Phi-Brain

男のサガには逆らえない

「まったく、これはどういうこと!?」

期末試験も一通り終わり、後は春休みを待つだけとなった√学園。そんな麗らかなムードとは裏腹に、天才テラスではノノハの怒鳴り声が響いていた。だが勘違いしないでほしい。怒られているのは俺様ではなく、ましてやアナでもキュービックでもない。カイトの野郎だ。
ノノハは仁王立ちで左手を腰に当て、そうして右手で三つの紙を突き出す。それは先日カイトが受けた、英語と国語と日本史のテスト用紙。ちなみに点数は最悪である。

「ほぇ、ばってんがいっぱいなんだなー」
「僕も文系科目は得意じゃないけど、さすがにこれは…高等部って大変なんだね」
「こりゃあパズルバカじゃねぇ。本物のバカだな」
「うっせーな、お前はどうだったんだよ!?」

俺の言葉に食ってかかるカイト。そんなパズルバカ改め本物のバカにさらに屈辱感を与えるように、俺は自信満々に言ってやる。

「俺様はもちろんバッチリに決まってんだろ」
「…ギャモンは二年も留年するわけにはいかないからね」
「今それは関係ねぇだろキュー太郎!」

くそ、中等部とはいえ去年の事情を知っている奴がいることを忘れていた。そして俺たちにとどめを刺すかのように、アナの一言が投げられる。

「思うに、勉強はちゃんとしないとダメだよー?」
「うわっ、いちばん勉強してなさそうな奴に言われた…」
「さすがアナ、よく分かってるわ」
「えへへー」

落ち込むカイトには目もくれず、ノノハはアナを褒める。こうして見ると女二人なのにアナは男だし、何より軸川先輩のいないこの天才テラスで最高学年に当たるのもアナなのだから、世の中はどうなっているか分からない。真面目に授業を受けず留年した去年の自分が悔やまれるばかりだ。

「…つーかよぉ、アナだって去年ほとんど授業出ねぇで美術室に引きこもってたんだろ?なんで進級できたんだよ」

ふと疑問を口にすれば、アナから得たのはシンプルな答え。

「ブブーッ。引きこもってたんじゃなくて、絵を描いてたのー。あとは猫友や鳥友とおしゃべりー♪」
「授業出てねぇことには変わりねぇじゃねぇか!」
「アナは美術作品が評価されたのに加えて、試験には出席したからセーフだよ」

思わず出た俺のツッコミに対して、キュービックが補足する。アナに限っては試験に出さえすれば「なんとなく」で解答しても正解することは、これまでのパズルの解き方を見ても予想がついた。
だが、それはあくまでもアナに限った話。学校の試験に関しては称号持ちの俺らでも一般人であり、カイトは…逆の意味での天才だった。

「何この英語の点数!カイト、イギリス行ってたよね!?」
「つってもなー…向こうでは日常会話程度の簡単な英語しか使わなかったし、そもそも英語じゃなくパズルのために留学したからな」
「うっ…それは確かにそうね…」

いやいやそれでこの点数が許されるわけじゃねぇだろ、ハッキリ言って留学行ってない奴よりも酷いぞ。カイトのもっともらしい理屈に怯むノノハを、俺は心の中で応援する。
しかしノノハも押されてばかりではない。次に槍玉に挙げられたのは国語だった。

「カイト、ことわざも知らないの!?ことわざを使うパズルが出たらどうするの!?」
「一応、知ってなきゃ解けない知識を問うものはパズルじゃなくクイズだけど…僕、カイトのために日本のことわざメカでも作ってあげようかな」

カイトの好きなパズルに絡めるあたり、ノノハもカイトの正しい扱い方を分かっているようだ。パズルとクイズの違いというキュービックの意見も正論だが、実際に漢字を使ったパズルだってあるわけだから、ことわざを使ったパズルがあっても不思議ではない。
しかしカイトから出たのは予想外の返事。

「あぁ。それならノノハが覚えてるだろ、記憶力だけは良いんだし」
「『だけ』は余計よ、っていうか私は記憶要員!?」
「テメー、ノノハといること前提かよ!?」

つい口を挟むと、俺より先に反論したノノハはハッとした顔で動きが止まった。しまった、言うんじゃなかった。
軌道修正を図ってさりげなく最後のテスト用紙を見せると、ノノハも自身の目的を思い出して再び間違いを指摘し始める。

「日本史は特にここ!年号は覚えにくいだろうけど、本能寺の変が8782年っておかしいと思わなかったの!?」
「カイト未来人ー!」

アナが楽しそうに言う一方、カイトは不思議そうに答える。

「あれ…?確かに語呂合わせで覚えたはずなんだけどな」
「語呂合わせ?」

数字に強いキュービックは語呂合わせにも興味があるのか、カイトに訊き返す。俺は、本能寺の変の語呂合わせなら一度は聞いたことがあるから、聞き流すつもりでいた。

…が。

「あぁ。休み時間に友人に電話して聞いたんだ。忘れかけたけど、テスト中に思い出してさ。『花柄パンツで信長死亡』って」
「それ、『苺パンツ』で1582年じゃねぇか?」

ついツッコミ役兼訂正役になってしまった。カイトは一瞬驚き、次に納得して言い放つ。

「…そっちか!」

そっちも何もねぇよ、どんだけバカなんだコイツは。苦笑いするやら呆れるやらの仲間の中で…
ただ一人、顔を紅潮させる少女。心なしか、短いスカートの裾を両手でぎゅっと押さえている。しかしノノハはにっこりと笑顔を作ると、恐ろしいほど穏やかに問いかけた。

「カイト、テスト中に『誰の何を』思い出したって?」
「ん?そりゃもちろんノノハの…」

次の瞬間、綺麗に決まる関節技。かけられてないこっちまで痛くなるような体勢で、被害者はもちろん今日に限って無駄に素直だった奴だ。

「テストに集中しなさいこのパズルバカ!いやむしろただのバカ!」

最初と内容は同じだが意味合いの違う怒鳴り声が、またしても天才テラスに響いた。



fin…?





◆◇おまけ◇◆

「あーあ、ノノハ先に行っちゃったよ」
「思うに、いたたまれなくなったんだな」

さっきまでとは打って変わって静かになった天才テラス。キュービックやアナの言う通り、ノノハはカイトにひとしきり怒ってから逃げるように階段を降りていった。あんな話の後だ、男四人の中に紅一点というのも気まずかったのだろう。

「カイト、お前のせいだぞ」
「う、うっせぇ…」

関節技からつい先程解放されて伸びているカイトに声をかけると、虫の息だが反抗的な返事が聞こえた。同じ男として同情が二割、しかしそれ以上に気になる気持ちが八割。
…ノノハのあの反応。あれはそういうことだよな、つまりノノハの柄は…
頬を赤く染め、目を伏せながら、もじもじと恥ずかしそうにするノノハが瞬時に脳内に思い浮かぶ。

「…ギャモン、鼻血出てる」

咎めるような口調のキュービックの指摘で鼻を押さえると、手についた赤いもの。
そして俺に突き刺さる、三人の視線。

…待てよ、三人だと?
カイトはそこで伸びたまま回復してねぇから、おそらくアナとキュービックと…



ぎぎぎ、と嫌な音が鳴りそうな動きで振り向くと、そこにはジト目のアナ、キュービック、…そしてノノハ。

「のっノノハぁ!?いつの間に!?」
「キューちゃんとアナにノノハスイーツ渡すの忘れてて、戻ってきたんだけど…さてギャモン君、何を想像したのかなー?」
「待てノノハ誤解だから待て待て待ってください関節技は勘弁いやむしろ関節技をかけるなら足で痛ぁーーーっ!」
「…僕、高校生になってもこうはなりたくないな」
「男の子は大変なんだな」



fin.

(大!天才てれびくんの公演でファイブレとコラボした「パズルの迷宮とゼロの秘宝」ネタ。)

2014/03/07 公開
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