Phi-Brain
ありふれた言葉
その日はいつも通りノノハが俺を起こしに来て、必然的に二人で登校して。ゆっくりと朝食を食べている暇なんて無いから、歩きながらノノハの作ったおにぎりを食べる。
しかし、学校に着いてからはさすがにいつも通りの平日とは行かなかった。
「井藤さん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、今日も部活頑張ってね!」
「井藤先輩、誕生日おめでとうございます!」
「覚えててくれたんだ、ありがとう!」
…これで何度目だろうか。いつも通りノノハの隣を歩いているだけで耳に入ってくる、いつもとは違うやり取り。もちろん相手は皆バラバラで、クラスメートから先輩・後輩まで、様々な人がノノハを見かけた瞬間声をかけていく。おおかたノノハが助っ人に行った部活の奴らだろうが、中にはひっそりノノハに憧れていて今日初めて声をかけたような生徒もいる。
「…よく飽きねぇよなぁ」
「えー?だって皆違うじゃない」
あっさりと言ってのけるノノハは、これが傍目から見るとどんな異常事態に見えるか、たぶん気付いていない。さすがに学園内で誕生日会までは開かれないものの、学園中のほとんどの女子が順番に誕生日を祝う光景は一種のお祭りのようだ。
そんな状況に内心げんなりしていると、ようやく見知った光景に出くわした。絵を描きながら鳥に話しかけるその姿は、こちらに気が付くとにこにこしながら駆け寄って来た。それとほぼ時を同じくして、俺たちの後ろから近付くバイクの音と独特の機械音。振り向くと、愛機に乗って白衣を風になびかせたキュービックが俺たちに声をかける。
「おはようカイト。ノノハ、ハッピーバースデー!」
「キューちゃん!」
「お前もそれかよ…」
他の生徒はともかく、天才テラスにいるいつものメンバーの前では遠慮する必要もない。分かりやすくうんざりした様子を見せたのに、バイクをゆっくりと並走させるギャモンはそんなのどうでもいいと言わんばかりに話題を引き継ぐ。
「よぉノノハ。昼休みは誕生日会でもするか。たまには自分で作る以外のスイーツも食いたいだろ」
「今日はねー、ギャモンが作ってくれたんだな♪」
「えっ、ギャモン君が!?」
「でもアナはギャモンスイーツじゃなくてノノハスイーツが食べたかったんだな」
「はぁ!?それじゃあノノハに悪いだろ、せっかくの誕生日に」
「あはは、ちゃんと今日も作って来たから大丈夫だよ、アナ」
「本当に!?わーい♪」
「ギャモン君もありがとう。後でいただくね」
「お、おう」
前言撤回、学園内のテラスで誕生日会が行われるらしい。誕生日会と言っても身内だけで、昼食とデザートを食うくらいなのだが。
それなら放課後は…というと。
「ノノハ、放課後は空けていなさいよ」
「女子会を兼ねてスイーツバイキングに行きましょう、ノノハ先輩!」
パタパタと走ってきた中等部の女子二人…エレナとアイリが、放課後まで称号持ちにノノハを取られないようにと予約をしに来たようだ。さっきまで隣にいたノノハもそこは女子、後輩に囲まれながらスイーツという響きに目をキラキラさせている。
「本当!?行く行く、絶対行く!」
「アナもー!」
「ふふっ、決まりね♪」
「じゃあ私、生徒会長にも伝えておきますね!」
まだ朝なのにハイペースで予定が埋まっていくノノハの背中を遠目に眺めて、つい心の声が漏れた。
「…女子って本当スイーツ好きだよな」
「お昼に食べて放課後にも食べて、大丈夫なのかな…?」
「おい、それよりアナが混ざってる件はスルーかよ」
すっかり呆れモードの俺たちだったが、その女子の輪に何の苦もなくスッと入っていく人影。彼はノノハの横に並ぶと、彼女の手にお馴染みのジュースを持たせて言う。
「さっきノノハ君が誕生日だって聞いてね。君にあげる」
「軸川先輩!いいんですか、これ先輩が好きなジュースですよね?」
「今日だけ特別だよ」
それは何の特別感もない、いつも先輩が飲んでいるアップルジュースだが、軸川先輩が渡すと妙に様になって見える。心が少しだけもやっとした瞬間、見計らったかのように軸川先輩が俺のほうを向いて告げた。
「…それで?カイト君はどうなのかな」
「!」
優しげに、あるいは妖しげに、軸川先輩の目が細められる。くそ、どこまで知ってるんだこの人は。
軸川先輩の動きに促されるように、ノノハも振り向いた。視線が合う。
「あー…その、ノノハ、」
今朝からタイミングを掴めずにいた言葉。
だけど今朝からノノハと行動して多くのやり取りを間近で見てきたぶん、知らないふりはできない言葉。
よく知った奴らの前で、というのも気恥ずかしいが、逃げるわけにはいかない。伝えなければ。
「ノノハ…誕生日、おめでとう」
「…うん!ありがとう、カイト」
ありふれた俺の言葉に返してくれたノノハの笑顔が、今日一番輝いて見えたのは、俺の自惚れだろうか。
彼女の誕生日会が少しだけ、楽しみになった。
fin.
2016/02/01 公開
その日はいつも通りノノハが俺を起こしに来て、必然的に二人で登校して。ゆっくりと朝食を食べている暇なんて無いから、歩きながらノノハの作ったおにぎりを食べる。
しかし、学校に着いてからはさすがにいつも通りの平日とは行かなかった。
「井藤さん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、今日も部活頑張ってね!」
「井藤先輩、誕生日おめでとうございます!」
「覚えててくれたんだ、ありがとう!」
…これで何度目だろうか。いつも通りノノハの隣を歩いているだけで耳に入ってくる、いつもとは違うやり取り。もちろん相手は皆バラバラで、クラスメートから先輩・後輩まで、様々な人がノノハを見かけた瞬間声をかけていく。おおかたノノハが助っ人に行った部活の奴らだろうが、中にはひっそりノノハに憧れていて今日初めて声をかけたような生徒もいる。
「…よく飽きねぇよなぁ」
「えー?だって皆違うじゃない」
あっさりと言ってのけるノノハは、これが傍目から見るとどんな異常事態に見えるか、たぶん気付いていない。さすがに学園内で誕生日会までは開かれないものの、学園中のほとんどの女子が順番に誕生日を祝う光景は一種のお祭りのようだ。
そんな状況に内心げんなりしていると、ようやく見知った光景に出くわした。絵を描きながら鳥に話しかけるその姿は、こちらに気が付くとにこにこしながら駆け寄って来た。それとほぼ時を同じくして、俺たちの後ろから近付くバイクの音と独特の機械音。振り向くと、愛機に乗って白衣を風になびかせたキュービックが俺たちに声をかける。
「おはようカイト。ノノハ、ハッピーバースデー!」
「キューちゃん!」
「お前もそれかよ…」
他の生徒はともかく、天才テラスにいるいつものメンバーの前では遠慮する必要もない。分かりやすくうんざりした様子を見せたのに、バイクをゆっくりと並走させるギャモンはそんなのどうでもいいと言わんばかりに話題を引き継ぐ。
「よぉノノハ。昼休みは誕生日会でもするか。たまには自分で作る以外のスイーツも食いたいだろ」
「今日はねー、ギャモンが作ってくれたんだな♪」
「えっ、ギャモン君が!?」
「でもアナはギャモンスイーツじゃなくてノノハスイーツが食べたかったんだな」
「はぁ!?それじゃあノノハに悪いだろ、せっかくの誕生日に」
「あはは、ちゃんと今日も作って来たから大丈夫だよ、アナ」
「本当に!?わーい♪」
「ギャモン君もありがとう。後でいただくね」
「お、おう」
前言撤回、学園内のテラスで誕生日会が行われるらしい。誕生日会と言っても身内だけで、昼食とデザートを食うくらいなのだが。
それなら放課後は…というと。
「ノノハ、放課後は空けていなさいよ」
「女子会を兼ねてスイーツバイキングに行きましょう、ノノハ先輩!」
パタパタと走ってきた中等部の女子二人…エレナとアイリが、放課後まで称号持ちにノノハを取られないようにと予約をしに来たようだ。さっきまで隣にいたノノハもそこは女子、後輩に囲まれながらスイーツという響きに目をキラキラさせている。
「本当!?行く行く、絶対行く!」
「アナもー!」
「ふふっ、決まりね♪」
「じゃあ私、生徒会長にも伝えておきますね!」
まだ朝なのにハイペースで予定が埋まっていくノノハの背中を遠目に眺めて、つい心の声が漏れた。
「…女子って本当スイーツ好きだよな」
「お昼に食べて放課後にも食べて、大丈夫なのかな…?」
「おい、それよりアナが混ざってる件はスルーかよ」
すっかり呆れモードの俺たちだったが、その女子の輪に何の苦もなくスッと入っていく人影。彼はノノハの横に並ぶと、彼女の手にお馴染みのジュースを持たせて言う。
「さっきノノハ君が誕生日だって聞いてね。君にあげる」
「軸川先輩!いいんですか、これ先輩が好きなジュースですよね?」
「今日だけ特別だよ」
それは何の特別感もない、いつも先輩が飲んでいるアップルジュースだが、軸川先輩が渡すと妙に様になって見える。心が少しだけもやっとした瞬間、見計らったかのように軸川先輩が俺のほうを向いて告げた。
「…それで?カイト君はどうなのかな」
「!」
優しげに、あるいは妖しげに、軸川先輩の目が細められる。くそ、どこまで知ってるんだこの人は。
軸川先輩の動きに促されるように、ノノハも振り向いた。視線が合う。
「あー…その、ノノハ、」
今朝からタイミングを掴めずにいた言葉。
だけど今朝からノノハと行動して多くのやり取りを間近で見てきたぶん、知らないふりはできない言葉。
よく知った奴らの前で、というのも気恥ずかしいが、逃げるわけにはいかない。伝えなければ。
「ノノハ…誕生日、おめでとう」
「…うん!ありがとう、カイト」
ありふれた俺の言葉に返してくれたノノハの笑顔が、今日一番輝いて見えたのは、俺の自惚れだろうか。
彼女の誕生日会が少しだけ、楽しみになった。
fin.
2016/02/01 公開
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