Phi-Brain

タイムリミットまでの数分間

「ギャモン、まだ生きてるかい」

見えないけれど壁の向こうにいるはずの仲間に尋ねる。何だかさっきのカイトみたいな質問だ、と言ってから気付いて自嘲するように息を吐く。レイツェルが真っ先にカプセルに入ってこの試練のパズル「パニック・ルーム」から脱出し、最初の爆発が起きた後、カイトは僕とギャモンを心配して二人の名前を呼んだ。すぐには返事の無かったギャモンの名は特に何度も呼んだ。その時のカイトと同じことをしていることに僕は気付いたのだ。

「…あぁ」

僕よりもずっと低い声が、短く返事をした。しかし聞こえる息は途切れ途切れで荒く、これ以上話すのはつらそうだ。僕は壁に囲まれて見ていないけれど、先程のカイトとの会話から、ギャモンが怪我をしていることは情報として入っていた。

「カイト、きっとうまくやってくれるよね」

ギャモンが無理して話さなくてもいいように、独り言として話す。「うまくやる」の具体的な中身は僕にも分からないけれど、僕たちを腕輪から救ってくれたカイトなら何とかしてくれると信じていた。

「大丈夫だろ。…アイツはバカだが、ただのバカじゃねぇ。パズルバカだからな」
「ギャモン、僕のは独り言だから答えなくてもよかったのに」
「…うるせぇ」

返事が来たことに驚きながらも、彼の心境を悟って小さく笑いを返す。ギャモンの考えも、おそらく僕と同じ。

『その時』が来るまで無言でいるのは、つらすぎる。
話し相手がいたほうが、少しは気が紛れるから。

最後の試練のパズルに敗れた僕たちには厳しい罰が待っているらしいが、それがどのようなものか僕たちは知らない。閉じ込められた今、二人で限られた酸素を消費しじわじわと窒息することを強いられるのか。あるいはもっと手っ取り早く、次の爆発で吹っ飛ばされるのか。炎に包まれて終わるのか、崩落した瓦礫に潰されて終わるのか、それとも爆発で壁に穴が空き、大量の土砂か海水が流れ込んできて終わるのか。どれになるかは知らないが、いずれにせよ、一人で死に向き合うには沈黙は長すぎる。爆発が一旦止まっている今、無音は精神的にも堪えるのだ。
だが、だからといってこんな状況下で世間話のような話題が次々出るわけでもなく。

「ピノクルも、ノノハも、心配してるだろうな」

僕を支えてくれた二人の笑顔を思い出して言葉に乗せる。カイトとはお別れができたけれど、二人には何も言えていない。それが少しだけ心残りだった。
すると、間髪入れずにギャモンの指摘が入る。

「お前はメラコもだろ」
「…そうだね。そっちこそ、アイドルの女の子やダウトが言ってた君の妹、残してきたんじゃないの」
「アイツらは、勝手にやっていくだろうな。それしか方法はねぇわけだし」
「ふふっ、本当に素直じゃないなぁ」

シンプルに言い返してはみたけれど、こっちだって図星だ。メランコリィは無事に帰らなければ許さないと言っていた。僕はどうやら永遠に許されないらしい。
だが、それも仕方ないように思えた。僕がママをなかなか受け入れられなかったように、腕輪の悪夢をそう簡単に消し去ることはできない。
ギャモンがいるであろう方向の壁を見つめる。僕たちが先に旅立っても、残された者は命がある以上生きなければならない。大切な人たちだからこそ、僕たちの後を追ってほしくない。だからギャモンは希望を込めてあんな言い方をしたけれど、彼も彼で思うところがあるのだろう。



ずっと遠くで再び爆発音が響いた。そしてそれは、猛スピードで近付いてくる。僕たちの近くの爆弾が作動するのも、おそらく時間の問題だ。爆発と崩壊の音に掻き消されると知りながらも、声量はそのままで言葉を紡ぐ。
最期に発した言葉は、最期に聞こえた言葉は、共に闘った仲間への別れの挨拶。

「じゃあね、ギャモン」
「あばよ、フリーセル」





…ママ、もうすぐ会えるね。
ママに会ったら『ごめん』と『ありがとう』と『大好き』を伝えるからね。

僕は目を閉じ、首から提げたペンダントを握り締めて、『その時』が来るのを待った。



fin.

2014/03/04 公開
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