがにいつもの飄々とした笑顔はなく、苦笑いするだけのソウジ会長。今日の私には冗談は通じないと理解したらしい。よし、今なら真面目に取り合ってくれるはず。私は意を決して、いちばん気になっていることを聞いてみる。
「ところで、そんなに称号持ちに特権を与えてどうするつもりなんですか?生徒からも同じような意見があるのですが」
「どうするって…」
…瞬間、ぞくりとした。
答えを期待しつつも、またいつものように微笑みながらはぐらかされると思っていたのに。
一瞬で彼の顔から、快活な笑みが消えたから。
「特権を与えることで無用なストレスを軽減すると同時に、彼らの団結力を高め、最高のコンディションでパズルを解いてもらうんだ。彼らは…
失敗すれば、取り返しがつかないからね。
…なーんて」
「え?」
長い沈黙の後で突然言われた言葉に、思わず間の抜けた声が出た。いつのまにか普段の微笑みに戻ったソウジ会長が、続けて話す。
「冗談だって。千枝乃君はなんでも深刻に捉えてくれるからね、おもしろかったよ」
「っ、もう!からかわないでくださいよ!」
「あはは、ごめんごめん。でも今日はもう遅いから帰ろう?明日は生徒会に来るよ」
憎めない笑顔を浮かべるソウジ会長。
正直、彼は明日も遅く来て、生徒の意見反映は先延ばしになるんだろうなぁ…とは思ったけれど。
ほら、行こう、と差し伸べられた手をとらないわけにはいかなくて、私は彼と生徒会室を後にした。
fin.
2011/11/20 公開
机の上の大量の紙と、控えめに置かれたパック飲料を見つめて、はぁ、とため息をつく。
大量の紙は生徒の意見を幅広く聞くために設置した目安箱の中に入っていたもの。そしてパック飲料は食堂の自動販売機で売られているアップルジュース。今ここに不在の、生徒会長のお気に入りのそれだ。
…まったく、生徒会長も学園長も何を考えているのかしら。
既に一通り見たアンケート用紙に、もう一度目を通す。しかし書かれていることは何度見ても変わらず、私にはどうしようもないこと。
『称号持ちに特権を与えすぎではないか』
『称号を与える意図は何なのか』
『せめて称号を貰う基準を示してほしい』
…そんなの、こっちが知りたいわよ。
心の中で悪態をつく一方、生徒の期待に何も応えられない自分の無力さが嫌になる。
「『生徒会のほうはよろしくね』、か…」
放課後、廊下で彼に会うとほぼ確実に言われる言葉。
彼はパズル部の部長も兼任しているから忙しいんだ、生徒会は私がしっかり支えていこう…以前はそう思っていたはずなのに。今はまったく手に負えなくなっている。
「私、ダメな副会長だなぁ…」
言葉にしたら余計に虚しくなって、飲みかけのアップルジュースに手を伸ばす。
…が、私が掴む直前にアップルジュースはひょいっと持ち上げられた。あれ、他の生徒会の役員は「今日は何もやることがないから」と言って先に帰したはず。そして実際、彼らが校門から出ていく様子をこの窓際の席から見たのだ。今日来てたメンバーが、今この場にいるはずはない。
まさかと思いゆっくりと振り向く、と。
「千枝乃君、こんな夕方までお疲れ様」
ストローから口を離してその言葉を投げ掛ける、生徒会長。
やっと来てくれた…ということより先に、
「ソウジ会長、それ私の…」
「あぁ、今日はもう売り切れみたいでさ、つい飲みたくなって。一体誰がそんなにたくさん買ってるんだろうね?」
「…ソウジ会長だと思いますけど」
少なくとも一般の生徒は大抵日替わりで違う飲み物にするか、好みの飲み物があっても数日おきに購入している。高校生のおこづかいを考えてもそれが妥当だし、いくら好きでも普通は飽きというものが来るはず。しかし彼は毎日のようにアップルジュースを買うため、その分ルート学園の自動販売機ではアップルジュースの減り具合だけが恐ろしく早くなっている。まぁそこまでは説明しないし、多分本人も自覚した上でわざととぼけているだけなんだろうけど。
「…千枝乃君、もしかして怒ってる?」
「別に。ただソウジ会長がまったく顔を出さないのに天才テラスとか勝手に決められたせいで、その対応に追われて少し腹立たしいだけです!」
「ものすごく怒ってるじゃないか…」
さすがにいつもの飄々とした笑顔はなく、苦笑いするだけのソウジ会長。今日の私には冗談は通じないと理解したらしい。よし、今なら真面目に取り合ってくれるはず。私は意を決して、いちばん気になっていることを聞いてみる。
「ところで、そんなに称号持ちに特権を与えてどうするつもりなんですか?生徒からも同じような意見があるのですが」
「どうするって…」
…瞬間、ぞくりとした。
答えを期待しつつも、またいつものように微笑みながらはぐらかされると思っていたのに。
一瞬で彼の顔から、快活な笑みが消えたから。
「特権を与えることで無用なストレスを軽減すると同時に、彼らの団結力を高め、最高のコンディションでパズルを解いてもらうんだ。彼らは…
失敗すれば、取り返しがつかないからね。
…なーんて」
「え?」
長い沈黙の後で突然言われた言葉に、思わず間の抜けた声が出た。いつのまにか普段の微笑みに戻ったソウジ会長が、続けて話す。
「冗談だって。千枝乃君はなんでも深刻に捉えてくれるからね、おもしろかったよ」
「っ、もう!からかわないでくださいよ!」
「あはは、ごめんごめん。でも今日はもう遅いから帰ろう?明日は生徒会に来るよ」
憎めない笑顔を浮かべるソウジ会長。
正直、彼は明日も遅く来て、生徒の意見反映は先延ばしになるんだろうなぁ…とは思ったけれど。
ほら、行こう、と差し伸べられた手をとらないわけにはいかなくて、私は彼と生徒会室を後にした。
fin.
2011/11/20 公開
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