Phi-Brain

心密かな罪滅ぼし

彼女に確実に会える場所を考えたら、ここにたどり着いた。平日の、つまりは学校のある日の√学園の天才テラス。休み時間が何時から何時までかは知らないけれど、お昼過ぎを狙って行ってみると…ビンゴ。

「あれっ、ルクルクだー」
「随分珍しいお客サマじゃねぇか。POGで何かあったのかよ」
「どうせカイトに会いに来たんでしょ」

カイトの仲間の天才たちの声が耳に届くが、彼らの予想はどれも違う。

「よぉルーク、今日はどうし…」
「ノノハさん、今日は君にお願いがあるんだ!」
「えっ私!?カイトじゃなくて!?」

カイトが僕に用件を訊くのも今日だけは置いといて、僕は目当ての彼女を両腕に閉じ込めた。早速あちらこちらから抗議の声が上がる。

「この白マリモ、ノノハを放しやがれ!」
「ルクルクずるーい!」
「虫メカ全員緊急出動!ノノハを守るんだ!」
「ルーク、ノノハはパズルには関係ねぇだろ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて皆、ルーク君の話をまず聞いてみようよ!カイトもパズルだって決まったわけじゃないんだし!ね、ルーク君?」

僕の腕を振り払うこともせずに擁護してくれるノノハさんはやっぱり優しい。そんな彼女の耳元で、僕はここへ来た理由兼お願いを囁く。

「ノノハスイーツ、作ってくれないかな」
「…え、ノノハスイーツ?」

きょとんとして僕の言葉を繰り返したノノハさんの声で、カイトたち四人のざわめきもピタリと止む。
最初に動いたのはダ・ヴィンチで、ローテーブルに置かれてあるショートケーキのひとつを差し出してきた。

「はい。ノノハスイーツ」
「ごめん、それじゃなくて」
「これもノノハスイーツだよ?」

ダ・ヴィンチは不思議そうな顔をして、僕の断ったケーキを食べる。しかし手のひらサイズよりもう一回りか二回り大きいそのケーキを一口ってすごいな。

「そうか分かったぞ、これはルークの食いたいスイーツを当てるパズルだな!」
「カイト…気持ちは嬉しいけどパズルじゃないんだ」

自信満々に言うカイトには申し訳ないけれど、僕の食べたい物はここには無い、つまり答えが無い。よってこれはパズルではなかった。しかしそんなのお構いなしで勝手に持論を繰り広げるのはガリレオ。

「分かってねぇなカイトは。ルークはイギリス出身、日本にいる時くらい和風の物を食べてみたいに決まってんだろ。白玉ぜんざいとか白玉パフェとか」
「君、僕の話聞いてた!?それと白玉ぜんざいに白玉パフェって絶対わざとだよね!?さっきスルーしたけど白マリモ並みに失礼なこと考えてるよね!?」
「うっせぇ白玉!いい加減ノノハから離れやがれ!」
「認めた!僕を白玉だと思ってたことを認めた!」
「あーもう、わがままだなー!皆に愛される新しいPOGのトップがそれでいいの!?」

エジソンが吠えたのを皮切りに、再び煩くなる天才テラス。収拾のつかなくなってきたこの空間で、僕は今度こそ腕の中の彼女だけに聞こえるように言った。

「…クッキーがいいんだ。丸い形でサクッとして、ラッピングは透明な袋とピンクのリボンの。お願いできるかな」
「ラッピングも指定!?いいけど、材料は家にあるから放課後か明日にでも…」
「じゃあ今すぐノノハさんの家へ出発!」
「えっ!?ちょっと待ってルーク君、午後の授業受けさせてーーー!」

困ったように叫ぶ彼女の要求はわざと無視して、強制連行。残念ながら僕には時間が無いから。その理由を後ろから追いかけてくる四人の天才に手短に叫ぶと、僕は走るスピードを速くした。

「そうそう四人ともー、ビショップの足止めはよろしくねー!大丈夫、ビショップには『僕は天才テラスの四人の誰かに変装してる』って偽の情報を流しておいたからー!」
「全然大丈夫じゃねぇぇえっ!」



◇◆◇



それから数時間後。
ほとんど無理やりといった形で通した僕のわがままだったが、彼女は「今さら戻っても放課後だから」と言って笑うと、早速ノノハスイーツを作り始めた。材料は卵やバターや小麦粉というありふれたものなのに、それらを混ぜ合わせるだけでひとつの塊にまとまっていく様子はまるで魔法だ。そのことを素直に言ったら、ノノハさんに笑われたけれど。

「ルーク君はお料理しないの?」
「うん。大抵ビショップが作るか外部に頼むかだから」
「実はビショップさん、ルーク君に料理をさせるのが心配なだけだったりして。『ルーク様、包丁は危ないです、火を使うのは火傷の恐れがあります』ってね」
「ははっ、そうかもね。でも実際POGを回していかなきゃならないから、自分で食事を作る余裕もあまり無いんだけど」
「そうだ、ルーク君もやってみる?型抜きなら初めてでも簡単だよ。もちろん丸いクッキーも作るし」

そう言ってノノハさんが僕の手に渡したのはクッキーの抜き型。

「…じゃあ、少しだけ」

胸の高鳴りを感じつつ、平らに広げられたさっきの塊に抜き型を押し付ける。ノノハさんのアドバイス通り、ぎゅっぎゅっと左右に小さく動かしてから抜き型を持ち上げると、塊の一部が抜き型通りに切り抜かれた。たったそれだけのことだけど、僕にとっては初めての体験でとても新鮮。新しいパズルを作る時のようなワクワクする気持ちが僕の心を満たす。

「それじゃあ、焼くね」

にこやかに微笑んで声をかけるノノハさんに、僕は無言で頷く。初めて外の世界を知ったリバーシの姿を見た時、僕もビショップにはこんなふうに見えていたのかと思ったはずなのに、それをすっかり忘れていたことに気付いて照れ臭くなったのだ。僕とノノハさんは同い年なのに、僕だけ子どものようにはしゃぎすぎてしまわなかったかと少し心配になった。
だが、ノノハさんは特に気に留めることもなくクッキーに向き合っている。カイトが僕と初めて会った時に何も訊かなかったように、彼女もまた、詳しい理由を何も訊かずに僕の贖罪に付き合ってくれている。

……これは、贖罪。
腕輪が外れてからずっと、謝りたいと思っていた。
腕輪に飲み込まれていたとはいえ、僕は彼女がカイトを思う気持ちを文字通り踏みにじった。その様子を見ていたのは僕とカイトだけで、カイトがわざわざ言うとは思えないから、黙っていれば彼女は何も知らないだろう。だけど、何も無かったことにはできない。僕の罪は消えない。
何より、僕の心が耐えられないのだ。



「はいっ、ルーク君。できたよ」

真っ暗な思考の海を、明るい声が照らす。現実に意識を向けると、リクエストした通り透明な袋に入った丸いクッキーが差し出された。腕輪をつけていた頃の僕が決別の塔で踏み潰した物と、同じ物。分かっていて僕はこれを頼んだ。

「…ありがとう」

右手を伸ばして受け取り、ピンクのリボンをほどく。カイトが貰ったのもこれと同じように、愛情に溢れていたのだろうか。パズルではないけれど、作った人の気持ちが込められていたのだろうか。そう思うと胸が締め付けられる。
袋の中のひとつを口に運ぶと、サクッという音と同時に口内に広がる程よい甘さ。

「ルーク君、どうかな?甘過ぎない?」
「うん、平気。美味しいよ」
「よかった。お皿にもまだあるから遠慮しないで食べてね。そうだ、余ったらPOGの皆にお土産にしてもいいかも!」

ノノハさんは残りのクッキーを皿に盛り付けて持ってくると、何も知らず無邪気に微笑む。僕の罪も、前髪に隠れた僕の左目が涙をこぼさないよう必死に耐えていることも、何も知らないで。

…カイトが自力で腕輪を壊したのも、今なら納得できる。
だってカイトは、こんなにも純粋な愛に護られているのだから。



fin.

2014/03/27 公開
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