Phi-Brain
moon loyalty
私には、どうすることもできなかった。ただ見ていることしかできなくて、嫌な胸騒ぎを抑えながら、それでもきっと大丈夫だと信じていた。
あの後…パズルバトルの終焉を物語る爆発の直後、私はすぐに下に降りてルーク様の乗っていたカプセルへと駆け寄った。しかし、既に炎と熱の壁は高くなり、とても近付ける状態ではない。それに、人影も全く見えない。炎の向こうにいるはずのルーク様の人影を、私は見つけることができなかった。
そうこうしているうちに、部屋中に黒い煙が満ちてきて。ルーク様と共に私も命を絶とうか、ルーク様が見つかるまで私もここにとどまろうか、という考えが一瞬よぎったが…できなかった。
「ルーク様…私はあなたの部下失格です」
一人、夜風に当たりながら思い出す。
初めて会った時から年齢の割に大人びていて、聡明だったルーク様。オルペウスの腕輪が外れてからは、笑顔を見せることも多くなった。ルート学園へ行くために私のバイクを勝手に修理に出すお茶目なところも、私の誕生日を覚えていてくださったことも、そしてなぜかピンク色の髪になって戻ってきたことも、今となっては懐かしいばかりだ。
よく「明けない夜はない」と言うけれど、月の出ない夜は真っ暗で、寂しくて、孤独だった。
「…ビショップ先生?」
どれくらい経った頃だろうか。突如聞こえた耳慣れない呼び方に疑問を覚えつつ、それでも自身の名を呼ばれたからと振り返ると、そこにいたのはルーク様と同年代くらいの少年。以前、北欧のサーガランド学園に潜入した際に出会った、リバーシだった。隣に座る彼に、私は努めて柔和に訂正する。
「それは潜入した時の役ですから、今は先生ではありませんよ」
「…じゃあ、ビショップ。久しぶりだね。ルークは元気?」
「……」
何も知らないリバーシには悪気も罪も無い。私を見てルーク様の安否を尋ねるのも至極当然のことだ。それは十分に承知しているのに、私はそれ以上笑顔を作り続けることができなかった。
「ルーク様は…親友に全てを託されて、殉職なされました…」
冷静に伝えようとしても、最後のほうは声が震えた。頭が上がらない。リバーシにとってルーク様は初めての「実体のある」友達で、本来ならば久しぶりの再会を果たせたはずなのに、このような報告を聞かされて…リバーシの心情に配慮しなければと思う一方で、私自身の心の整理もついておらず余裕が無くなっている。リバーシの反応を見る勇気が出ないまま、重い空気が流れた。
しばらくして、ぽつりとリバーシが呟く。
「…サイファーと、同じだね…」
サイファー。それはリバーシの親友。
幼き日のルーク様と同じ研究施設で、孤独を自覚し、裏切りに遭い、絶望の中で腕輪をつけられた少年。自身の心を守るためにリバーシという人格を生み出した点は異なっているものの、親友のリバーシに人生を託して消滅した点においては大門カイトに未来を託したルーク様と同じ、とリバーシは考えたようだった。
「…ビショップなら、ルークから聞いてるかもしれないと思って、話すけど。僕、旅の途中で未来を見たんだ」
「!」
はっとしてリバーシを見ると、彼はやっぱり、といった表情をして言葉を続ける。
「最初は未来だって分からなかったんだけど。『大変なことが起きる』って直感で…ううん、僕の中のサイファーが教えてくれたのかな。それで色々調べたら、POGがアムギーネ共和国の監視を強化したことと、それがごく最近弱まったことを知った。もしかして、って思ってここにたどり着いた。…ルークが僕たちを助けてくれたみたいには、できなかったけど」
もっと早く着いていれば。
自分たちも何か力になれていたら。
リバーシの表情から、声から、後悔が伝わってくる。しかし、今さらどうしようもないことは、私もリバーシも分かっていた。
…だからこそ、だろうか。
リバーシは立ち上がって前を向くと、凛とした声で言い放つ。
「僕は、ルークと友達になれて、よかったよ!!
僕もサイファーも、ルークに救われた。ルークのおかげで、広い世界を見ることができたんだ…」
リバーシは振り返り、涙を流しながら微笑みかける。
その姿はまるで、リバーシに広い世界を見せようとしたルーク様のご意志を引き継いでいるようで。「ルーク様ほど壮絶な生い立ちではないから、ルーク様よりも社会の仕組みを知っているから」と慢心して実は無意識のうちにルーク様のいる世界から離れようとしなかった私に、広い世界を見せようとしているようで。
「…そうですね。私も、ルーク様直属の部下でいられたことを、誇りに思います」
私は、生きなければならない。
この広い世界で、大切な人がいなくても。
暗く厚い雲の上にあるだろう明るい月に向かって、私は誓った。
fin.
(リバーシとサイファーはファイ・ブレインノベル(公式)の登場人物です。読み返してみたらサイファーも本物の腕輪の契約者だったので、じゃあ皆が未来を見た時に同じく未来を見ててもおかしくないのかな、と。)
2014/03/01 公開
私には、どうすることもできなかった。ただ見ていることしかできなくて、嫌な胸騒ぎを抑えながら、それでもきっと大丈夫だと信じていた。
あの後…パズルバトルの終焉を物語る爆発の直後、私はすぐに下に降りてルーク様の乗っていたカプセルへと駆け寄った。しかし、既に炎と熱の壁は高くなり、とても近付ける状態ではない。それに、人影も全く見えない。炎の向こうにいるはずのルーク様の人影を、私は見つけることができなかった。
そうこうしているうちに、部屋中に黒い煙が満ちてきて。ルーク様と共に私も命を絶とうか、ルーク様が見つかるまで私もここにとどまろうか、という考えが一瞬よぎったが…できなかった。
「ルーク様…私はあなたの部下失格です」
一人、夜風に当たりながら思い出す。
初めて会った時から年齢の割に大人びていて、聡明だったルーク様。オルペウスの腕輪が外れてからは、笑顔を見せることも多くなった。ルート学園へ行くために私のバイクを勝手に修理に出すお茶目なところも、私の誕生日を覚えていてくださったことも、そしてなぜかピンク色の髪になって戻ってきたことも、今となっては懐かしいばかりだ。
よく「明けない夜はない」と言うけれど、月の出ない夜は真っ暗で、寂しくて、孤独だった。
「…ビショップ先生?」
どれくらい経った頃だろうか。突如聞こえた耳慣れない呼び方に疑問を覚えつつ、それでも自身の名を呼ばれたからと振り返ると、そこにいたのはルーク様と同年代くらいの少年。以前、北欧のサーガランド学園に潜入した際に出会った、リバーシだった。隣に座る彼に、私は努めて柔和に訂正する。
「それは潜入した時の役ですから、今は先生ではありませんよ」
「…じゃあ、ビショップ。久しぶりだね。ルークは元気?」
「……」
何も知らないリバーシには悪気も罪も無い。私を見てルーク様の安否を尋ねるのも至極当然のことだ。それは十分に承知しているのに、私はそれ以上笑顔を作り続けることができなかった。
「ルーク様は…親友に全てを託されて、殉職なされました…」
冷静に伝えようとしても、最後のほうは声が震えた。頭が上がらない。リバーシにとってルーク様は初めての「実体のある」友達で、本来ならば久しぶりの再会を果たせたはずなのに、このような報告を聞かされて…リバーシの心情に配慮しなければと思う一方で、私自身の心の整理もついておらず余裕が無くなっている。リバーシの反応を見る勇気が出ないまま、重い空気が流れた。
しばらくして、ぽつりとリバーシが呟く。
「…サイファーと、同じだね…」
サイファー。それはリバーシの親友。
幼き日のルーク様と同じ研究施設で、孤独を自覚し、裏切りに遭い、絶望の中で腕輪をつけられた少年。自身の心を守るためにリバーシという人格を生み出した点は異なっているものの、親友のリバーシに人生を託して消滅した点においては大門カイトに未来を託したルーク様と同じ、とリバーシは考えたようだった。
「…ビショップなら、ルークから聞いてるかもしれないと思って、話すけど。僕、旅の途中で未来を見たんだ」
「!」
はっとしてリバーシを見ると、彼はやっぱり、といった表情をして言葉を続ける。
「最初は未来だって分からなかったんだけど。『大変なことが起きる』って直感で…ううん、僕の中のサイファーが教えてくれたのかな。それで色々調べたら、POGがアムギーネ共和国の監視を強化したことと、それがごく最近弱まったことを知った。もしかして、って思ってここにたどり着いた。…ルークが僕たちを助けてくれたみたいには、できなかったけど」
もっと早く着いていれば。
自分たちも何か力になれていたら。
リバーシの表情から、声から、後悔が伝わってくる。しかし、今さらどうしようもないことは、私もリバーシも分かっていた。
…だからこそ、だろうか。
リバーシは立ち上がって前を向くと、凛とした声で言い放つ。
「僕は、ルークと友達になれて、よかったよ!!
僕もサイファーも、ルークに救われた。ルークのおかげで、広い世界を見ることができたんだ…」
リバーシは振り返り、涙を流しながら微笑みかける。
その姿はまるで、リバーシに広い世界を見せようとしたルーク様のご意志を引き継いでいるようで。「ルーク様ほど壮絶な生い立ちではないから、ルーク様よりも社会の仕組みを知っているから」と慢心して実は無意識のうちにルーク様のいる世界から離れようとしなかった私に、広い世界を見せようとしているようで。
「…そうですね。私も、ルーク様直属の部下でいられたことを、誇りに思います」
私は、生きなければならない。
この広い世界で、大切な人がいなくても。
暗く厚い雲の上にあるだろう明るい月に向かって、私は誓った。
fin.
(リバーシとサイファーはファイ・ブレインノベル(公式)の登場人物です。読み返してみたらサイファーも本物の腕輪の契約者だったので、じゃあ皆が未来を見た時に同じく未来を見ててもおかしくないのかな、と。)
2014/03/01 公開
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