Phi-Brain

雨降り記念日

「あ、雨…」

ぽたりと鼻先に触れた雫で気付いた。まだ降り始めの小雨だけど、空には灰色の雲が重く広がっているから、そのうち強く降りそうだ。それは隣にいるジンも分かっていたようで、街のほうを見て呟く。

「今晩泊まる場所、早めに探さなきゃな」
「…そうだね」

野宿ではなく屋根のあるところでお泊まり。それは普通の子にとっては魅力的だろうけど、私にとっては違った。これから訪れる展開を予想したら、胸の奥がきゅうっとする。
だって…きっとジンは、宿泊場所を見つけたらそこに私を置いてどこかに行ってしまうから。
それはこれからの食べ物を買いに行ったり、解きかけで置いてきたパズルを解きに戻ったりするためで仕方ないことだけど、毎回ちゃんと戻ってきてくれるって分かってるけど、でも…。
私が見上げていてもこっちを見ないジンに少し寂しくなって、うつむいてジンの服の裾を掴んだ。

「どうした、怖いのか?雷は無さそうだぞ」

ジンは困ったように笑いながら、頭をぽんぽんと撫でてくれる。でも違うの、そうじゃない。確かに雷は怖いしジンに撫でてもらうのは嬉しいけど、私が言いたいのはそうじゃなくて…



「ジン、行かないで」



やっとのことで絞り出せた言葉は、たったそれだけ。
こんなんじゃ伝わらないのに。

視界が滲むのは、雨のせい?



「…よしよし」

分かっているのかいないのか、相変わらず優しいジンの声が降り注ぐ。

その直後。

頭上からばさりと大きな音がしたかと思うと、次の瞬間にはぱらぱら、静かな雨の音。しかし音だけで濡れる感覚は無い。
驚いて見上げると、放射状に広がる骨組みと空を隠すかのような布、そしてジンの笑顔。

「折り畳み傘さ。この前の雨の時に買っておいたんだ。俺一人なら上着でもかぶっておけばいいし荷物になるからいらないと思ってたんだが…今はレイツェルがいるからな。役に立ってよかった」

私がいるから。
その気持ちが嬉しくて、だけど同時に切なくもなる。
だって、ジンには自分のことも大切にしてほしいから。

「…じゃあ、これからは雨の日の買い出しも一緒に行こう?」
「えぇ?レイツェル、濡れないところで待っててもいいんだぞ」
「だって一人だとジン、傘使わないでしょ?」
「ははっ、お見通しか」
「パズルより簡単だもんっ」

得意気に言ってやると、ジンは降参したように笑う。私の大好きな表情。

「よーし、じゃあ早速行くか。まずは宿探し、その後二人で買い出し、な」
「うん!」

二人で一つの傘、いつもより少し近い距離で歩き出す。
雨の日が少しだけ好きになった。



fin.

2015/07/04 公開
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