Phi-Brain
笑顔のために動く駒
ルーク様がPOGに復職なされてから数週間。彼に従って仕事をこなしていた私の元に、今日は珍しいお客様が現れた。しかもルーク様へのご用事かと思えば、そういうわけではないらしい。
「それでは、アフタヌーンティーでもいかがですか」
家出さながらといった様子の彼女に紅茶を差し出し、気持ちを落ち着かせる。こくり、こくり、泣きそうになるのをこらえて少しずつ飲むその姿は、以前ルーク様と共にお会いした時とは違って子どものよう。しかし、普段からあのテラスで母親のごとく皆の世話を焼く姿を知っているぶん、今の彼女の状態は年相応に見えた。
「…落ち着きましたか」
頃合いを見計らって優しく声をかけると、彼女はゆっくり頷く。そのポニーテールに隠れて一瞬見えなくなった表情は、再び顔を上げた時にはいつもの調子に戻っていた。
「すみません、突然押し掛けちゃって…。POG以外に行く場所が思い付かなくて」
自嘲気味に苦笑いする彼女。彼女自身の家、天才テラス、ダ・ヴィンチのアトリエ、エジソンの研究室、ガリレオの家、√学園の屋上、裏山、旧校舎、その他助っ人を頼まれる部活動…彼女が行ける場所ならいくらでもあるはずなのに、間接的にしか交流の無いここをわざわざ選んだということは、それなりの理由があるはずだ。
そう、例えば…
「もしかして、かくれんぼの最中ですか。楽しそうですね」
「もうビショップさん、そんなに子どもじゃないですよ!…ただ、今はカイトと会いたくないだけです」
とぼけたふりをすれば、彼女はあっさりとその誘導尋問に乗った。これだからパズル能力も無いと言われるのか…という分析はともかくとして、どうやら十中八九、幼馴染みとの仲違いが原因だ。ちょっとした口論にでもなったのだろう。
冗談ですよ、と笑いながら彼女のティーカップに紅茶を継ぎ足す。そういえば向こうの戸棚にシフォンケーキの一つくらいはあったはずだ。すぐに探しに行こうとすれば、くすり、と小さな笑い声。
「そんなに気を使わないでくださいよ、私が勝手に来たんですから」
「いえ、突然とはいえお客様をもてなすことは、皆様に愛される新生POGとして当然のことです」
「ふふっ、ビショップさん礼儀正しすぎますよー」
「と、言われましても…ついこうしてしまうんですよね。名前のせいでしょうか」
「あ、そういえばチェスの駒にもありますよね。確か語源は…聖職者。素敵じゃないですか!」
「そうでしょうか。私には些か立派すぎるかと…」
「そんなことないですよ!いつもまっすぐルーク君をサポートしてて、すごいなって思います」
「まぁ斜め方向にまっすぐにしか進めない駒ですからね」
「あははっ、謙遜しなくてもいいですよ」
いつのまにか彼女の苦笑いは普通の笑顔に変わっていた。よかった、これならひとまず大丈夫か。
しかし心の中で安堵したのも束の間、彼女はふと思い出したように続ける。
「…カイトもビショップさんくらい礼儀正しかったらなぁ」
そうして、再び沈んでいく。
あぁほらいけませんよ、せっかく入れた紅茶が不味くなってしまう。
「…礼儀正しくしなくても平気なくらい、お二人は仲が良いんですね」
咄嗟にフォローすると、彼女は少しの間考えて…それでもやはり釈然としない様子で反論してきた。
「でも、親しき仲にも礼儀あり、って言葉があるじゃないですか」
「確かにそうですね」
「でしょでしょ!?…あーあ、いっそのこと、ビショップさんが幼馴染みだったらよかったのに」
その一言は、私を動かすには十分すぎる力を持っていて。
彼女がおとなしく椅子に座って無防備なのを良いことに、私は彼女と向かい合う形でその両肩に手を置く。
「ビショップ、さん…?」
一瞬驚いた顔をして、しかし恐怖や失望の類いは一切持たないままに私の名前を呼ぶ。そんな彼女の耳元に顔を近付け、そっと囁いた。
「もしも私が幼馴染みだとしたら、聖職なんて、とっくに捨てていたでしょうね」
次の瞬間、彼女のピンチを救うかのごとく鳴る黄色の携帯電話。彼女が取りやすいようにとの配慮が条件反射で働いて、私は端から見れば何の躊躇いも無しにスッと離れた。
彼女が携帯電話を取るよりも先に音楽が止まったことと、彼女は画面を見つめるだけということからして、どうやらメールらしい。そして、おおかた送信者の予想はついている。
だから彼女よりも先にその名を口にした。
「大門カイト、ですか」
「…『悪かった』って」
困惑した表情の彼女。
しかし私が言うべきことは決まっている。
「許してあげることも、礼儀ですよ」
努めて柔和に諭すと、彼女の表情は戸惑いから晴れ晴れとしたそれへと次第に変わっていって。
「…ありがとうございます、ビショップさん」
そうお礼を告げて、彼女はPOGを後にした。
「ビショップさんって、名前とイメージがぴったり合ってますよね。ビショップさんはキングを守るためだけの低い駒だって卑下するかもしれないけど…私は、ビショップ好きですよっ」
…そんなことを、言い残して。
「…ぴったり、ですか」
言葉の置き土産を反芻しながら、確かにその通りかもしれないと思う。彼女が意図したほうの意味ではなく、もう一つの意味に関して。
もちろん彼女は誉め言葉として言ったのであり、そのことは十分理解しているし光栄ではあるけれども…しかし私は『聖職者』と呼ばれるほど立派ではないから。だから、もう一つの意味のほうがしっくりきてしまうのだ。
それは彼女には言っていない『ビショップ』の他の意味。
「自分が滑稽になってでも、慕う人を笑顔にする…私はまさに『道化』ですね」
しかし、それでも。
それでもビショップという駒を好きと言ってくれるのならば。
幼馴染みのナイトでは届かない部分まで精一杯お守り致しますよ、ノノハさん。
fin.
(2期の「もっと×02神のパズル」でのビショップとノノハが可愛かったり、ノノハがビショップを高く評価していたり(その後カイトが「趣味悪い」とさりげなく嫉妬していたり)で書きたくなって仕上げた作品。)
2012/08/17 公開
ルーク様がPOGに復職なされてから数週間。彼に従って仕事をこなしていた私の元に、今日は珍しいお客様が現れた。しかもルーク様へのご用事かと思えば、そういうわけではないらしい。
「それでは、アフタヌーンティーでもいかがですか」
家出さながらといった様子の彼女に紅茶を差し出し、気持ちを落ち着かせる。こくり、こくり、泣きそうになるのをこらえて少しずつ飲むその姿は、以前ルーク様と共にお会いした時とは違って子どものよう。しかし、普段からあのテラスで母親のごとく皆の世話を焼く姿を知っているぶん、今の彼女の状態は年相応に見えた。
「…落ち着きましたか」
頃合いを見計らって優しく声をかけると、彼女はゆっくり頷く。そのポニーテールに隠れて一瞬見えなくなった表情は、再び顔を上げた時にはいつもの調子に戻っていた。
「すみません、突然押し掛けちゃって…。POG以外に行く場所が思い付かなくて」
自嘲気味に苦笑いする彼女。彼女自身の家、天才テラス、ダ・ヴィンチのアトリエ、エジソンの研究室、ガリレオの家、√学園の屋上、裏山、旧校舎、その他助っ人を頼まれる部活動…彼女が行ける場所ならいくらでもあるはずなのに、間接的にしか交流の無いここをわざわざ選んだということは、それなりの理由があるはずだ。
そう、例えば…
「もしかして、かくれんぼの最中ですか。楽しそうですね」
「もうビショップさん、そんなに子どもじゃないですよ!…ただ、今はカイトと会いたくないだけです」
とぼけたふりをすれば、彼女はあっさりとその誘導尋問に乗った。これだからパズル能力も無いと言われるのか…という分析はともかくとして、どうやら十中八九、幼馴染みとの仲違いが原因だ。ちょっとした口論にでもなったのだろう。
冗談ですよ、と笑いながら彼女のティーカップに紅茶を継ぎ足す。そういえば向こうの戸棚にシフォンケーキの一つくらいはあったはずだ。すぐに探しに行こうとすれば、くすり、と小さな笑い声。
「そんなに気を使わないでくださいよ、私が勝手に来たんですから」
「いえ、突然とはいえお客様をもてなすことは、皆様に愛される新生POGとして当然のことです」
「ふふっ、ビショップさん礼儀正しすぎますよー」
「と、言われましても…ついこうしてしまうんですよね。名前のせいでしょうか」
「あ、そういえばチェスの駒にもありますよね。確か語源は…聖職者。素敵じゃないですか!」
「そうでしょうか。私には些か立派すぎるかと…」
「そんなことないですよ!いつもまっすぐルーク君をサポートしてて、すごいなって思います」
「まぁ斜め方向にまっすぐにしか進めない駒ですからね」
「あははっ、謙遜しなくてもいいですよ」
いつのまにか彼女の苦笑いは普通の笑顔に変わっていた。よかった、これならひとまず大丈夫か。
しかし心の中で安堵したのも束の間、彼女はふと思い出したように続ける。
「…カイトもビショップさんくらい礼儀正しかったらなぁ」
そうして、再び沈んでいく。
あぁほらいけませんよ、せっかく入れた紅茶が不味くなってしまう。
「…礼儀正しくしなくても平気なくらい、お二人は仲が良いんですね」
咄嗟にフォローすると、彼女は少しの間考えて…それでもやはり釈然としない様子で反論してきた。
「でも、親しき仲にも礼儀あり、って言葉があるじゃないですか」
「確かにそうですね」
「でしょでしょ!?…あーあ、いっそのこと、ビショップさんが幼馴染みだったらよかったのに」
その一言は、私を動かすには十分すぎる力を持っていて。
彼女がおとなしく椅子に座って無防備なのを良いことに、私は彼女と向かい合う形でその両肩に手を置く。
「ビショップ、さん…?」
一瞬驚いた顔をして、しかし恐怖や失望の類いは一切持たないままに私の名前を呼ぶ。そんな彼女の耳元に顔を近付け、そっと囁いた。
「もしも私が幼馴染みだとしたら、聖職なんて、とっくに捨てていたでしょうね」
次の瞬間、彼女のピンチを救うかのごとく鳴る黄色の携帯電話。彼女が取りやすいようにとの配慮が条件反射で働いて、私は端から見れば何の躊躇いも無しにスッと離れた。
彼女が携帯電話を取るよりも先に音楽が止まったことと、彼女は画面を見つめるだけということからして、どうやらメールらしい。そして、おおかた送信者の予想はついている。
だから彼女よりも先にその名を口にした。
「大門カイト、ですか」
「…『悪かった』って」
困惑した表情の彼女。
しかし私が言うべきことは決まっている。
「許してあげることも、礼儀ですよ」
努めて柔和に諭すと、彼女の表情は戸惑いから晴れ晴れとしたそれへと次第に変わっていって。
「…ありがとうございます、ビショップさん」
そうお礼を告げて、彼女はPOGを後にした。
「ビショップさんって、名前とイメージがぴったり合ってますよね。ビショップさんはキングを守るためだけの低い駒だって卑下するかもしれないけど…私は、ビショップ好きですよっ」
…そんなことを、言い残して。
「…ぴったり、ですか」
言葉の置き土産を反芻しながら、確かにその通りかもしれないと思う。彼女が意図したほうの意味ではなく、もう一つの意味に関して。
もちろん彼女は誉め言葉として言ったのであり、そのことは十分理解しているし光栄ではあるけれども…しかし私は『聖職者』と呼ばれるほど立派ではないから。だから、もう一つの意味のほうがしっくりきてしまうのだ。
それは彼女には言っていない『ビショップ』の他の意味。
「自分が滑稽になってでも、慕う人を笑顔にする…私はまさに『道化』ですね」
しかし、それでも。
それでもビショップという駒を好きと言ってくれるのならば。
幼馴染みのナイトでは届かない部分まで精一杯お守り致しますよ、ノノハさん。
fin.
(2期の「もっと×02神のパズル」でのビショップとノノハが可愛かったり、ノノハがビショップを高く評価していたり(その後カイトが「趣味悪い」とさりげなく嫉妬していたり)で書きたくなって仕上げた作品。)
2012/08/17 公開
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