Phi-Brain

未来とペンダント

目の前に広がる真っ白な風景。霧の中にいるようで右も左も分からない。
無意識のうちに足が動いていた。前へ、前へ。前へ行くと何があるのか、なぜ前へ行かなければならないのか、考えることもなく進む。

ぱしゃり。

顔を上げて水の音がした先を見ると、ぼんやりと人影が見えた。白い髪は胸元までの長さで、白いワイシャツを腕捲りして着ているその女性は、驚いた表情で僕を指差す。

「その、ペンダント…!」

距離の割には、その人の声は妙にクリアに届いた。彼女が示したのは僕の首に提げている金色のパズルのことらしい。
首から外して解いてみせると、中央の球体部分から透明な丸い玉が取り出せる。それを光にかざして現れる絵には…
幼い僕と、目の前の彼女そのままの姿。

「ママ…!?」

瞬間、すべてを思い出した。彼女は僕のママで、僕は最後の試練のパズルで打つ手が無く敗北して、カイトを神のパズルへと送り出して…それじゃあ、ここはどこだ?敗北者が受ける厳しい罰とやらがこの空間なのか?

「フリーセル…フリーセルなの…!?」

ママは確認するように僕の名前を呼ぶ。反射的に彼女の両手首に目を向けると、あの忌々しいリングは消えていた。足首より下は川の水に遮られて見えないが、彼女の雰囲気は以前オルペウスが見せた腕輪のついていないママのそれと同じで、足にリングがついているとは考えにくい。
先はおろか現状さえも分からない不安、その一方でママに会えた喜び、ママも悪夢から解放された安堵。様々な思いが混ざって、僕は思わず右手を伸ばす。届かない。それなら近付けばいい、目の前にいるんだから。一歩踏み出した、その時。

ママは、首を横に振った。
とても悲しい表情で。

「どうして…?」

どうして、どうして。
ママが僕を憎んでいたのは腕輪のせいだと思っていたのに。どうして腕輪の無い今でも僕を拒絶するの。

「あなたには、まだ未来があるの」

形の良い唇から紡がれたのは、そんな今の僕に投げられてもどうしようもない言葉。

「…未来なら、カイトに託したよ」
「世界の未来じゃない。あなたの未来よ、フリーセル。私はあの時、あなたを孤独にしてしまったと思った。
でも今のあなたは違う。あなたは孤独の寂しさが分かる分だけ、人との縁を大切にできるの。ピノクル君やメランコリィちゃんを一人にしなかったように、レイツェルちゃんのことも繋ぎとめてあげて」

目を細めて笑顔を浮かべたママの姿は、とても綺麗で…儚くて。
泣きたくなるのを堪えて、僕は自信満々の子どものように誓う。

「…うん。任せて」

左手に握っていたペンダントを見つめる。さっき解いたことで今はペンダントとしての形を失い、ただのピースでしかないけれど、大丈夫。また組み立て直せる。



再び顔を上げると、ママの姿は消えていた。
そのかわり、ママのいた位置よりもう少し奥に、こちらに向かって川を進む二人が見える。一人は共に最後の試練のパズルを戦った赤髪の少年、そしてもう一人は白いワンピースに身を包んだ女性。

「ギャモン!無事だったんだね。その人…」

知っている、と思った。
知り合いではないけれど、僕はこの人を知っている。
ルークと一緒に古代文字を解読するためにPOGへ行った際、マスターブレインを統べる男の正体についてもルークから話を聞いて、その時に資料の写真を見せてもらった。

「あぁ。よく分からねぇがコイツが『引き返すべきだ』っつうからこっちに戻ろうとしたら、一緒についてきたんだよ」
「えへへ。私もそろそろ恋しくなったのよね、優しいおバカさんが」

ギャモンは話を聞いただけで顔までは知らないらしい。その隣で彼女は無邪気に笑う。
突然、まばゆい光に照らされて僕は目を閉じた。





「…フリーセル、フリーセル!」

焦る声に叩き起こされるように目を開けると、そこには懐かしい試練のパズルの光景といるはずのない人物がいた。

「ルーク!?どうして君がここに!?」
「僕がカイトと戦ったのはオルペウスを撹乱する作戦さ。詳しい話は後だ、立てるかい?」
「僕はなんとか。それより壁の向こうに怪我をしたギャモンが」
「あぁ、それなら今ビショップやソウジ君が救助しているよ。大丈夫、意識はあるって」

どうやらルークは僕たちよりも一枚上手のようだ。さすがPOGのトップでありカイトの親友と言うべきか。
一安心したところで左手に違和感。握りしめていた手を開くと、バラバラになったペンダントのピースがあった。

…全部終わったら、レイツェルをクロスフィールド学院に誘おう。後でルークに相談してみようかな。

オルペウスとの戦いの決着はまだだけど、僕は密かに希望を抱く。あの夢のような世界で最後に会った女性も、大好きな婚約者と会えていることを願いながら。



fin.

2014/04/03 公開
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